Double Planet 第12話
Double Planet
第12話「こんな1年でもクリスマスはクリスマスとしてやってくる」
田丸ルカ(フルタジュン&神田陽太/レディオ湘南パーソナリティ)
12月の部室は想像以上に冷え込んでた。頼りなく首を振る電気ストーブに身を預けて、ナツキのかじかんだ手で台本をめくる、シュル、シュルという音だけが聞こえる。私はボーっとしながら、あの日のことを思い出していた。海辺で見上げた星、交わした会話、夜明け、朝焼け、始発、江ノ電、母親への言い訳。表現は何からインスパイアされるのか分からない。私はあふれ出るアイデアを書き留めたり、図書館に通って調べ物をしたりしながら、その一切合切をトリツカレたように台本に入れ込んだ。こんなワードを使うのは恥ずかしいんだけど、あえて使わせていただくと、全集中。そう、私は全集中して『空とパズル』の台本の修正を終えた。
最後まで読み終えたナツキが震えながら言った。
「なにこれ……ヤバいんだけど」
自信はあった。というよりも、もうこれ以上のものが、今の私には書けそうにない。というのが正直なところだった。
「キャラクターの造形も物語の展開も良いよ、すごく良くなったと思う!」
「良かった」
私は嬉しさを押し殺しながら短く応えた。『空とパズル』の台本直しは上手くいったということだ。私とナツキは、また一歩前進した。
「さて、ここからどうするかだよね。どうやって、この作品を上演するのか……」
やっぱり、そこで言葉に詰まった。相変わらずコロナの影響で活動は見通しが立ってない。というよりも、状況は悪化しているのかも。先月の文化祭も中止になったし、演劇部の活動もしばらく休みが続いている。このままだと2月の卒業生を送る会も中止になるというのが、もっぱらの噂だ。自由な活動を許されていた頃が、もうずいぶん昔のことのように感じられる。せっかく台本はできたのに、それを上演する機会と場所がない。これはツラい。はぁ。しばらく黙っていると、ナツキは小さく折り畳んだ紙を私に差し出した。
「ルカ、これ読んでみてくれない?」
「何それ……」
私は折り畳まれた紙を受け取り、おそるおそる開いていくと、汚い字で「作戦」と書かれていた。私が知っているナツキの字じゃない。文字らしい文字はあまりなくて、カメラとパソコンをケーブルで繋ぐ配信システムの図説らしきものであることが分かってきた。
「この前、カレシに相談したのね」
「え、待って待って。カレシ……?! え?え?」
「そっか、まだルカに言ってなかったよね。私、先月から付き合ってる人がいるの。放送部の武村くんって知ってる?」
武村友治。1年生の時、同じクラスだった男の子だ。彼が音楽に詳しいのは知っていたけど、それぐらいの印象しかない。正直、イケメンなタイプでもない。面食いを自認していたナツキが好きになるのは意外だった。
「グイグイ言い寄られちゃってさー」
ナツキは照れながら満更でもない様子で言った。きっと二人にしか分からない何かがあったんだと思う。けど、それを根掘り葉掘り聞くよりも、まずはこの紙に書かれた図説の意味だった。
「この作戦って……」
「武村君が配信しちゃえば?って言うんだよ」
確かに、コロナ禍の中、配信公演は増えてきている。私も気になった劇団の配信公演をいくつか観た。でも、まさか自分達でやろうとは思いもよらなかった。だって、やり方も分からないし、ちゃんとやるならお金がかかるって聞いてたから。
「もしやるなら、放送部が手伝ってくれるって」
「えっ、ほんとに?」
「演劇部と放送部のコラボ公演ってことで、放送部の部費も使えるようにするって」
ナツキはどこか誇らしげだった。武村君がどんな人なのかよく知らないけど、大好きなカノジョのためにここまでやってくれると言うのなら、信頼してもいい気がした。
「いいかも、配信公演!」
「OK!今日会うから話しておくよ。っていうか、そうと決まれば稽古しないと!」
「そうだよ、忙しくなるね!」
高校を出て藤沢駅の方へ向かった。家路を急ぐ人たちであふれかえっている。
私の足取りは軽かった。配信公演という次のステップへと進んだことが大きい。
ふと、駅の構内で立ち止まり、壁を背にしてスマホを取り出した。
LINEを起動させて、親指でスクロール。
青い惑星のアイコンを探すとすぐに見つかった。
「空とパズルは配信公演として上演することになりそうだよ。」
送信ボタンを押した。
1分、2分、……5分。
なかなか既読にならない。
既読になるのを待っている自分に嫌気がさして駅構内を歩き出した。
クリスマスケーキの予約を受け付けている看板が出ていた。こんな1年でもクリスマスはクリスマスとしてやってくる。ナツキは恋人の武村君と一緒に過ごすのかもしれない。何かプレゼントを交換し合うのかもしれない。そんなクリスマス、私は漫画やドラマでしか見たことがない。ナツキは女優としての引き出しを、また一つ増やすんだなと思った。いいぞいいぞ、いけいけナツキ。
LINEの着信音がして、急いで携帯を開いてみた。
「何時に帰って来るの?」
母親からだった。
青い惑星のアイコンをタップしてみる。
まだ既読になっていない。
もう、、なんなのあいつ。
青野君から返事が来たのは、それから二日後の夜だった。
「返事が遅れてごめんなさい。配信公演いいと思う!おめでとう。僕もついに、やっと曲が完成しました。生まれて初めて最初から最後まで自分一人で作った曲。『空とパズル』のテーマソング。どうしても一番最初に丸山さんに聴いてほしくて、」
尻切れのメッセージのあと、一つの音源が添付されていた。
突然、胸がバクバクし始めた。
いつの間にか口の中がカラカラに乾いている。
私は再生ボタンをタップして、ゆっくりと目を閉じた。
《つづく》
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