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神奈川県発、アート・カルチャーメディア「マグカル」。ミュージカル・音楽・演劇・映画など県内のアート情報を発信します。

ヨコハマトリエンナーレ2014 笠原 恵実子インタビュー

interview :小林 晴夫(blanclass)   text:井上 明子

 1963年1月20日東京生まれ。1988年多摩美術大学大学院を修了、前後して美術作品の発表をはじめる。ニューヨーク美術財団(2003)、POLA芸術振興財団(1997)文化庁芸術家在外研修員グラント(1994)、カルティエ現代美術財団(1991)、アジア文化カウンシル(1990)より助成金を授与し、1995年より2013年まで日本とアメリカ合衆国の双方で製作を行っていた。
 作品は日本、アメリカはもとより、イギリス、ドイツ、スウェーデン、オーストリア、メキシコ、カナダ、韓国、インド、フィリピン、オーストラリア、ニュージーランドと世界各国で催された数々の国際展覧会で紹介され、日本の東京都現代美術館、京都近代美術館、栃木県立美術館、アメリカのフォッグ美術館、カント-美術館、バークレー美術館などに所蔵されている。94年より美術製作と共に数多くのレクチャー、ワークショップも行い、2014年より多摩美術大学の教授に就任する。
 2014年8月より行われるヨコハマトリエンナーレ2014では、10年間に渡り世界84カ国にある教会の献金箱を撮影した写真と、その記録を元に自ら創り出した彫刻作品で構成されるインスタレーション《OFFERING》を出品。

Interview :小林 晴夫(blanClass)
Text:井上 明子
Photo:西野 正将



ヨコハマトリエンナーレ2014(以下ヨコトリ2014)が間もなくの開催を控える7月上旬、横浜は南区井土ヶ谷のオルタナティヴスペース blanClassにて、出品作家の笠原恵実子さんへのインタビューを行った。聞き手は、blanClassディレクターでありアーティストの小林晴夫さん。笠原さんは90年代後半から2000年代前半まで、blanClassの前身でもあるBゼミ(現代美術の学習システム)で講師を務めていたこともあり、小林さんとは旧知の仲。かつての古巣でのインタビューに懐かしさを隠しきれない笠原さんに、今回の出品作品《OFFERING》についてお話をうかがった。膨大な時間をかけてつくられた(そして今も完成はしていないという)今回のプロジェクト《OFFERING》は、笠原さんにとって(ひいては私たちにとっても)重要なある問題意識を探るための旅をし続けることで成立していると言えるのかもしれない。奇しくもヨコハマトリエンナーレ2014のテーマもまた「忘却の海へと向かう冒険の旅」だ。このインタビューを通して、一つの美的な体験が導いた長年の探求のプロセスを知り、そしてヨコトリ2014の会場で作品に出会うきっかけになることを期待しつつ、さっそく本編へと移りたいと思う。



《OFFERING》誕生の経緯



小林:今回、ヨコハマトリエンナーレ2014に出品されるということで、出品作品《OFFERING》についていろいろお聴きしたいと思います。

笠原:この作品は、写真作品と立体作品で構成したOFFERINGという一連のプロジェクトです。メディアで言うと写真と立体になりますが、別の言い方をすれば、ドキュメントとして世の中に実在しているものを写した写真作品と、私がアートとしてつくった彫刻作品ということになります。私の中で、ドキュメンタリー的な要素と自分で創出する要素の2つをあわせることが非常に重要でした。そして、もう一つの特徴としては、約10年という非常に長い時間をかけてつくっている作品ということです。莫大な量があるものに興味を持って始めたプロジェクトなので、写真で記録する行為にとても長い時間がかかってしまいました。そういった時間軸の意味でも、今までの作品の中で特徴的だと思っています。

