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音楽

モーツァルト=“楽しい”そして“怖い”うたかたの人

モーツァルト=“楽しい”そして“怖い”うたかたの人

気軽enjoy! コンサートのある暮らし
File.9 モーツァルト
森光三朗(音楽ライター)

毎年年末になると、コンサート情報を隅々まで見回して、年明けにモーツァルトを聴ける楽しそうな演奏会を探す。
クラシック音楽ファンの王道といえば、クリスマスにバレエ『くるみ割り人形』を観劇し、年末にベートーヴェンの『第九』を聴く。お正月はほろ酔い気分でテレビの『ウィーンフィル・ニューイヤー・コンサート』。
でも、私の場合は何故かモーツァルト。
年の初めくらい、重苦しい音楽より、軽やかで、すがすがしいモーツァルトに癒されたい、という単純な理由もあるけれど、なによりもモーツァルトの“天才”に触れ、いち音楽ファンとして、今年も真面目に音楽と付き合っていこう、という健気な意味もある。

ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
1756年にオーストリアのザルツブルクで生まれ、35歳の若さでウィーンで亡くなった大作曲家。オペラから器楽曲、宗教曲まで作品数600以上。譜面に音符を書きながら、違う曲を頭の中で作曲していた、なんて逸話も残されている。

言うまでもなく、どこまでも美しいその楽曲。
そして、どこまでも奔放なその性格。
「あまり上品ではない」冗談を好み、晩年は収入が減ったことに浪費癖も重なり、借金を求める手紙も残っているという。ついでに言えば「あまりお上品でないお言葉」連発の手紙も残されているようだ。

「こんな通俗的な男に神はなぜ特別な才能を与えたのか」

信心深かったウィーンの宮廷楽長サリエリの嫉妬と葛藤を描いた戯曲・映画『アマデウス』を観ると、だいぶ誇張はあるにしても、モーツァルトの生活ぶりがよくわかり、笑える。というか、ちょっと驚く。
傑作『アマデウス』はもちろんフィクションだけれど、当時、サリエリがモーツァルトを毒殺したという噂が流れたのは本当で、彼は死ぬまでその噂に悩まされたという。
かわいそうなサリエリ。“音楽の真実”に気づいてしまったばっかりに!

*アントニオ・サリエリ(1750〜1825)

“天才”モーツァルト。
その音楽を言葉にするのは難しい。
「まるで呼吸をするように作曲する」とも言われたモーツァルト。
構成はいたってシンプル。先輩ハイドンらが確立した、現在「古典主義」と呼ばれる文法にほぼ添ったもので、ベートーヴェンが目指した革新性への欲求や自己表現の苦労といったものは、あまり感じられない。実際、楽譜にも書き直した痕跡がほんど見られないという。

かろやかで、すがすがしい、とてつもなく美しい音楽。
もうそれだけで充分すぎるのだけど…。

たとえば、ピアノ協奏曲23番イ長調の第2楽章。
静かで物悲しいピアノ独奏に、どこか遠くからでも聴こえてくるようなオーケストラの合奏が続く。その直後に奏でられるピアノの、なんとも言えない不思議な調べ…。
なにやら不安な気分になっていると、今度はやや楽しげなフレーズ、そして繰り返す冒頭のメロディ。
「音楽は時間的な芸術」。でもこの曲を聴いていると、まったく逆のことを感じてしまう。つまり、モーツァルトは7分間使って一瞬を描いているのではないか、と思えてくる。
一瞬にして心に去来する不安やかすかな希望など様々なざわめきを。
モーツァルトは起承転結を与えてくれない。
*モーツァルトピアノ協奏曲第23番&第26番を収録したオススメの1枚。グルダ(ピアノ)&ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(アーノンクール指揮)

たとえば、オペラ『ドン・ジョバンニ』。
女ったらしで殺人者のジョバンニを追い詰めていく“被害者”たち。彼らは憎くて殺してやりたいはずの主人公のことを、実は好きで好きでたまらないのではないか、と思えてくる不思議。

ピアノ曲について、よく言われる言葉がある。
「子供にはやさしすぎるけれど、大人には難しすぎるモーツァルト」
子供の技術を向上させるような難しいところはないけれど、そのシンプルさゆえに、大人の邪念が加わると無垢なモーツァルトは台無しになってしまう。
実際、そのような演奏になんども接したことがある。

ここに1枚のCDがある。K30という作品番号を与えられた、モーツァルトが10歳のときに作曲したヴァイオリン・ソナタ。ポッジャーとクーパーによる素晴らしい演奏だ。
その“アダージョ”楽章、おおらかに歌うヴァイオリンが印象的な美しい作品。そこには成熟したモーツァルトがひらめくように用いる“ワザ”はないのだが、背後に聴こえる達観したかのような悲しい雰囲気はいったいなんだろう。それもけっしてネガティブにはならず、優しく包み込むような。
当時7歳のマリー・アントワネットに「大きくなったら僕のお嫁さんにしてあげる」と言った、という逸話が伝わる無邪気な少年モーツァルトは、こんな音楽を作ってしまったのだ。いや、何者かが作らせてしまった、と言うべきか。
ああ、サリエリが嫉妬した“天賦の才能”。
モーツァルトの音楽には“デモーニッシュ(悪魔的?)”な怖さがある。
音楽通の人たちがよく使う表現だ。
*大礼服を着た6歳のモーツァルト

聴く者が普段自覚していない、心の奥に眠っている感情、まだ気づきたくない真実。そんな厄介なものをチラッと垣間見せておいて、ザラッと触れさせておいて、そ知らぬ顔でまた美しく夢見心地にさせてしまう。
そんな音楽を作らせてしまう得体の知れない何者か。それが怖い。
それは遠いところにあるものなのか、それとも私たち自身なのか?

というわけで。
年始にオススメのモーツァルト演奏会、ふたつあります。

1月11日(土)フィリアホールの「ニューイヤー・コンサート」。
名手、横山幸雄がN響メンバーとともに奏でるピアノ協奏曲3曲。
上記の23番も演奏されます。
それにしても、モーツァルトのみで3曲とは凄いです。

(C)アールアンフィニ

★こちらのイベントは終了いたしました。
《ニューイヤー・コンサート『モーツァルト饗宴』》
[日時]2020年1月11日(土) 15:00開演
[会場]フィリアホール 横浜市青葉区民文化センター
[出演]ピアノ:横山幸雄、管弦楽:N響メンバーによる室内オーケストラ(コンサートマスター:山口裕之)
[料金]S 7,500円、A 6,500円
*詳しくはこちら

そして、ミューザ川崎シンフォニーホールの「モーツァルト・マチネ」。
こちらは1月18日(土)。
今や日本が誇る音楽家の一人、ヴァイオリニスト佐藤俊介の弾き振りで、青年時代の作品が楽しめます。
モーツァルトが影響を受けた、大バッハの次男、C.P.E.バッハの作品も聴けるという好企画。

©Yat Ho Tsang

★こちらのイベントは終了いたしました。
《モーツァルト・マチネ 第39回》
[日時]2020年1月18日(土) 11:00開演
[会場]ミューザ川崎シンフォニーホール
[出演]ヴァイオリン:佐藤俊介(弾き振り)、管弦楽:東京交響楽団
[料金]一般3,500円、U25(小学生〜25歳)1,000円、友の会3,150円
*詳しくはこちら

みんなで聴けば怖くない!?
さあ、モーツァルトを楽しもう!

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