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Double Planet 第2話

Double Planet 第2話

Double Planet
2「ストロベリーシェイクをチューチューしながら」
田丸ルカ
(フルタジュン&神田陽太/レディオ湘南パーソナリティ)

私は本を読むことが好きな子供だった。
好きだったというレベルじゃないかもしれないな。
あれは完全に中毒の域に達してた。誰かと言葉を交わす時間があるなら、一文字でも多くの活字を読むことを優先するような女の子だった。そんな私を心配した真っ当な両親は、私をボーイスカウトへと送り込んだ。インドアからアウトドアへの劇的な環境の変化。これは賭けのような劇薬。もちろん、最初は泥で靴が汚れるのも嫌だったけど、大自然と格闘するうちにだんだんと気にならなくなり、私は人間らしくなっていった。自然と本はあまり読まなくなった。いつだったか、冬の雪山で一晩過ごすことになって、夜空には見たこともない綺麗な星が瞬いていた。見上げながら、ある単語を思い出した。

「ダブルプラネット」

惑星の神秘について書かれていた本で知った言葉。語感が好きで覚えていたのだ。
ダブルプラネットとは、大きさの近い2つの惑星が、共通する重心の周りを互いに公転していることを言うらしい。正直、意味が全く分からなかった。けど、今ならもう少し理解できる。公転とか自転とか分かるし。高校生になったんだから当たり前か。

「ルカ、部室行こうよ」

放課後になると、私はクラスメイトのナツキと連れ立って部室に行く。
これが、4月に高校へ入学してからのルーティンだ。
好きな俳優さんがいて(名前はナイショ)、彼が高校時代に演劇部だったことを知り、なんとなく私も演劇をやってみようと思った。動機なんてそんなもの。
先輩たちに習って発声練習なんかしてる。あと、外郎売っていう呪文みたいな文章も覚えさせられた。って書くと、けっこう厳しいのかなと思われちゃうけど、全然そんなことはなかった。むしろ、ぬるかった。先生のモノマネばかりを極めて爆笑をかっさらう部員もいれば、学校に持ち込んだ菓子を食い散らかしながら雑談に興じる部員(私やナツキのことだね)もいた。演技力は向上しないけど、トーク力だけはグングン成長している。

そんなこんなの間に、三年生たちが引退した。

高校演劇には全国大会へと繋がる演劇の大会がある。9月に三年生を中心にした演目で挑んだが、地区大会で敗退。拍子抜けするぐらい、あっけないものだった。そもそも演劇で優劣を競い合うというのもよく分からない。敗退が決まった後、モノマネ王の異名を持つ山本先輩の涙を見たとき、「この涙は……いったい何?」と部員たちがザワザワした。山本先輩は大会に向けての稽古を全くしていなかったし、本番でも台本にない即興演技ばかりやって迷惑をかけていた。大会に思い入れなんかあるはずがなかった。ということは嘘泣きだったのだ。実はナツキのことが好きだという噂があって、彼女への何かしらのアピールだったのかも。

ま、万事がこんな感じなので、私の演劇部への熱量はたかが知れていた。

「見たい演劇があるんだけど……行かない?」

ナツキが見たい演劇があるというのでKAATへ演劇を見に行くことになった。演劇部に入ってからOBがやっている演劇を見に行くことはあったけど、商業的な演劇を観に行くのは初めてだった。

その演目とは、海外の傑作戯曲を日本の演出家が日本に舞台を置き換えて作った意欲作、ということらしかった。見終わった後、いつもはオシャベリなナツキが黙りこくっていた。どうしちゃったんだろう、と思っていたら、目元に涙を浮かべていた。

「泣いちゃったよー」

冗談っぽく言う感じが、余計に本気の涙だったことを際立たせた。
確かに感動するポイントもあって面白い演劇だと思った。
けど……満足かと聞かれたら、私は色々なことが気になって満足できなかった。
せっかく設定が良いのに、もっと面白くできたんじゃないのかなーとか思えて来る。
ダメだダメだダメだダメだ。
これって、子供の頃に本を読みすぎてしまった弊害かもしれない。
とにかく私は物語という物語にとても厳しいし、分析癖がある。
もちろん、そんなことをナツキに言えるはずもなく、「良かったよねぇ」なんて話を合わせた。

その日からだった。

ナツキが雑談の輪から離れて、黙々と外郎売を繰り返すようになった。それだけでは飽き足りず、二年生の真面目な先輩を捕まえて感情表現について意見を交わしていた。信じられなかった。彼女は本気で演劇をやろうとしていた。
見たこともなかった真剣な眼差しを横目に、少し焦る気持ちがムクムクと湧いてきた。

「私は……どうしよう……」

必死なナツキを置いて、私は一人で先に帰ることにした。まっすぐ家に帰る気にもなれず、藤沢駅北口にあるマクドナルドの2階に駆け上がった。いつもナツキと並んで座る窓際の席が空いていた。

ストロベリーシェイクをチューチューしながらツイッターのタイムラインをスクロールしてみる。ほんとはSNSなんか楽しいと思ったことない。みんながやってるから、私もやってるだけ。昔みたいに本でも読んでた方がずっと楽しいのかも。なんて思いながら、惰性のようにくだらない呟きを眺めていると、友人がRTしたあるツイートが目に飛び込んで来た。

【アピールしたい高校生大募集!『らぶ&MUSIC』では表現したい高校生を応援します!】

「……表現したい高校生?」

気になってツイートを辿っていくと、レディオ湘南というラジオ局にたどり着いた。
どうやらその放送局でやっている『らぶ&MUSIC』という番組が高校生を応援するコーナーを始めたということらしかった。パーソナリティーは、音楽や演劇をやっている二人のおじさんらしい。試しにイヤホンで番組の放送録画を聴いてみることにした。

「えーっと、こちら高校生からメールをいただきました。ラジオネーム・サトルブルー。」

『はじめまして。藤沢市の高校に通っている、ラジオネーム・サトルブルーです。
先月、たまたまラジオ局の前を通りかかった時、この番組を知りました。
神田さんのギター話、すごく刺さっちゃいました。実は、あの日、僕はギターを買おうかどうか考えていたんです。そのせいか、勝手に運命を感じて、あれから毎週聞いています。
買うギターは、僕もエレキギターとアンプがセットになっている初心者用のやつに決めました。神田さんと一緒です。もうすぐ手元に届きます。楽しみです。またメールします。』

私が、サトルブルーという男子高校生の存在を知ったのは、その時だった。

《つづく》
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