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五大路子インタビュー「人から感じる現在と過去」

五大路子インタビュー

今月5月30日よりKAAT神奈川芸術劇場にて上演される主演作
「『ニッポニアニッポン』~ 横浜・長谷川伸・瞼の母~」の稽古中というお忙しい中、演劇を始めたきっかけから伝説の娼婦メリーさんとの出会い。様々な人々との出会い。舞台を通して思う横浜への熱い思いなど五大さんの魅力と歴史に改めて迫るインタビューとなりました。毎年上演されているメリーさんを題材とした『横浜ローザ』も今年でなんと公演開始18年目(!!)となる五大さん。五大さんのもつパワフルなストーリーを是非ご覧ください。

15年前に横浜夢座を立ち上げ、横浜を拠点に「横浜発信」の舞台作品を精力的に生み出しつづけている女優、五大路子さんにインタビュー。
今月5月30日よりKAAT神奈川芸術劇場にて上演される主演作「『ニッポニアニッポン』~ 横浜・長谷川伸・瞼の母~」の稽古中というお忙しい中、演劇を始めたきっかけから伝説の娼婦メリーさんとの出会い。様々な人々との出会い。
舞台を通して思う横浜への熱い思いなど五大さんの魅力と歴史に改めて迫るインタビューとなりました。毎年上演されているメリーさんを題材とした『横浜ローザ』も今年でなんと公演開始18年目(!!)となる五大さん。
五大さんのもつパワフルなストーリーを是非ご覧ください。

 
撮影協力:KAAT神奈川芸術劇場
Photo:Eri Nishiyama
Interview・text:Masanobu Nishino
 
<五大路子 ごだい・みちこ>
神奈川県横浜市生まれ。桐朋学園演劇科に学び、早稲田小劇場を経て新国劇へ。NHK朝の連続テレビ小説『いちばん星』で主役デビュー。新国劇退団後も多数のテレビや舞台で活躍する。1977年新国劇年間大賞、1978年北条秀司賞、1996年ひとり芝居『横浜ローザ』で横浜文化奨励賞を受賞。1999年自身が座長となり横浜夢座を旗揚げ。2001年神奈川イメージアップ大賞。2008年には横浜夢座での功績を称えられ、第29回松尾芸能賞演劇優秀賞を受賞。2011年第46回長谷川伸賞、2012年横浜文化賞受賞。

 
 

演劇を始めたきっかけ、自分自身の変革を求めて

 
G=五大路子/N=西野

 
N:今日は稽古のお忙しい中ありがとうございます。
今回のインタビューでは五大さんが初めてマグカルドットネットにご登場されるという事で皆さんご存知の事かもしれませんが、夢座についてなど、色々と五大さんについて改めて質問させていただこうかと思っております。
 
G:はい。宜しくお願いします。
 
N:五大さんはテレビだけでなく現在は横浜夢座というカンパニーを立ち上げ演劇作品を精力的に上演されていますが、演劇に興味を持たれたきっかけとはなんだったのでしょうか。
 
G:実は神奈川県立青少年センターの演劇講座を高校生の時に受けたのが女優を目指すきっかけで、女優となり新国劇だとか早稲田小劇場だとか、アングラから商業演劇、松竹・東宝の舞台など色々と出させていただいていたんですけれども。ある時、足の原因不明の病気で舞台を降板した事があったんですね。
それがきっかけで「私ってどんな存在なんだろう」という問いかけが始まったんです。代役はいくらでもいて、次々と代わりになる役者がいるわけですよね。「じゃあ自分は一体なんのために生きているのか、自分は一体なんなんだろう」と…。
 
N:「演劇」という存在が後でついてきたという感じなのでしょうか。
 
G:そうですね。「自分はこれからどうやって生きていくのだろう」とか「生きていく価値とはなんなのだろう」とか。そんな事を16歳の頃からずっと考えていました。
 
N:16歳の頃からというのは凄いですねぇ。
 
G:いえいえ(笑)。その頃からそういう事は考えていて、そういう時にその演劇講座で素晴らしい先生方に出会ったんです。早野寿郎さんや東京芸術大学の教授だった野口三千三さんとか。
 
N“野口体操”の方ですよね。
 
G:そうです!他にも言葉というものを追求された竹内敏晴さんとか日大の米本一夫さんとか、素晴らしい先生方ばかりで。時に野口三千三さんには影響を受けました。今でも私は自身が行動している事が”野口体操”だと思っているんです。
自分が感じた事や自分がこだわった事を徹底的に追求し続ける。そして自分の肉体を通してやり抜く事。それが野口体操だとその時に教わったんです。それをやるには”演劇”が一番いいのではと思ったのが初めの一歩ですかね。
 
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N:神奈川県立青少年センターは昔から演劇に力を入れていたと思うのですが、そういった講座に当時から通われていたという事は、かねてより「女優」というものに興味を持たれていたわけではないのですか?
 
