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連続読み切りコラム。『  』の虜/第1回 戌井昭人『駅前』の虜

連続読み切りコラム。『  』の虜/第1回 戌井昭人『駅前』の虜

駅前の虜


駅前の虜といっても、別に駅前をうろうろするわけではありません。
といっておいて、自分は駅前をうろうろするのが好きです。
とくに知らない駅の商店街などを、うろつくのは、たまらないものがあります。
しかし、ここでの『駅前』は、駅前シリーズという喜劇映画です。1958年から1969年の間に24作品がつくられました。
わたしは1971年の生まれで、すべての作品は生まれる前の作品です。
だからリアルタイムでは観てませんし、全作品も観れてないから、正確には、虜、進行中の身です。
それでも、とにかく、この駅前シリーズは恐ろしいくらいに面白い映画で、森繁久彌、伴淳三郎、フランキー堺を筆頭に、三木のり平や、
淡島千景、乙葉信子など、昭和の名優たちが、どうしちゃったんだ!というくらい、馬鹿馬鹿しいことをやっています。
シリーズ最初の作品は井伏鱒二の小説を元にした『駅前旅館』というものでした。
自分は高校生のころ、浅草で再上映しているのを観ましたが、この作品、原作があるから、馬鹿馬鹿しさが少なめです。
しかし、それ以降の作品は、もうメチャクチャです。
題名の最初に『喜劇』がつくようになって、よくわからないパワーアップをし、半ば暴走気味に作品が作られていきます。
『喜劇 駅前団地』『喜劇 駅前弁当』『喜劇 駅前大学』『喜劇 駅前百年』、喜劇と駅前がつけば、おかまいなしです。
わたしは、この二〇年間、『駅前旅館』を観てから、駅前シリーズを、ちょろちょろと、ビデオやDVD、再上映をしている映画館などで観てきました。
ですから息の長い状態で、ゆったりと虜になっています。
本当の虜というものは、速急にのめり込んでいく感じですけど、このように、ゆったりしたのがあってもいいのではないかと思うのです。
駅前シリーズ(全部観てませんで、すみません)で、おすすめは、『喜劇 駅前金融』です。
伴淳三郎と乙葉信子のケチな金貸し夫婦が最高で、いつもお金を数えていて、拾ったもものや残飯を煮込んで食べ、ビールの王冠を食べそうになったりします。
三木のり平も最高ですし、森繁久彌の宴会芸も最高で、あげればキリがないし、ネタバレになるので、ココでやめにします。
どうぞ皆様、観てください。

戌井昭人 Akito Inui
1971年東京生まれ。
作家。パフォーマンス集団、鉄割アルバトロスケットで脚本書いたり出演したりしています。
小説作品を発表していて、「すっぽん心中」(2013 新潮社)が、2014年度、川端康成文学賞を受賞しました。
他には、「ひっ」(2012年 新潮社)、「ぴんぞろ」(2011年 講談社)、「まずいスープ」(2009年新潮社)「俳優・亀岡拓次」(FOIL)「松竹梅」(リトルモア)などの作品があります。