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鼎談 中山朋文×オノマリコ×横内謙介|ENGEKI KANAGAWA

interview&text:荒井惠理子 Photo:西野正将 |2016.1.13公開

写真左より
中山朋文・オノマリコ・横内謙介

「マグカル」のキャッチフレーズのもと、神奈川ではいま、演劇に関する事業が大きな盛り上がりを見せている。まず舞台の人材育成講座「マグカル・パフォーミングアーツ・アカデミー」が開催され、1月には神奈川独自の短編演劇コンテストとして「神奈川かもめ短編演劇祭」がスタート、また劇団に劇場の空間を貸し出すサポートプログラム「マグカル・フライデー」に参加したことをきっかけにKAAT 神奈川芸術劇場にて「趣向」が単独公演を開催するなど、新しい展開が動き出している。そこでマグカルドットネットでは「マグカル・パフォーミングアーツ・アカデミー」に塾長として参加されている演出家の横内謙介氏、「かもめ演劇祭」の実行委員会であり、初代・2代目神奈川劇王でもある中山朋文氏、KAATでの単独公演を控える「趣向」の主宰者オノマリコ氏のお三方にお集まりいただき、神奈川から発信していくことについての意気込み、神奈川における舞台シーンの可能性についてなど、神奈川演劇シーンについて語っていただいた。

interview&text:荒井惠理子 Photo:西野正将
2015年12月22日収録:神奈川県立青少年センター|2016.1.13公開



東京になにか特別なものがあるかというと特になかった



――初めに神奈川との縁や神奈川を拠点とすることになったきっかけについてお話しください。

オノマ:私は神奈川県藤沢市の出身で、一番はじめに劇場公演をやろうと思ったときに、自分の身の回りの人が来てくれるから、ということで、横浜のSTスポットを選びました。そのあと、東京で演出助手をしていたこともあったんですが、東京はたくさんの劇団や公演がありますし、そのなかでわざわざ自分がやる意味があるのか、と感じていました。第2回公演を準備しているとき、ちょうどKAATができたんです。大きな空間が必要な作品を書いてしまって、大きな劇場で公演がしたいと思っていたので、電話をかけて貸し館を申し込みました。ですから、KAATの演劇公演としての貸し館第一号は「趣向」なんですよ。神奈川にいい劇場ができて、公演までしたので、そこからさらに東京でやる意味がなくなった。ここでできるなら、遠くに行くこともないや、と思って、そのまま神奈川で続けています。神奈川全体にもっと演劇を見る方がいらっしゃれば、藤沢や鎌倉で演劇公演をやってみたいとも思っています。



鼎談 中山朋文×オノマリコ×横内謙介


中山:もともと役者として、東京の小劇場や映画、テレビでやっていましたが、僕も横浜生まれ、横浜育ちなんで、ずっと横浜でやりたいという気持ちがありました。そのきっかけになったのが、10年ほど前、僕の師匠にあたる人が福井の三國町で現地の人と芝居を作るというプロジェクトをして、それに役者として参加したことです。そこから自分も地元でやりたいな、という思いが強くなって、横浜であらためて色々な団体のお芝居を見たんですね。2014年に閉館してしまった相鉄本多劇場に芝居を見に行ったとき、「横浜未来演劇人シアター」が佃典彦さんの「ぬけがら」という作品を上演していて、それがすごくおもしろくて、「入れてください」と言ってそこの仲間に入ったのが、横浜に拠点を移したきっかけです。
 「横浜未来演劇人シアター」は、横浜開港150周年の記念事業のひとつとして、2007年から3年間限定で、舞台人の育成と作品の発信をしていくワークショップのようなプロジェクトでした。そこで大西一郎さん、寺十吾(じつなし・さとる)さんに出会ったのもすごく良かったなと思います。
 なぜ横浜かということに関していうと、実は単純に電車に乗りたくないだけなんです。多摩川を越えると、ちょっと息苦しくなる(笑)。道がちょっと狭かったり、建物が高かったりするのに圧迫感を覚えるんです。40年間横浜に住んでいて、東京で活動していた時期も、東京に行っては横浜に帰ってきていたわけですが、その時から、東京に何かあるのかといったら、特に何もないな、と思っていて。かといって、横浜になにかあるかといったら、それも特に何もねえなと思うんですけど(笑)。でも、地元でやってると、「ダメだったらどこにも行き場所がなくなっちゃう」から、よけい頑張らないといけないかなと思ってます。

