キネマ散歩 第7回「地域に寄り添う映画館 あつぎのえいがかん kiki」
神奈川県内のミニシアターを紹介していく「キネマ散歩」。連載第7回目に紹介するのは「あつぎのえいがかんkiki」。小田急小田原線本厚木駅から徒歩5分の「アミューあつぎ」にある、地域に根差した映画館だ。
ショッピングが楽しめる店舗と、厚木市の公共施設が一緒になった「アミューあつぎ」は、厚木市民の憩いの場所だ。「あつぎのえいがかん kiki」は「アミューあつぎ」の最上階の9階にある。エレベーターに乗ると、壁にはその週の上映スケジュールが貼られている。スクリーンの数が3つなのに対して、この日の上映作品数はなんと15本!映画を見る予定ではなかった人でも、話題の映画や懐かしの映画に惹きつけられるラインナップだ。9階でエレベーターを降りると、広々とした空間に、映画のポスターがずらりと並べられている。幅広い層の人々が、ポスターを眺めたり、チケット売り場前に置かれたソファーで上映時間を待ったりと、思い思いの時間を過ごしていた。
上映作品のジャンルは特に決めていないと話すのは、支配人の金木翼(かねきつばさ)氏。ジャンルを選ばずに上映しているからこそ、小さな子供から年配の方まで、あらゆる層のお客様が訪れるとのこと。「アート系の作品はシニア層の方が良く見られるんですけど、子供向けのアニメ系作品とかも、うちの映画館では上映しているので、それによって色んな年代の方がいらっしゃるんじゃないかと思っています。」館内では子供が利用できるチャイルドシートの貸し出しも行っている。
「あつぎのえいがかん kiki」で上映される映画の本数は、年間約380本。ミニシアターの中でもかなり多い方だ。そのうち、なんと8割は、来場者からのリクエストから選んでいるとのこと。チケット売り場の手前には来場者からのリクエストを募るコーナーがあり、掲示板には懐かしの名作から話題の新作まで、あらゆる映画のリクエストが並んでいる。
この場所には元々映画.comシネマという映画館があったが、経営不振により倒産。その後、厚木市が「地域に映画館が欲しい」と後任者を探し始め、2018年より株式会社映像機器システム社が映画館を運営するようになった。株式会社映像機器システム社は映像・音響・照明機器を中心に事業を展開しており、金子氏は元々その技術部門で、映像機器の卸売や修理などの業務に携わっていた。しかし、映画館運営の初期メンバーが誰もいない状況であったため、金子氏は数年の間、運営会社と映画館を行き来しながら、映画館の運営をサポートしていたとのこと。そして2021年頃からは完全に劇場の仕事に移行し、2022年に支配人の役職に就任したそうだ。
運営会社が映像機器を取り扱っている会社であるため、「あつぎのえいがかん kiki」には一流の機材が揃っている。中でも特筆すべきなのがスピーカーだ。国内最大級の21インチスピーカーを使用した「驚音(きょうおん)」上映は、当映画館の目玉の一つである。「低音を強調する。音量はそこまで大きくない。耳には痛くないけど、振動を体で感じるくらいの低音。」このようなコンセプトのもとで行われる「驚音上映」の作品を選ぶ際は、まずは支配人直々にその映画の音を聴いているとのこと。そして「音がいい」と判断したものが上映作品に選ばれるそうだ。
地域に住む人々の要望をかなえ、誰一人漏らすことなく楽しめるような工夫が凝らされた映画館。地域に根差した映画館と掲げるとおり、厚木市と提携して上映会や講演会も行っている。もちろんそのアットホームな雰囲気は、厚木市の外から訪れた人をも温かく包み込んでくれる、居心地の良い映画館だ。
金子氏は当映画館についての思いをこう語る。 「私たちの映画館だと、たくさんの映画を上映しているということもあって、おそらく知らない作品もたくさんあると思います。ただ、その中にもやっぱり、知らない中で面白い作品はたくさんあるので、是非そういう映画とかも発掘していただけたらと思います。」
ここからは少し余談だが、取材終わりにちょうど見たかった「リトル・ダンサー」のデジタルリマスター版の上映が始まるところだったので、ギリギリでシアターに滑り込んだ。筆者が初めてこの映画を観たのは、学生の時。授業の一環で、ホワイトボードにプロジェクターで映されたものを、小さなスピーカーを通して見た。10年以上経った今、同じ作品を映画館で見て、セリフやシーンに懐かしさを感じつつも、まるで違う映画体験を味わうことができた。この映画では音楽が重要な役割を担うのだが、スクリーン横に置かれたスピーカーから流れてくる音は、心地よく、かつ迫力満点であり、体ごと音に包まれているような感覚に陥った。月並みなセリフだが、まるで自分もその映画の一部に溶け込んだような気持ちになった。目の前で楽しそうに飛び跳ねるビリーを見て胸が熱くなった。
現代では配信で手軽に映画を観ることができるようになったが、映画館でしか味わえない体験がある。第7回目にして、改めてこの連載の原点に立ち戻ることができた。筆者が十何年ぶりにビリーの踊りを、また新たな視点で楽しめることができたのも、映画館が授けてくれた特別な出会いのおかげである。
あつぎのえいがかん kiki
住所:神奈川県厚木市中町2-12-15 アミューあつぎ 9F
公式ページ:こちら