小林:具体的にはどのような作品ですか。

笠原:その前に経緯を説明すると、私は90年代後半にイタリアに頻繁に行っていた時期があって、トスカーナ地方だったので、その近場のピサにいく機会が何回かありました。有名な斜塔のある広場に、バプティスモ=洗礼堂(※キリスト教で教会に付属して建てられる洗礼を施すための建物)やドゥオーモ=教会堂 があって、そういった建物を観に行っていました。そしてある雨の日、そのバプティスモに入った時のことです。円筒のような形状の建物で、その内部は装飾的な絵や胸像は全部壁際にあって、八角形の洗礼盤が建物の凹みのように中央あるだけで、建物全体の空間はがらんと開いている、そんな印象なのですが、その何もない空間に、ポツンと置いてある腰くらいまでの高さの立体がありました。観た瞬間に、何か一つ、スコンと重要な意味がある感覚があったのです。なんだろう?と近づいて見たら、それは丁寧にミニマルにつくられた美しい木箱で、その箱がこの作品の原型なのです。こちらは私のつくった美術作品ですが、その時見た箱に忠実につくっています。



OFFERING-Monica
《OFFERING - Monica》


小林:木製だったのですね。

笠原:はい。作品にも同じ様な色の木を使っています。近づいて箱の上面をのぞくと、真ん中にスリットがあることに気がつきました。丁度その時、後ろからおばあさんが近づいて来て、そのスリットにお金を落としていきました。そこで私はこれが献金箱だ、ということに初めて気がついたのです。建物の中心部に献金箱が置いてあった、そしてそれは女性性を感じる形であり、完成された美しさを持つオブジェだった。さらに、偶然老女がやってきて、そこにお金を入れた…。私の中ではその全てが美的な体験として後々まで残りました。時間が経ってもう一度その場所に戻る機会があった時に、人目も気にせず、写真を撮りサイズを測りました。この気持ちは何なのか調べてみようと思ったからです。これがこのプロジェクトの始まりです。

小林:最初に訪れたのはいつ頃ですか?

笠原:98年頃だと思いますね。

小林:2度目は?

笠原:2001年くらいかな。



西洋中心的価値観の根底にあるイデオロギー ーキリスト教伝播の足跡を追いかける旅



笠原:私たちは日本=非西欧に住んでいて、例えばどのように通貨が使われるか、どのように政治的な会話がなされるか、また美術館のシステムや学校教育にしても、西洋的な価値観をどれだけ取り入れるかという社会の中で会話をしている。意識的であれ無意識的であれ、それはいえると思います。そして、その西洋的価値観をつくっている根源的思想がキリスト教だと私は考えています。そのキリスト教の一番根底にあるイデオロギーを考えると、それは「Devotion=献身・信心」なんです。Devotionというのは本来、私はあなたにすべてを捧げるがその見返りを求めない、ということですが、このDevotionをどうやって象徴化するかというところで、「Offering=献金」の制度がうまれてきました。最初は崇高なイデオロギーだったDevotionの思想が非常に世俗的だとされる金銭や物に変換されてくるわけです。つまりそれは、聖と俗がうまく手を組んで同時に存在しうるという制度なのであって、それがオファリングであると、私は解釈しています。
中東の辺境で生まれた最初は小さな出来事であったキリスト教が、迫害され、分裂し、ヨーロッパに渡り、植民地主義と共に世界中に広がっていった。それは宗教の伝道を超えた、ある制度の普遍化の過程だったと思います。その過程を私自身が旅をして、経験として認識していくことが必要だと思いました。実際にオファリングに使われている物、献金箱、を発見し記録していく行為は、時間はかかったものの、じっくりとプロジェクトを考え発展させていくプロセスそのものであったし、非常に重要かつ有効だったと思います。

小林:なるほど。他にもシンボリックなものがキリスト教と一緒に伝播していっていますよね。それこそ偶像とか彫刻とか。

笠原:そうですね。
箱の中に物を入れる、あるいはお皿の中に物を受け取るということもとてもシンボリカルなことです。箱とか皿のような受動的形状のものは、女性的な形でもあります。実はOFFERINGの彫刻作品にはすべて聖女の名前がついています。そう考えると、意識してはいませんでしたが、以前つくっていた女性的な形の彫刻作品とも、どうも関係しているのかもしれません。

小林:面白いなと思うのは、器って、システムそのものでもあるじゃないですか。もうちょっと表面的に荘厳で、崇高に示された絵や彫刻とはまったく違っていて、いわゆる制度の中でデフォルトになっていて、本当は見えているのに、見ていないものに着目している、という感じがします。

笠原:そうですね。

小林:(日本の)お賽銭箱とは違うのですか?