横内:僕らが演劇を始めたときは、お客さん増やして東京に行って紀伊國屋ホールで公演をするのがみんなの目標という、わりと単純な図式があったんです。僕らもそれに乗ってただけで、神奈川で本格的に公演したことはなかったのですが、そもそも扉座は厚木高校の仲間たちと高校演劇の大会に出るために作った劇団ですし、僕が演劇と出会ったのがこの青少年センターですからね。神奈川、いや「青少年センターがなければ、いまの自分はない」、というほど切り離せない関係です。
 当時青少年センターに、田村忠雄さんという伝説的な館長がいたんですね。学校演劇を一所懸命やりつつ、子供たちにいい芝居を見せるんだと言って、神奈川県下の高校の演劇部員に500円で芝居を見せていた。それで僕は、高校の演劇部に入ってすぐ、先輩にここに連れられてきて、つかこうへいの『熱海殺人事件』を見て演劇にハマるんですけれど。しかも、子供に見せるのは子供向けの演劇というのが主流の時代に、一番流行っているものを持ってきていたんです。だから僕はここで、劇団四季も見ましたし、ジァン・ジァンでやっているような清水邦夫さん、篠﨑光正さんの舞台に出会うこともできた。また、全国に先駆けてワークショップを開いていました。もちろん「ワークショップ」という言葉すらなくて、「演劇講習会」と言っていましたが。第一線の演劇人が高校生に演劇を教えてくれていたんです。
 あんな場所は他になかった。僕にとっては、公共ホールの一番初めの出会いがここだったし、手本だな、と後に思うんですよ。
 扉座を立ち上げたとき、田村さんに「劇団作りました」と言ったら、その後もずっと応援してくれて、いろんなところで助けてくれたんです。亡くなるときに「横浜の演劇を頼むぞ」と言われて、僕としては遺言を聞いたと思ってるんですね。そんな大それたことはできないけれど、当時あったものを少しでも甦らせたらいいんじゃないかという思いがあって……。だから僕がいま神奈川に何しに来てるかというと、自分の表現活動というよりも、もうちょっとパブリックなことですね。パフォーミングアーツ・アカデミーを立ち上げ、こうしていろいろな縁で青少年センターに戻ってきているのは感慨深くて。自分がやるべきことだと思ってやっています。



学びたい人をくみ取る場:パフォーミングアーツ・アカデミー



――横内さんが塾長を務める「マグカル・パフォーミングアーツ・アカデミー」は、神奈川での人材育成を目標に、2014年10月に開講した演劇・ミュージカルのスクールです。1年続けられて手ごたえはいかがでしょう。



横内謙介


横内:アカデミーではまず俳優育成から始めていますが、本当は、作家や演出家の育成装置も用意したほうがよいと思っています。こういうことは、どこで学ぶといっても、学べませんから。セミナーをやったからと言って、そこから確実に作家が生まれるわけではないと思うけれど、それでもやっぱり、一人ぽつんと作品を書き始めていたり、演出ってどうすればいいんだろうと思っている人にはきっかけになるはず。神奈川から傑作を生んでいくんだ、と考えたときには、どんどん裾野を広げて、なにがしかの予算をつけたり場を与えたりしていく、ということが大切だと思うんです。
 僕も、高校演劇のコンクールに出たものの、師匠はいなかったので、特に演出に関しては、ところどころで教えてほしいなと思うことはあったんです。自分たちでグループを作ったので、それをおもしろくするというのが最高の鍛錬の場ではありましたけれど。でも20、30年たって、こんな単純なことも知らなかったのか、と愕然とすることは多々ありましたね。僕らの頃はみんなが手探りでやっていたので、価値感バラバラでも良かったけれど、いま思うと、台詞の言い回しや立ち居振る舞いとか「これだけはやっておこうよ」というスタンダードみたいなものは、みんなである程度共有していたほうが、ものは作りやすいよね。

オノマ:俳優のスタンダード、ということですか?

