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「マグカル・ドット・ネット」は、神奈川県内のアート・カルチャー情報を発信するサイトです。
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写真展「屋須弘平—グアテマラ140年のロマン」
美術・写真
2015.12.03

写真展「屋須弘平—グアテマラ140年のロマン」

神奈川県立地球市民かながわプラザ(あーすぷらざ)3階 企画展示室 

はるか遠い異国の地で生きた日本人の物語——

幕末から明治へと時代が移り変わる中、中米・グアテマラに移住したひとりの日本人がいました。彼の名は屋須弘平。
天文学者を目指してメキシコに渡るも叶わず、移住したグアテマラで写真術を学び写真館を開設、やがて国民から大きな信頼を得て、優れた写真家として活躍しました。
本展では、異国の地に根を下ろし、カメラのレンズを通してグアテマラの人々と交流した屋須弘平の作品をご紹介します。当時の建築物や風景を捉えた写真や遺品から、2015年に外交樹立80周年を迎えた日本と中米の交流の軌跡を知ることができます。

屋須弘平(1846-1917):
1846年、蘭学医の長男として仙台藩藤沢(現・岩手県一関市藤沢町)で生まれる。1 7歳で江戸に出て、医学や天文学を学ぶ。1 874年、金星の太陽面通過のメキシコ観測隊の通訳を務める。天文学者を目指し翌年メキシコに渡るも、政変でやむなくグアテマラに移住。写真術を学んだ後、グアテマラ市に写真館を開設。1883年、キリスト教の洗礼を受け、ファン・ホセ・デ・ヘスス・ヤスと名乗る。1889年、写真館を閉めて帰国したが、高橋是清(後の内閣総理大臣)の要請でペルーの銀山開発計画に参加、日本を離れる。しかし事業は失敗。1891年、再びグアテマラで写真館を開き、グアテマラ人マリアと結婚。後に、アンティグア市に写真館を移転する。1917年、病のため 72歳で死去。1976年 2月6日、アンティグア市で大地震が発生した際、写真原板数百点が発見され、彼の写真家としての功績が日の目を見ることになった。

【関連イベント】
1月30日(土)一関藤沢市民劇場横浜公演 屋須弘平物語「さくら」
3月6日(日)飯沢耕太郎 講演会「グアテマラで生きた写真家 屋須弘平」

【休館日:祝日除く月曜休館】

  • 地域
    横浜市(ベイエリアを除く)
  • 開催期間:開始日
    2016.01.23
  • 開催期間:終了日
    2016.03.27
  • 時間
    10:00-17:00(入場16:30まで)
  • 住所
    神奈川県横浜市栄区小菅ケ谷1-2-1
  • 券種/料金
    入場無料
  • お問い合わせ
    Tel:045-896-2121 E-mail:gakushu@earthplaza.jp
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