笠原:システムとしては同じですね。ただ、この作品ではキリスト教でのオファリングとその背景に限定したかった。なぜなら、それは明らかに圧倒的に大きな西洋中心主義の世界観を見ていくものだったから。一つのことを集中的に追うことで、見えてくる切り口を明快にしたかったので、他の宗教には手を出しませんでした。

小林:すごく概念的なものではあるだろうけど、献金箱っていうシステムは、キリスト教の中にある授受(ものを与えそれを受け入れること)が露骨にみえないような仕組みになっていますよね。

笠原:まぁ、偽善ですよね。他の宗教や制度にもあることですが、西洋中心主義的な社会があって、そのバックボーンの思想がキリスト教だと考えると、オファリングという偽善を見つめていくことは、私の中でとても意味があることでした。



笠原恵実子さん


小林:10年かかったリサーチっていうのは? どんな流れだったのですか?

笠原:キリスト教が中東からはじまり、離散してエジプトに逃れ、シリアに逃れ、ヨーロッパに逃れ、西洋の宗教としてアメリカ、アフリカ、アジア、オセアニアへ渡っていく。歴史の中で形を変えつつぐるっと世界を一周している。そのことは私の中で制作の目安になっていたので、五大陸すべてを絶対に周る!と決めていました。時間は当然かかりましたけど。

小林:最初はなんだかわからないながらも「でも見始めてみよう!」って思ったのには、どういう確信があったのですか?

笠原:確信は最初ではなく2年目くらいにでてきました。これはもっと見た方がいい、簡単には完結しないなぁ、と。実は、永遠に終わらない事柄を扱っているのではと思っていて、やリ続ければ死ぬまでできるなぁと考えてつくっていました。
物事って続いている、だからそれをどこからどこまで切り取るかということだけですよね。確かに時代的にも地域的にも飛んではいるけれども何か確信的に繋がっているもの、そういったものを見たい時に、局部的な一点だけを押さえて語りたくないという感覚はすごくあります。結果沢山の点をできるだけ追って、様々な局面を見ていこうとする。でも最終的にはその沢山な点が明らかに同一的な価値を導いていく。それは、思想的な面においてもどれだけ世界がホモジヌス(同質・均質)であるかという真実の証明ですよね。ポップカルチャーが世界を均質なものにする、という言い方がありますが、それはポップカルチャーに限らず、文化の性(さが)だと思う。今までにも人が何かを伝えていく時に必ず起きてきたことだと思います。知られていない事柄が伝わっていく、その瞬間はカタルシスのあることだけれど、それが伝わった瞬間にカタルシスどころか非常に凡庸な世界が現れてくる、そしてそういったことが連続して起きた結果、最終的には平たい地平の価値観がうまれていく…。そういうことじゃないかと思います。ただ、その平たく均一に見える地平の背後に様々な理由や経緯があると。それをどうきちんと見ていくかということだと思います。
一つ言っておきたいのは、このプロジェクトは宗教そのものについてではない、ということですね。よく質問されますが、私はキリスト教信者ではありませんし、無神論者です。

小林:それは形にも現れていますよね。切り取った部分がそういうふうに見えにくい。



「ドキュメント」と「創作物」ー 2つの要素を作品に取り入れること



小林:ドキュメントだけではなく、実際にご自身で形にしていく理由はなんですか?