G:いえ、「女優」というものにはあまり興味がなくって(笑)。私は神奈川学園という女子校に通っていたんですけど、中高一貫だったので中学の頃から既に演劇部に入っていたんです。演劇はやっていたけど「女優になろう」という気持ちは全然なくって。それこそシェイクスピアを女性ばかりでやったりだとか、自分たちの創作劇をやったりだとか「楽しむ」という気持ちの方が大きかったです。その時代は学生運動の世代のずっと後の流れが残っている時ですけど、世の中がアクティブに物事に参加しようとする時期だったんですね。「今私たちが何かを考えよう」とか「社会を変えていこう」とか。
その流れの中で私も「世の中の流れはこのままでいいのだろうか」とかそういった事を考えていました。
私は世の中を動かすには「自分」という命があって、自分が何かを感じ、自分が喜び、自分が泣き、自分が激しく何かを求めていく中から何かが生まれていくっていう事を強く感じていて、そこで演劇講座を受けた時に「私は演劇をやりたい」って思ったんです。
 
N:もともと生活の中に演劇があり、その講座によってさらに意識が深まっていったという事ですね。
 
G:そうですね。でも実際野口先生の講座は体操だったんですよ。あたしは全然その時逆立ちができなかったんですけど、
先生の言葉のイメージにそってやると逆立ちが簡単に出来ちゃったんです。
 
N:いままでできなかった事が言葉のイメージよって変わるだなんてそれは印象深いですよね。
言葉の持つイメージの重要さも痛感できます。
 
G:それがただイマジネーションの変革ではなくて、私が生きていく事での変革にもつながっていったんですよ。
思う事、感じる事、人間にできる最大の力はその「想像力」で、それに自分の肉体がのっていった時に何かが起こるんです。
その何かを求めてずっと歩みつづけていく中で、自分が全く身体的に動かなくなった時に、自分にシグナルを向けながら「私は何?」ってもう一度問いかけ始めるわけですよね。その中にやっぱり「私は今ここに生きてる」「私は今なにをしたいか、なにを発語したいか」それを徹底的に大事にしようと思ったんです。
 
N:なるほど。その講座に行ってなければ今の五大さんは演劇をやっていなかった可能性もありますね。
 
G:そうですね。女優って「奇麗で美しいもの」みたいなイメージがあると思うんですけどそういう事に憧れてはいなかったの(笑)。
それに自分はテレビも全然みていませんでした。ただ早稲田小劇場に飛び込んでいってとても楽しかったし、
「トロイアの女達」とか「盟三五大切」を研究公演でやらせていただいたりしていたんですけれども、20年上前にそういった意識の中で(足の闘病から思い悩んでいた時期“メリーさん”に出会ったんですね。
 
 

メリーさんとの出会い、彼女から感じた戦後横浜

 
N:ご本人にお会いになられたんですか!?
 
G:会話はしていないのですが、彼女に出会って言葉のない強烈なメッセージを受け取りました。病気をしてなければ感じる事はできなかったと思いますが、そこからそ私は彼女を追いかけはじめて、生まれて初めて独自の取材というのもやり出したんです。
 
N:取材というのはご本人にされたのでしょうか。
 
G:ご本人はどこに現れるかわからないので、噂で「銀行にいっているらしい」という話を聞きつけて知人が現場で待ち伏せして
「五大さんが会いたがってますから連絡してもらえないでしょうか」と私の連絡先を伝えてくれたりだとか…。
 