横内:あと演出も。とにかくいま俳優は大変ですよ。3人演出家がいたら、3人バラバラなことを言うわけで、それを器用にこなせる人だけがプロの俳優として生き残っていく。それはとっても非効率的なことだと思うんです。アカデミーは、スタンダードを学べる場までは用意できなくても、学びたい人をくみ取る場でありたい、と思いますね。お二人には師匠という人はいるんでしたっけ?



マグカルアカデミー稽古風景
マグカルアカデミー稽古風景


中山:俳優としての師匠ですが、中島陽典さん。初めて俳優学校で教えるとなったとき、僕が生徒第一号でした。

オノマ:私はもともと戯曲を小説のように読むのが好きだったんですね。自分では演劇はやっていなくて。見るのは好きでしたけれど。あるとき、なんか書いたらやってもいいよ、と言ってくれる人がいて、じゃ書いてみようと。喫茶店で公演をして、それを見ていた人が教えてくださったのが、ランドマークの近くにある公共施設(横浜市民活動支援センター)でやっていた「戯曲を書く会」。『新劇』の編集長だった岡野宏文さんがなさっていた寺子屋みたいな会だったんです。みんなで台本書いて見せあって、みたいなことをして勉強していました。

横内:へぇ。岡野さんも青少年センターで育った人ですよ。田村さんはこの公的な施設を個人的に使って、俳優養成をしてたんですね。高校演劇で優秀な子をピックアップして、20人くらいの私塾を開いていた。そこから育った女優さんに五大路子さん、高瀬春奈さんがいらっしゃるんですが、岡野さんはその塾のスタッフで音響係をしていたんです。僕は作家修業で、時々書いたら見せなさいと田村さんに言われて、添削みたいなことをしてもらってたんですよ。ここに学校作らなきゃいけないとなんとなく思っていたのは、あの私塾のことがあったからで。
 おもしろいなぁ、青少年センターでつながった(笑)。



マグカル・シアター in KAAT 劇団「趣向」公演



The Game of Polyamory Life


――青少年センターが不思議な縁をつないでいるようです。オノマさんが主宰される「趣向」は、青少年センターの「マグカル・シアター」に参加されたことがきっかけで、「マグカル・シアターin KAAT」に選出されたのですね。  

オノマ:年間通して1団体が選出されて、1週間KAATを貸していただけるんです。上演団体に決まってから、KAATの方に企画書を何度か出して、相談しながら進めてきました。私は劇作家で、「趣向」も劇団ではなく一人ユニットなんです。まず企画から始めて、そのつど演出家、俳優と出会っていく、というかたちです。今回はまず、ポリアモリー(Polyamory)について研究している深海菊絵さんとの出会いがあります。お互いに東京アートポイント計画の「長島確のつくりかた研究所」に所属していて、2014年にそこでポリアモリ―を知るためのワークショップを行ったり、ボードゲームを作ったりしていました。その後、ポリアモリ―が複数恋愛という関係性の話なので、演劇で表わすとよいのではないかと考えて、企画を出しました。それが通ってから、その企画に乗ってくれる演出家の方を探しはじめ、KAATから桐山知也さんをご紹介いただき、直接会って話したり、演出作品の映像を見せていただいてお願いすることに決めました。
※POLYAMORY 複数の人と合意のうえ愛の関係を築く性愛スタイル・ライフスタイル。全米を中心に世界で展開している。



オノマリコ


――ご自身では演劇をされていなかったということですが、オノマさんの演劇との出会いは?

