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神奈川県発、アート・カルチャーメディア「マグカル」。ミュージカル・音楽・演劇・映画など県内のアート情報を発信します。

連続読み切りコラム『  』の虜/第7回 ふくだぺろ『トンネル』の虜

連続読み切りコラム。『  』の虜とは?

連続読み切りコラム『  』の虜は、毎回執筆者が変わる読み切り型連載コラムです。様々なジャンルの方々に『  』の部分に好きなテーマをあてはめていただき、その人の考える「虜」を紹介していただきます。
第7回は横浜在住の詩人、ふくだぺろさんによる『トンネル』の虜です。
是非ご覧ください。

『トンネル』の虜

いま、おれはトンネルのなかにいる。「トンネル」と聞いて、きみがどんなトンネルを想像したのか、わからないけど、おれのトンネルは小さくて、青い。きみのトンネルは、スイスはアルプス山脈を57kmぶち抜いたゴッダルドベーストン・トンネルより大きく、未来から来た宇宙船や弥勒菩薩より光り輝いてるかもしれない。本当は色なんかないかもしれない。手で触ることなんかできない、きみが抜けだせないでいる状況のことを「トンネル」と名づけたのかもしれない。

おれの小さな青いトンネルは手で触れるし、神奈川県横浜市旭区XXXXXという住所も持っている。老人のように剥げた空色のペンキが愛おしく、おれの好物だ。

長さは5メートルくらいだから、これが家だとしたら、一部屋でバス・トイレも付けると、すこし手狭というか、おれは住めない。これはわがままを言ってるんじゃなく、ただの現実で、なにしろおれには妻も娘もいるのだ。



『トンネル』の虜1


毎日こうやって日暮れどきに、娘を連れてここに声を聞きに来ている。身も心も澄ますと、いろんな声が聞こえるのだ。まだ1歳にもならない好奇心で娘は、おれと一緒に聞き入る。ちがいがあるとしたら、彼女は返事をする。ちょうど声が出るようになったばかりで、お腹と喉をつかって、音を出すのが楽しくてしょうがないのだ。おれは決して返事をしない。民話によくあるように、振りむいたり、返事をしたら帰れなくなってしまうから。

妻がなにをしているかというと、もちろん一緒にいるのである。ベビーカーに赤ちゃんをのせた若い夫婦がぼーっとトンネルのなかで立っているとき、ハロゲンランプがぼーっと点く。夜になったのだ。

夜になると声は、よりくっきりと煙のように立ち上がる。声を採集して、それを文字にすることで詩人を名乗っているおれからすれば、夜はクワガタ好きの小学生のように神秘と期待で目が輝きはじめる時間のはずなのだが、おれはもう帰らないといけない。娘が泣くのだ。



『トンネル』の虜2


・トンネルの壁におおきな「←」をスプレーしたまま出れなくなってしまった子ども
・郵便屋さんよりポストマンと呼ばれる方が好きな日本郵政の中国系職員
・脚が6本しかない、中東砂漠に棲息する蜘蛛
・自動演奏されるスーパーのグランドピアノの屋根を開けたくてしょうがない奥様
・重力が狂ってツタになってしまったハス
・魔法のスーツを着た税務署のお役人

ためしに並べてみた。このまえ、ここで拾った声たちだ。かれらはずっと、おなじ言葉とおなじ声で、くり返し自分のことを語っている。これこそがモノガタルということで、物語の原点なんだろうと、家に帰って、瓶につめた声を、ていねいに、紙のうえに、プレス機で延ばしながら、おれは思った。またいい作品ができあがったと思えて、嬉しかった。



『トンネル』の虜3


不思ギなのは、このまえ私が瓶づめにして持って帰ったはずの声が、いまこうして家族3人でトンネルの前にいて聞こえてくるということだ。ハスの声、蜘蛛の声、子どもの声……。林檎の木から林檎をもいでも、また林檎がなるように、また声が生えてきたんだ。同じ枝に去年なった林檎と今年なった林檎はちがうけど、このトンネルに生える声はじつはすべて同じ声なんだということに、おれは気づいた。ここにいる声たちはこのトンネルの虜であり、決して出れない。

おれは不安になってきた。いまここで声が聞こえるということは、おれがこの前発表した作品はどうなってるんだろう?空白になっているのではないか?死活問題だ。いますぐ家に帰って確かめないといけなかった。

娘が泣いていた。泣き声はいっそう強くなって、過呼吸になったんじゃないかって心配するくらいに、えずいていた。育児腱鞘炎でピアノも弾けない妻にかわってベビーカーを押しながら、ふと、おれたちもここの声のひとつ、なのかもしれない、という気がした。そうして、その懸念はしだいに、声という手ざわりをともなって、おれたちの首筋に息を吹きかけるようになった。肩の筋肉が強ばり、もう一歩も動けなくなった。首が、痙攣したように後ろをふり向こうとするのを必死でとめていた。「おれたちはトンネルの虜じゃない!」――おれの口がそう叫ぼうとしていた。




ふくだぺろ(Pelo Fukuda) 1982年兵庫生まれ。詩人。家の近所には小さな、青いトンネルがある。2012年、ホテルにはとまらず、現地の民族といっしょに生活しながら、妻と世界を周る。現在は娘もふえて神奈川県横浜市に住む。人類学的アプローチを基礎に、テクノロジーと神話の融合した世界を創造する。
短編:北米先住民の民話を翻案した『手袋と赤ん坊』 http://bookshorts.jp/20150905t/
映像:水滴レンズで撮影したショートフィルム『〇』 http://eau-film.com/
翻訳:tsukao写真集『ALL L/Right』 http://www.libroarte.jp/tsukao.html
美術:2016年7-9月、長野県の信州高遠美術館『konjaku story』展で展示を予定。 http://fukudapero.com/

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