N:それはすごい…。
 
G:それから彼女がいつもお茶を飲んでいる場所にいって実際に周りの方にお話を聞いたり、時にはずっと待ってみたりもしました。
また彼女と話した事がある、知っているって方に集まっていただいて彼女の事を聞いてみたりと周辺から聞いていく事から始めたんですね。その取材でおもしろかったのはメリーさんを通してそれぞれが”私の横浜論”を語り始めたんです。中にはメリーさんは「実は男である」という持論をもつ方がいたり、彼女を支援していたというシャンソン歌手の元次郎さんと出会い、彼女を撮影していたカメラマンの森日出夫さんと出会い。
彼女と同じように街に立って働いていた女性に出会い。彼女がBARから引きずり出される所を見たという方と出会い、実際に彼女にお会いできなくても事実に近い話がどんどん集まっていって、ここでかつて戦争があって、実際に彼女の体をそういった出来事が走りさっていって、彼女がこうして今この横浜に立っているということを思い知らされました。
伊勢佐木町の向こうには米軍の蒲鉾(かまぼこ)兵舎があって、そこはいつも私達が歩いていた道路ですよね。同じ大地の上を今から何十年も前にそこに立たざるを得なかった女達がいたということ。
私達が公演した『横浜ローザ』の中に出てくる詞で「戦争に勝っても負けても女はいつでもどこでも一緒」という言葉があるんですけど、そんな風に自分がのぞまなかった人生を歩まざるを得なかった女達。
そんな戦後の横浜を表現したくて『横浜ローザ』を創り上げたんですね。
 
N:そこまで取材をされていたという事は存じ上げなかったです。メリーさんに会った事のある人、ない人の事実と想像が
どんどん五大さんを取り巻いていってそこに一つの横浜像が浮かあがったという経緯は大変興味深いです。
 
 

横浜夢座立ち上げ。夢ひとつ、ゼロからのスタート

 
N:横浜夢座は今年で15周年という事ですがさきほど話にもでたメリーさんを題材とした『横浜ローザ』も毎年上演されてますよね。
 
G:夢座は来年15周年なんですけど。実は夢座が生まれたのはローザの公演があった後なんです。
ローザの公演は女性の観客が多かったんですけど。その時に観客の方達と「私にも夢があって、仲間達とこの横浜から発信できるような演劇集団を作りたい」と話した時に一人の私より年上の女性が「やりましょう」って言ってくれたんです。やろうと言われても自分はお金もないし人脈もないし、どうやってやればいいのかわからなかったのですが「できます。五大さんの今の熱い気持ちがあればできますよ!」って言ってくれたんです。
彼女は実際に横浜で映画を作ったりしている人だったんですが「じゃあやろう!」と何もない状況から始めました。
そしてまず「一緒に夢を紡いでくれませんか?」と20人の人達に声をかけたんですね。お医者さんだったり、名誉教授だったり、主婦だったり、商店主だったり、作家だったりと…。
本当に色々な人達が集まってくれてそこから実行委員会が発足し、何もないけど思いが沢山集まって出発したのが15年前。
それが横浜夢座の第一歩でした。でも何の資本金もないし、あるのは夢一つだったので、そこからは壁にぶつかってばかりで(笑)。
何から何まで生まれて初めての事ばかりで、宣伝もどうして良いのか分からないし、パンフレットなども全て手作りで作っていきました。
そしてそれを繰り返しながらプロの作家に依頼して、プロの役者さん達もプロデュースでお呼びして、年一本オリジナルの作品を発表するというスタンスをずっと続けてきて15年です。
この間も夢座で「横浜開港記念みなと祭 ザ よこはまパレード」に参加してとても驚いたのですが赤レンガ倉庫から馬車道に入っていったところで歓声が本当に凄かったんです。「がんばってね!!観てるよ!!」と。
伊勢佐木町にいくと、もっと凄くってこんなに街の人達が夢座を迎え入れてくれていたのかと胸が熱くなりました。
それは五大路子への「がんばれ」ではなくて夢座に向けての「がんばれ」だったんです。
 
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N:確かに。ちょうど僕もその時に伊勢佐木にいたのでその様子を現場で見てました。本当にすごい声援でしたね!でもその時に聞いたのですが海外公演も決まったとか…。海外は新作ですか?
 
G:凄かったですよね(笑)。海外は全く違う演出にするのですが「横浜ローザ」を上演する予定です。
なぜローザを上演するのかというと今度終戦70周年なんですね。その記念としてアメリカ人の人達に観てもらいたいと思っています。
今も戦争はあるけれども、戦勝国、敗戦国とそういう事ではなくてその戦争の中で傷つき様々なものを奪い取られていった人達の思いや、繰り返し行われる無駄な事、あってはならない事。やっぱりこのローザを通して平和について考えてもらいたいと思っていて…。
でもこの作品は本当に沢山協力してくれた人達がいて、あたしだけじゃないんです。
沢山の思いが横浜ローザにこもっていて、東京からではなく「横浜から」ニューヨークへ作品を持っていくわけですね。
やはり長く続けてこれたのは街の人達の熱気や思いがあってこそで、「俺たちの、私たちの横浜から届けたい」という思いがあってこそ実現したアメリカ公演なので本当に楽しみです。
 
N:本当にすごいですよね。初めての海外公演という事もあるかと思いますがやはり緊張されますか?
 
