Double Planet 第10話
Double Planet
第10話「私は夜の空に用がある」
田丸ルカ(フルタジュン&神田陽太/レディオ湘南パーソナリティ)
横並びでもなく、離れるでもなく。微妙とも絶妙とも言えそうな距離を保ちながら、私と彼は歩いていた。彼の言うことが本当だと仮定するなら、彼こそが『らぶ&MUSIC』のリスナーであるサトルブルー、つまり、青野サトルだった。それを聞いた瞬間、私は頭が真っ白になった。こんなことが自分に起きていることが信じられなかったのだ。こうも考えた。私が知らされていなかっただけで、本当はリアリティショーの重要人物だったのかもしれない。一応、自分の周囲360度をぐるっと確認したけど、カメラらしいカメラはなかった。
「もしよければ……僕も一緒に行っていいですか?」
私が海岸へ行くと言うと、青野くんも行きたいと言い出した。本当は一人で行きたかったけど、ホームにダイブして転んでいた彼を気遣っていた手前、断ることができる空気でもなかった。
「べつにいいけど」
そっけない返事。完ぺきな塩対応。
私がずんずん歩き始めると、青野くんは静かに後ろを付いて来た。
ツイッターのメッセージで「会うことはできないです」と返した気まずさもあった。
会うことはできないと言ったはずが、こうしてめぐりめぐって会ってしまった。
結局、あの後、青野くんからの返事はなくて、どう思っているのかは彼にしか分からない。
内心、怒っているのかもしれない。易々とは異性と会わないようにしている良い女ぶってると思われてるかもしれない。もちろん、それらについて問い質すような勇気はない。
行きかう車を伺いながら国道134号線を渡り、海辺へ続く砂まじりのステップを降りていく。この感覚だけは、何回味わってもドキドキする。くる!くるよ!という期待感が膨らんでいく。
両足で砂地に降り立つと、夕陽が海面に一直線の黄金ロードを描いていた。
「……すごいっ」
青野くんがため息まじりに呟いた。すぐにポケットからスマートフォンを取り出して、カメラを夕陽に向けている。それを見ていたら、つい言ってしまった。
「逆光でキレイに撮れないと思うけど」
「え、そうなの?」
青野くんは半信半疑でシャッターボタンを押した。すぐに写真を確認すると苦笑しながら、写真を見せて来た。案の定、夕陽が乱反射して、何が何だか分からない写真だった。
「田丸さんの言う通りだ」
「この美しさは機械なんかには保存できないと思う」
「そうみたいだね」
「忘れたくなかったら、目に焼き付けるしかないの」
あれ?私、ふつうに青野くんと会話してる。
警戒していたつもりだったのに、夕陽を前にしたらいつの間にか武装解除してた。
「僕、初めて見たよ。海に夕陽が沈むところ」
この町に生まれ育った人間が言う言葉には思えなかった。
「海とか来ないの?」
「うん。こうやって空を見上げたのも久しぶりだと思う」
空。
青野くんが意識して「空」と言ったのかどうか分からない。
けど、今、確実に「空」と言った。
ここから、あの話題に触れて来るつもりなのかな。
「田丸さんは、どうしてここに来たの?」
実は、あれからナツキと『空とパズル』の台本を読み合わせるうちに改稿するべきポイントがいくつか見つかった。このままの台本では未完成。それはナツキとワタシの共通した意見だった。だから、ヒントを探しに来たのだ。私たちの『空とパズル』をもっとよくするために。
今日、私は夜の空に用がある。
「夕陽が沈んだね」
青野くんは、見たまんまを口に出して言った。
思慮深い人なのか、子供っぽい人なのか。そのあたりがイマイチよく掴めない。
けど、確かに夕陽が沈んだ。
もうすぐオレンジ色が消えて、濃紺な空になる。
「私から『空とパズル』のこと、聞きたいんじゃないの?」
なんだかじれったくて私から切り出した。
「そうだね」
そうだね?え、他人事?
青野くんはそれだけ言うと、貝のように口を閉じてすぐ黙り込んでしまった。
さすがにちょっとカチンと来た。
せっかく私から誘い水を向けたのに、すぐに私のターン?
この男、相当甘やかされて育って来たと見た。
ハイハイ、そうですか。私から言ってほしいのね。わかりましたよ。わかりました。
「話してあげてもいいよ」
「え、いいの?!ほんとうに?!!」
青野くんはテンションのギアを一気に上げて、隣の私を見つめた。
やっぱり、私から切り出すのを待っていたんだ。
許せない。
メッセージではあんなに熱いことを書いておきながら、この甘っちょろい他力本願っぷり。
許せない。
大事な情報がそんな簡単に手に入ると思うなよ。
私は彼の中にある本気を試してみたくなった。
「話してもいいけど、一つ条件があるの」
「条件?」
「夜になったら話してあげてもいい」
「え……」
「私と、ここで夜まで待てるなら」
《つづく》
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