笠原:うーん…。それを作品にするという行為はアートの勇気なのだと思う。現実の献金箱はスタジオでつくられるものとは違った圧倒的な強さを持っているし、それをドキュメントしたものに対する後ろめたい思いを、私は常に持っている。やっぱり、実際に起きている政治的、歴史的、経済的なこととアートの文脈を切り離して、ただ美しさや作品性を語ることは、自分の中では嫌悪しているところですから。そういった自身の気持ちを踏まえた上で、現実を作品に寄せるし、作品も現実に寄っていく。こういう制作の仕方をとることで、明らかにただのドキュメントではなくなるし、美意識だけのアート作品でもなくなると思う。

小林:これまでも笠原さんの作品には、非常に単純に切り分けられてしまったものでも、2つ並べるというかそれが接続していることで、真ん中にあるものが浮き彫りになっていくような感覚があると思うのですが、その時に今おっしゃっていたような”作品化する”ということが必要になってくるのですか?

笠原:そうですね。やはり、物事を語る時は白か黒かが問われやすい。だけど、白もあって黒もあるような時に、どうやって白でも黒でもないことを語るのか、そういったことはあまり言われない部分ですね。でも、実はそここそが物事の本質なのではないかと私は思っています。だから、そういったことを美術の中でもやりたいな、と考えています。

小林:そういうふうに二元化してしまうのは、どこかに偏見があって、簡単だけど理不尽でもありますよね。

笠原:そう。二元論もキリスト教的価値観から出たものです。まさに西洋的な考え方ですよね。



「忘却」についてー美術的な価値観でこそみせられるものとは



小林:次にヨコトリ2014のキーワードでもある「忘却」の話に移りたいのですが、アーティスティック・ディレクターである森村泰昌さんの「情報化社会の中で忘却されたものたち」という考え方に、今おっしゃっていた話もどこかで結びついていると思いますが、今回のヨコトリ2014に参加するにあたって、そのことと笠原さんの作品はご自身からみてどういう関係があると思いますか。

笠原:今回の作品について言うと、献金箱という圧倒的にアノニマス(匿名、無名)によってつくられたものであり、また、当たり前すぎて、そこに在るのに誰もが意識的には見ないものを扱った、という意味で、忘れ去られたものと森村さんは解釈されたのかもしれないですね。私の中では忘却というのは、ある種戦略でもあり、アノニマスとしてどこにも属さず潜伏する、という価値観に少なからず共感していて、一般多数の中に紛れる中で、自身を保って生き残っていくという感覚が私の中には強くあります。

忘却の解釈について、誤解されやすい判例を一つあげたいと思います。ワールドトレードセンターのテロ事件の2001年、私は初回の横浜トリエンナーレに参加していました。展示が終わってニューヨークに帰る途中、たまたまロスに寄った、その次の日に事件が起きてしまいました。数日後ようやくNYに帰れることになって乗った国内線はすごい緊張状態でした。飛行機はちょうどツインタワーの上空を旋回する形でニューヨークに入っていくのですが、私はそのときの光景を決して忘れることができません。車や街頭の光がたくさん点滅し、きらきらと動いている夜のマンハッタンはとてもきれいなのですが、その中で、ツインタワーのあった一帯だけがまったく動くことない暗闇でした。
それは生を印象づける光や動きに対して沈黙の停滞である死を浮き彫りにしていて、強烈な美的体験でした。そのとき、無い、失う、ということは、逆に無くなる前、失う前のことをより鮮明に表すのではないかと思いました。もう一つ例をあげます。私は父を亡くしていますが、彼のことを生前よりも近く感じたり考えたりすることがある。生きている時にはなかった彼の存在を明らかに感じている。
つまり、忘却とは、逆説的に、忘却されていない状態を際立たせるのではないか、と思うのです。こういった屈折した人間の思考体系が私の中では確信犯的にあります。だから、「在るものを語る」のではなくて「ないものを語る」という価値体系が自分の作品に美意識としてでてくるのだと思います。そしてこういった知的屈折は、ある種視覚的な、もしくは美術的な価値観でこそみせられるものではないかと思っています。

小林:なるほど。今回の作品は忘却されたものでもない気がしますよね。イデオロギーの根っこの部分だとおっしゃっていたけど、結構コアなものとして発掘している感じがします。だから、そこかしこに実はあるけど、あえて見せないようにされているもの…?