五大:そうですね。アメリカの人達に観てもらいたいという思いはありますが、やはりどのように感じてもらえるのか怖いという思いもあります。
早くアメリカ公演の内容も詰めていかないといけないのですがその前にまだ他の舞台があるもので大変です(笑)。
 
 

長谷川伸を通して感じる時代の熱

 
N:海外公演前にいくつか舞台があるという事ですが、今回はKAAT神奈川芸術劇場で長谷川伸を題材にした舞台を上演されますよね。
 
G:そう!まずはKAATの公演がいままさに稽古中で、自分でもどのような舞台になるのかまだまだ分かりません(笑)。
 
N:五大さんご自身今まで何度も長谷川伸をモチーフにした舞台は上演されていますよね。
 
五大:はい。新国劇でお世話になった島田正吾先生の「沓掛時次郎」、「瞼の母」、「一本刀土俵入」など
調べてみたら知っていた作品は長谷川伸のものが多い事に気づいて、さらに調べてみたら長谷川伸も横浜出身だという事が
わかってそこから彼の軌跡をたどって調べてみたんですね。
 
N:やはり取材は入念に行われたんですね。その行動力は凄いです(笑)。
 
G:興味がつきなくって(笑)。まずみなとみらいに残っているドックヤードがまだ使われていた時に長谷川伸がそこで働いていたらしくて、私も現在のドックヤードにいって空を見上げてみました。
空を見上げて、この三菱地所のドックの同じ空を彼はいったいどんな思いで見上げていたんだろうと、そんな事をずっと考えていて…。
そして彼の描く女性たちは、思いや願いが叶えられない世の中から外れていった人達が多くて、彼のその人達への優しいまなざしはなんだったんだろうと。
それこそ今私たちが一番大切にしなくちゃいけないものなんじゃないのか。今一番見失っているものなんじゃないのか。
人が人を思い例え報われなくても思い続けることや、思い憚ること。
それってすごく大事なことだし、今は人と向かい合わなくても済んでしまう事が多いし。人と心を交わすこと、心を触れ合わすこと。
そういう「思い」って時間がもったいないと思ったらできないことじゃないですか。
でもそういうことを長谷川伸はかつてその時代にしっかりと自分の生き様を通して本に書き綴っているんですね。
彼が言ってる中には、「私は股旅ものを書きたいのではない。丁髷でも武士でもいい、その下に流れている真っ赤な血の流れている人間を書きたいのだ」って言ってるんですよね。
で、まさにそれは時代を超えて、今私たちが目を見張り大事にしなければいけない宝物だと思うんです。
で、その一人芝居を「長谷川伸の心の女たち」と、「ある市井の徒/長谷川伸の世界」というタイトルでやったんですね。
それには島田正吾先生もご存命だったのでいろいろ教えてくださったりとか、村上元三さんからメッセージをいただけたり、パンフレットも全部手作りで、この映っている衣装はお母さんの着物ですね。
 
N:そうなんですか(笑)
 
G:ライトは海の家の伯父さんの照明なんです。で、なんと私は子供を連れて行っているという(笑)。
私の演劇部の仲間がとんかちも打てるので舞台装置から全部やってもらって。
 
N:色んな仲間達にお願いして作り上げていったんですね。
 
G:もう全部手作りでやった舞台の第一号がこれだったんです。
で、そこから「長谷川伸の心の女たち」はにぎわい座でも二度ほど上演させていただいて。
そのころ玉置宏さん(横浜にぎわい座初代館長)が生きていてね。「頑張れよ!」て言ってくださって。あと文章書いてくれたのが当時ご存命だった平岡正明さん。そんな長谷川伸を愛している人たちが沢山いて、そういう人たちと一緒ににぎわい座でやるなんてぴったりじゃないですか。バンドネオンとの競演もやったんです。
そして横浜夢座でも「憂いも辛いも、いろはにほへと 長谷川伸八景」ていうのもやって。
これには大和田伸也が出たりもしたんですけど、それもオリジナルで長谷川伸の世界を上演しました。
そうやっていくうちに今回、KAATさんの方から「長谷川伸の作品をやらないか」というお話があって、今回全く出会ったことがない斎藤雅文さんと松本修さんとやることになりました。
 
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画像:写真中左が初めて制作されたという手作りのパンフ
 
N:お二人とは初めてですよね?
 