オノマ:大学を卒業したてのとき、知人が自分で劇団を立ち上げると聞いて、劇団って自分たちで立ち上げていいんだ、自分で料金決めてチケットを売っていいんだ、すごいなと。それまで申請とか許可がいると思ってたんです。自分でやっていいんだ。自由だな、おもしろいなと、それを期に興味を持っていったという感じです。その後、お話しした岡野さんの寺子屋で戯曲を書くようになりました。だんだん東京や神奈川で小劇場を観るようにもなっていって、アンケートに感想を書いていたら、演出助手をやらないかと誘われて、演出助手を何回かやりながら演劇の作り方を覚えていきました。2010年に自分でユニットをやってみようと思ってSTスポットを借りたのが最初の公演です。おもしろがっていたら、展開があった、という感じですね。



神奈川かもめ短編演劇祭 1月スタート



――では、1月29日~31日にKAATで開催される第1回「神奈川かもめ短編演劇祭」について。中山さんが実行委員を務められていますが、これは、20分以内の短編演劇をトーナメント方式で争い、審査員と観客の投票により勝者を決めるコンテストですね。神奈川のオリジナルブランドとして始めることになったきっかけについてお聞かせください。

中山:ぶっちゃけた話をすると、県のマグカル事業からの要請が一番大きいです。「劇王」という、愛知県長久手市と日本劇作家協会東海支部が主催する短編演劇コンテストがあって、発起人の佃典彦さんからその神奈川予選をやってほしいと言われたのがきっかけで、それが「劇王神奈川」に展開し、今年(2015年)の2月にはKAATで全国大会を開きました。「かもめ演劇祭」は、そのときのネットワークをもとに、神奈川で新しく立ち上げたものです。



中山朋文


横内:そもそもやろうよ、と言い始めたことに、僕も最初から関わっていまして。せっかく演劇好きの知事に巡り合ったんですから。市長、村長を含めて「演劇好きの首長」に巡り合うなんて我々の人生で一度切りかもしれない。この千載一遇のチャンスを逃さないよう、即座に何かやらなければということで始めたのが、「マグカル・パフォーミングアーツ・アカデミー」であり、「かもめ演劇祭」です。
 演劇祭の運営って大変で、大勢の人が関わって、何カ月もかけて会議を重ねたりするわけでしょ。そのなかで人と人が出会うことが何かを動かすだろうし、神奈川にこれだけの演劇人がいる、ということを知事にわかってもらうきっかけにもなるだろうと思うんです。イベントを開催することによって起こる町の変化、人の出会いを期待したいし、「かもめ」はその装置としてはなかなか優れたものになるのではないかと。しかも中山さんたちの世代で上手に運営できているんで、これからつながるものにできるんじゃないかと思ってますが、どうなんでしょう?

中山:そうですね。神奈川にはアマチュア演劇の歴史があって、たくさん演劇人はいるんですが、横のつながりがなくて、出会う機会もあまりなかった。「劇王」神奈川予選を始めて、同世代の演劇人と交流を持つようになったくらいで、オノマさんと会ったのもそこでしたよね。やはり出会いのきっかけになったことが、やって一番良かったなと思います。また「劇王神奈川」を4回やって、2015年には平成生まれの劇団がいくつか参加してくれたのが、すごくよかったなと。もちろん、順位を決めてどうするんだとか、反対意見はたくさんあるんですよ。それにこのルールは、どうやったらお客さんにウケるか、審査員に評価されるか、傾向と対策を立てやすくて、正直、それが過ぎるとおもしろくねえな、というところがなくはない(笑)。でもその作戦を練ることは確実に劇団のパワーにつながるし、本公演で芝居を作るときに、絶対生きてくると思うので。



神奈川かもめ短編演劇祭


オノマ:そうですね、短編が得意になって危険ということはないと思います。私自身は、かなりシリアスな短編を出して票が伸びなかったんですが。でもいろいろな演劇の方と知り合えて、それまで小田原に劇団があるとは知りませんでしたし、楽しかったです。