笠原:当たり前すぎて忘れてしまっているもの…という気がしますよね。不可視のもの。

小林:そうすると森村さんのおっしゃっている忘却ともちょっとずれたところがあるかもしれないですね。

笠原:いろんな解釈があるとは思いますね。でも、この作品に限らず、私はこういった考え方から作品をつくっているので、(森村さんが)忘却をテーマに私の作品を考えられたと思います。

小林:《OFFERING》の他に音の作品がありましたよね?

笠原:そうそう、《Sheer》っていう作品ですね。これもまさに忘却です。
実は《OFFERING》と同時期に重なって制作している作品です。色々な人に「今まで生きてきた中で一番喪失感を感じたことを話してください」というインタビューをするのですが、その際の条件として、母国語(mother tongue)、最初に自分が発した言語、で話してもらいます。私は長くニューヨークに住んでいたので、移民の人に会う機会が多くて、英語は毎日使っているけれど、母国語がスワヒリだ、とかケチャンだ、とかいうケースはよくあることでしたし、それが彼らの重要なアイデンティティだということもわかっていました。だから、あまりしゃべれなくても最初に発した言語を使ってもらう、という発想が浮かんだのかもしれません。
今のところ600~700人、言語でいうと約70言語のインタビューを録音していて、ニューヨークや東京、展覧会で訪れた先、《OFFERING》の旅先で出会った人々にもお願いしていました。これらを音として流すプロジェクトですが、前回の発表では、女性の胸の形が連なっていく壁をストッキング素材でつくり、茶室程の大きさの空間をつくってその中で行いました。
いろいろな言語の話し声が小さなボリュームで壁のあちらこちらから聞こえてくるようになっていて、壁(女性の胸)に近づいて、音を聞き取ろうとする行動を想定してつくりました。自分の言語が流れていればもちろん理解できますし、例えば日本の人であれば、英語やフランス語ぐらいならなんとなくどんな内容かぐらいは察しがつくかもしれない。でもそれがタミル語だったり、ベンガル語だったり、ペルシャ語だったらあまりわかる人はいないでしょ?あえて理解されない言語を含めて作品をつくっている、つまり、この作品は言葉を理解して内容をわかってもらうためなのではなく、理解できないことを知り、そして、言葉を意味としてではなく音として聴いてもらう。そうすることで、言語をお互いに共有しないという現実のなかで、本質的に何が人と人とのコミュニケーションであるか、関係であるか、を可視化できるのではと考えたのです。
私達はとても大事なことを人に話さない時が多く、自分自身でもそのことに触れなかったりする。一番失望感を味わった記憶なんて、会ったこともない他人とは共有しない。こうやって、私達が分離している現実がある。わかりあわない=dis-communicationは、言語の違いだけが原因なのではなく、私達自身がそれぞれ引いた境界線が導く現実だと思います。

小林:母国語っていうのはアイデンティティ、つまりどうしても変えられないものとして限定しているのですか? それとも単に音として扱っているのですか?

笠原:乳児は言語能力を持っていませんが、そのコミュニケーション能力は肌と肌のふれあい、表情を見て感じるなど、原始的なものです。最初に覚える単語は、言語としてではなく近い人がしゃべっている言葉を音として真似て覚えるのです。そういった意味で、母国語を使うことで、私達の過去の記憶、言語が音でしかなかった記憶を表現したいと考えました。この作品に使われている形、女性の胸のサイズは、乳児が母のおっぱいを前にした時のサイズ比から出されていて、成人がその前に立った時に、乳児の時に見た胸のサイズ想起することを考えました。理解できない言語を音として聞くこと、それは乳児が母の胸に抱かれながら話しかけられた声を聴いている状況と同じなのです。
《Sheer》というタイトルは、半透明で向こう側が透けてみえている、でもあいだに一膜あって二つを隔てている、そういった状態を意味しています。透けていて向こう側が見えていても、二つは分かれているのです。私達は、乳児のコミュニケーション能力を、忘れられた記憶、として想起することしかできません。
このプロジェクトもまた終わりのない問題を扱っているのだと思います。《OFFERING》とどこか似通っているかもしれないですね。