G:初めてですよねー。だからすごいですよ。出ていらっしゃる方も文学座の原康義さんだったり大沢健くんだったり。
なんかもう何かが起きそうな波の中で「一体どんな長谷川伸の世界が生まれ出るんだろうか」って。実はすごい緊張してて、もう本当に緊張の連続なんですが、でも半分すごい楽しみなんですよね。今まで自分が先導してやってきたけど今度は人のまな板の上で材料にされて長谷川伸がどう提示されるのか。
そしてそこには、私の大好きな長谷川伸先生が求めてやまない日本人の魂、忘れ去られていく日本人の魂というものを描くことに変わりはないと思っているんですね。
 
N:今回は夢座とは別ですけども、例えばローザの場合はメリーさんを紹介するっていうコンセプトではなかったと思うんですよ。
 
G:うんうん。
 
N:それを通してのその時代や人を表現するって事だったと思うんですけど、題材は代わっても長谷川伸さんの場合は長谷川伸さんの書いたものを演じるとかいうことではなくて、その長谷川伸という存在を通してその時代や五大さんのおっしゃる人というかそういった「熱」を伝えたいというものなのかなと…。まだ中身を見ていないので勝手な予想なんですけども。
 
G:そうだと思います。私は今回先導しているわけじゃなくて役者として出ている訳なんですけども、描かれていることは今おっしゃったようにそう、人。同じだと思っています。その中で私がどこまでその分担としてその女たちを演じる事ができるのかと葛藤と楽しみと期待と恐怖と不安と(笑)。
 
N:今「たち」とおっしゃられましたね。
 
G:あ、そう。いろんな女たちをやるんですよ。
 
N:五大さんお一人で、様々な女性を。
 
G:そうそう。お母さんもやるし、夜鷹ばばあもやるし劇中劇の瞼の母もやるし、それから今回オリジナルで出ているんですけど、自叙伝ではちゃんとモデルがいる“メレーのお熊”という横浜で外人相手に遊女をしていた女性。
長谷川伸は彼女を救えなかったんですが、彼女と一時一緒に暮らしたりするんですよ。結局は彼女は出て行ってしまうんですけど…。
そんな彼女や、自身よりずっと高い魂を持っていたという奥様をモデルにした芸者さん、それから七十いくつのおばあさんのお母さん…幽霊たちもでてきます(笑)。
 
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N:もう盛りだくさんすぎて混乱してしまいますね(笑)。
 
G:頭こんがらがってます(笑)。でもその折々出てくるのはやっぱり常に長谷川伸の中の心をさっきおっしゃったように人というのを描くために、作家や演出家の方がやられているんだと思いますね。
 
N:それは楽しみですね。話だけ聞くと長谷川伸よりも、その周辺を通過していった人たちがメインになるのかなって、わくわくした気持ちがあります。
 
G:まあそうですね。でもまあメインは長谷川伸ですね。長谷川伸の心の葛藤です。
そこに彼にまつわる人々が出てくる訳なんですけど、でもそれは誰がメインという訳ではなくて、長谷川伸がメインであろうと描くものは今おっしゃったように人間なんですよね。多分。
 
(一同笑)。
 
N:すみません、本当に忙しいときに(笑)。
 
G:でもそうだと思います。相通じるものがあるんじゃないかなと思って、それを目がけて私も私なりに期待に胸を膨らませて松本さんや斎藤さんの掌の上でちょっと飛び跳ねたいなと思っています。
 
N:そういえばKAATでの舞台にご出演されるのも初めてですよね。
 
G:初めてですね。やっぱり神奈川県の劇場ということでこの地元で長谷川伸を取り上げていただくのはすごくうれしいですよね。
ましてや今年生誕130周年なんです。その年に今回Y155と連携して出来るというのは、なんか街をあげて長谷川伸をもう一度思い返していくみたいで嬉しいです。
 
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画像:『ニッポニアニッポン』チラシ
 

場所の記憶と力、記録ではなく肌触りを掘り起こすという事

 
N:ちょっと話がかわりますが横浜をメインにした作品が夢座は多いと思うのですが、例えば横浜以外の題材を扱ってみようとかそういった動きはあったりするのでしょうか。それはいきなり九州であったりいろんな可能性があるとは思うんですけれども。
 