中山:オノマさんは僕たちと同じブロックでしたが、審査員票は高かったんですよね。「かもめ演劇祭」も、審査員にいろいろな傾向の方々をお呼びしていて、持ち点の振り分け方もそれぞれにお任せするんです。例えば40点あったら、「20、10、10、0」でもいいし、1点を付けてもいい。僕らなんて、知事に0点つけられましたから(笑)。そして結果発表の後に、各作品を審査員に講評いただくのが、これまたおもしろいんです。今回は横内さんにも審査員をお願いしています。

横内:「劇王」は見ていただけで、審査するのは今回の「かもめ」が初めてですが、なにしろ本人の前ですから、こちらも気合入れて言わないとね。なんでつまらないと思うか、こちらの演劇観を賭けて言うところがある。結局、審査員の講評って、よくよく聞いてると、自分の芝居を語ってるんだよね。それぞれが作家だったり演出家だったりするわけだから、「自分は」という基準にしかならないじゃないですか。だから、イベントとして、そのコメントを聞く楽しみもありますね。 



地域でやる、というのは、こういう可能性もあるよね、と思う



――横内さんは厚木文化会館の芸術監督を務められ、主宰される劇団扉座の新作は、かならず初日と千秋楽を厚木で公演されています。厚木と他の場所との差をどのように感じられていますか?

横内:それは地域の差じゃなくて、「関係性の差」ですね。厚木の場合は、応援団と名乗って十何年も応援してくれている地元の人たちがいるんですよ。チケットが売れないと言うと、もっと人を呼ぼうじゃないかと動いてくれるし、若い役者にラーメンをおごってくれたり、役者が帰れなくなると泊めてくれたり……と、支え続けてくれているんです。脇役だった奴がちょっといい役をもらうと喜んで応援してくれるし、東京に出るとなったら追いかけて見にきてくれる。役者の育ちぶりも、劇団のありようも、定点観測で見続けてくれるお客さんがいる場所。地域でやるのは、こういう可能性もあると思ってます。僕らも快適なんで必ず最初と最後は厚木でやりますし、向こうも楽しみにしてくれてますから。
 ペーター・ゲスナーというドイツ人が「調布せんがわ劇場」の芸術監督を2年間やったとき、「劇場が自分たちの町にあるということに、人々がどういう態度をとるべきか」について語っていたのが印象に残っているんです。横浜にKAATができた。本当は、自分たちの町にこんなおもしろい場所があるんだと、もっと盛り上がるべきだし、僕らももっと盛り上げていかないといけないんだと思うんですよ。おもしろかったら行くからね、じゃない。劇場が自分たちの町にあるということは、「何でも観る、みんなで支える」というのが本来の在り方だと思うんです。

オノマ:劇場と町、劇場と人との関係性ですね。  

横内:そして劇場も頑張って、少しでもおもしろいものを見せていこうとする。そういう関係性、環境を作りたいですね。
 ですからKAATにしても、青少年センターにしても、もっとパブリックなものとしての存在感を示さないといけないと思います。商業的な部分ももちろん必要だけれど、商業劇場と同じ機能ではいけない。そしてその劇場で地元の演劇人が公演をして、人々が支える。そういうお客さんを作りたいですね。有名人が来て、派手なことをやってお客さんを集めるのは、神奈川で頑張ってやる必要がないと思うんですよ。劇場を支えるお客さんを作りたい。



より深く、広がりをもって~今後の展望



――お話をうかがって、東京とは違う神奈川独自の特殊性があるなと感じました。最後に今後の活動の抱負、展望についてお願いいたします。

中山:まずは「かもめ演劇祭」を多くの人に見ていただきたい、ということですね。今回は神奈川の団体が2つ出ますし、韓国から2団体来ます。あと個人的なことですが、うちの稽古場が京急の神奈川新町の駅のすぐそばにあって、そこで月1回交流会をしているんですね。それはなくなってしまった相鉄本多劇場が月1回開催していた「横浜演劇サロン」を、うちの稽古場で預かって継続してやっているものなんですが、そうやって人が集まってくることで、若手の劇団に場を提供したりとか、そういう機能を果たせるようにしていきたいと思っています。いま横内さんの応援団のお話を聞いて、地域との結びつきにおいてあるべき姿だなと思いまして、そういう場所にしていけたらいいなと思いました。