《シアー》
《シアー》


「創る」ということ



小林:先程笠原さんは、わからないままに始める、ということを言っていたけれど、実際現実に触れていると、現実ってよくわからないじゃないですか。はじめも終わりもよくわからないし。だから、笠原さんの作品ってその感じに近いのかなと思ったりもするのですけど、その反面明快でもあるじゃないですか。

笠原:方法論は明快ですよね。でも、物事は明快ではない、ということを見せる時に、せめて方法論くらいは明快でないと、その明快じゃなさが伝わらなくなってしまうというか…(笑)矛盾していますね。

笠原恵実子さん


小林:でも、それが笠原さんらしいなと思いますね。質感とか、素材の選び方って、笠原さんにとってすごく大事だと思います。一方では突き詰められた明快な部分があるけれど、形になって出てきたものは抽象な部分が多いというか。

笠原:《OFFERING》の彫刻作品は、古典的な素材でつくられていますが、実は一点も私自身の手でつくられていない、でもそれは私の中では明快な答えだと思っています。

小林:その辺に笠原さんが位置しているってことなのでしょうか。

笠原:どうなのでしょうねぇ…。でも、これ以上自分の創意を入れてしまうと嘘をついたことになってしまうし、私の中では精一杯声を発した結果としての、この作品だと思っています。

小林:多分、いろんな人とフェアな感じでものが成立していないといけない、ということなのではないですか。

笠原:はい。なにか私自身のバランス感覚があるのだと思います。

小林:僕もblanClassをやっていて、躊躇なく作品だけを1人歩きさせてしまったり、いろんなジャンルを簡単に切り分けてしまったり、そういうことに反発をしていろいろ行動を起こしています。やはり美術の中にも制度というものがあるから。

笠原:確かに私の名前が作家の名前として出ることで、作品自体を括る一つのタグみたいになってしまうという問題があって、昔からそのことに納得できない意識を持っていました。《OFFERING》の彫刻は、考えたのは私にしても、実際には金属工房の方や木工の方々が一生懸命つくってくださっているし、ドキュメントとして写真に写っている献金箱も、名前も知らない会ったこともない誰かがつくっている。そういう意味で、どこまで自分とその作品に関わる状況を等価にするか、という感覚を強くもっていると思いますね。

小林:実際観てみないとわからない部分もあるのですが、ドキュメントとしていろんな理由でそれらがものとして立ち現れているケースと、それをアートというフィールドの中で成立させる切り口とが共存して、発言に繋がっているのかなぁと、想像します。だから、形の中にはもうちょっと複雑さがあるのですね、たとえばエロティックな形とか…。

笠原:そうですね。非常にミニマルな形でも、エロティックなものであると思います。



OFFERING - Marna
《OFFERING - Marna》


ヨコハマトリエンナーレ2014の展示について



笠原:今回のヨコトリ2014で、私の作品は新港ピア(新港ふ頭展示施設)がメイン会場にはなるんですが、横浜美術館にも作品を展示しています。例えばマイケル・ランディの《アート・ビン》の後ろや、ウォーホルの「絶頂絵画」の横、アグネス・マーティンの作品の前や、フェリックス・ゴンザレス=トレスの作品の前にも置かれますが、空間の中で他の作品とのコラボレーションのようになっていて、それがどういうふうに繋がっていくかが展覧会の意味として現れてくる、そんな展示が意図されています。そして、横浜美術館での展示を観てきた人が、新港ピアにきてドキュメント部分の写真作品と他の彫刻作品を観るという構成になっています。

小林:彫刻作品は横浜美術館中心に展示されるんですね。

笠原:新港ピアにもありますけど、写真作品は新港ピアだけです。実は写真は全部で60点あるのですが、スペースの関係で今回展示するのは40点です。

小林:実際の作品は、まもなく開催のヨコハマトリエンナーレ2014の会場でご覧いただくということで、今回はこの辺にしておきましょう。今日はありがとうございました。



笠原恵実子HP:http://www.emikokasahara.com
Edition WorksHP:http://urx.nu/aAiG

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