G:ありますね。つまり、ここで演劇発信している訳ですから、それは横浜夢座が横浜から発信する訳で、題材は海外でもいいなってこの頃痛感しています。
 
N:では次の展開もあり得るということですね。もしかしたらアメリカを舞台にする可能性も。
 
G:いいですね(笑)。でも実は北海道を舞台にやったものもあるんですよ。
「赤い靴の少女の物語」って作品で、実は北海道まで取材に行ったんです。
 
N:絶対行ったと思いました(笑)。
 
G:もう開拓村まで行っちゃいましたよ(笑)。あとは他に戦国時代もやっているんですね。
たまたま私がセミナーをやっていて、その地域で畠山重忠が亡くなったってことから「じゃあこの場所で畠山重忠をやったらいいんじゃないかな」って。なんと重忠まんじゅうまで出来ちゃいました。
 
N:それをきっかけにですか。
 
G:ええ、それをきっかけに。だからおまんじゅう屋さん行きましたよ「一緒に作りませんか?」って。全然関係ないのに(笑)!
もうだからそうしてると、時代を超えてこの神奈川のいろんな所がたくさん見えてくるんです。
 
N:感じるものというか出会いや人の魅力があれば、もうどこへでも行くし、作品にしていくって事ですね。
 
G:そうですね。でも行くと出会うんです。
私が長谷川伸の一人芝居をやった時に長谷川伸の親族の方達が全然連絡していないのに来てくださって。
それからもうひとつ。長谷川伸のお母さんが嫁いだ三谷家の方たちも7人くらいで来てくださってて。
私はそれを知る余地もないので終わってから挨拶したら「私は長谷川の兄の息子」、「私たちは三谷家の」って…。
 
N:それは驚きますねー!
 
G:腰が抜けるっていうか(笑)。で、楽屋に来てくださって茶碗で乾杯したんだけど、後でびっくり。
その方たちは皆すごい経歴で「えー!」っていう肩書きの方達ばかりなんですけどすごい質素な形でいらしていただいて、とても長谷川伸さんを尊敬し、愛している。
 
N:元々の五大さんの徹底した取材もそうですけど、舞台を通して題材の親族の方ともつながっていくという五大さんの人とつながる力というか…。
 
G:だから今回は今まで行ってなかった長谷川伸のお母さんの実家まで行ったんですよ。
今まで取材してなかったので昨年12月の暮れに一人で伺いました。
今回もちょっとお母さんの話が出てきますけど、実際にその家の雰囲気とか長谷川伸先生の名刺を見たりいろんなものに触れたりすると、今度はお母さんがどんな人なのかってわかってきます。
寺子屋があって、寺子屋に通ってたんだなーとか、ただの豪農の娘じゃなく感受性があって、明治維新の風を受けながらその胎動の中で彼女は何かを感じていて、農民一揆があった時には彼女は手を合わせに行ってたとか…。
 
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画像:長谷川伸の取材で撮影したという写真
 
N:やはり実際取材してみないとわからないことはありますね。
 
G:そうなんです。だからやっぱり横浜ローザから「取材をする」ということを学び、それから夢座はずっとそのスタイルを続けてその時代を体感しているんです。
まだまだこの街にはそんな歴史を感じるものがたくさん残っていますし、それを今手で掘り起こして行かなくては、文章で残っていてもそれだけでは消えて行くんですよね。
でもその肌触りをもう一度蘇らすことで、心の中になにか忘れているものや失ってきたものをもう一度なんか感じられればいいなと思って夢座をやっていますし、そんな思いで今回の長谷川伸もやらせていただいているって感じでしょうか。今回は皆さんの手でどう料理されるのかが楽しみです(笑)。
 
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N:今日の取材で五大さんご自身の人とつながっていく力や地元に対する思いなど、パワフルなお話を沢山お聞きする事ができましたが、やはり五大さんご自身だけでなくそれを支える周りの力っていうのもすごいんだなって実感できました。
今回の舞台も「五大さんのことなので」っていう言い方は失礼に聞こえてしまうかもしれませんが、きっと公演を通していろんな力がつながっていくと思うので、どのような舞台になるのかとても楽しみにしております。
 
G:ありがとうございます!ぜひ横浜ローザも見に来てください。
 
N:はい!今日はお忙しい所ありがとうございました。

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