オノマ:私もまず1月の「THE GAME OF POLYAMORY LIFE」をいい作品にしたいと思っています。あと私は東京や大阪で高校生とよく仕事しているんですね。大会の審査員や、駒場アゴラ劇場の「高校演劇サミット」という高校演劇を大人に見せる企画では脚本潤色をしています。そこで仲良くなった大阪の高校演劇部に頼まれて台本を書いたこともあります。高校生の話を聞くうちに、彼らにすごく関心を持つようになったので、今年は高校生との作品づくりに取り組む予定です。また「THE GAME OF POLYAMORY LIFE」も18歳以下は1000円にしています。多様な恋愛や生活を描いた作品で、どの年代にも響くところがあると思うので、ぜひ多くの方に見に来ていただきたいです。

横内:アカデミーの参加者をもう少し増やして、分母を大きくしてから、来年は作品作りを始めて、来年(2016年)中に1本何か見せられるものを作りたいと思います。そういう目標がないとレッスンだけでは厳しいですからね。



<出演者プロフィール>
中山朋文
1974年神奈川県横浜市出身。俳優、演出家、劇作家。theater 045 syndicate 主宰。
2001年、サンシャイン劇場「カッコーの巣の上を」で俳優デビュー。都内の小劇場や映画、T㈸などで活動していたが、2007年より活動拠点を地元横浜に戻し、横浜未来演劇人シアターに参加。解散後、2010年にtheater 045 syndicate(シアター・ゼロヨンゴ・シンジケート)を旗揚げ。劇場のみならず、市内のバーや中華街のレストランなどでの演劇、ライブ、ダンスイベントも手掛ける。2012年、中華街同發新館にて「劇王X神奈川予選〜チャイナタウン・ロワイヤル!」をプロデュース。優勝し、神奈川代表として長久手市で開催された天下統一大会に出場。その後、劇王は青少年センターにおいて4回開催される。初代・2代目神奈川劇王。市内で上演された主な作品は「市電うどん」「メリーさんの柩」「虎☆ハリマオ」(横浜未来演劇人シアター・出演)、「ラ・マレア横浜」(出演)、一人芝居「ヨコハマ箪笥事情」、「12匹」(theater 045 syndicate公演)など。趣味は酒場めぐり。野毛、吉田町、中華街、反町などによく出没する。  

オノマリコ
1983年生まれ。神奈川県藤沢市出身。 東京女子大学文理学部哲学科卒。 演劇ユニット”趣向”主宰。
2015年、シアタートラム ネクスト・ジェネレーションvol.7にて『解体されゆくアントニンレーモンド建築旧体育館の話』上演。2016年1月、マグカル・シアターin KAATに選出、エスノグラフィーの力を借りた新作『THE GAME OF POLYAMORY LIFE』を上演予定。また高校生との作品創作にも積極的に取り組む。近年は「劇作家が世界でできること」を考えている。  

横内謙介
1961年9月22日、東京生まれ。劇作家・演出家。劇団「扉座」主宰。
神奈川県立厚木高校在籍時、名義貸しで演劇部に入部。先輩に奢られ、つかこうへい事務所の「熱海殺人事件」を観て芝居に目覚める。処女作「山椒魚だぞ!」にて演劇コンクール全国大会出場。1982年、早稲田大学第一文学部在学時に、厚木高校演劇部員だった岡森諦、六角精児、法政二高の部員だった杉山良一らと劇団「善人会議」を旗揚げ。’93年「扉座」と改名、現在に至る。劇団活動とともに、スーパー歌舞伎、ミュージカルなど、外部への作品提供多数。’92年、第36回岸田國士戯曲賞を『愚者には見えないラマンチャの王様の裸』で受賞。’99年『新・三国志』で大谷賞を史上最年少で受賞。2015年スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』で大谷賞を再び受賞。

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