【アートの魔法05】大佛次郎記念館 作家と文学、そして猫

横浜ゆかりの小説家で愛猫家としても知られる、大佛次郎(おさらぎ・じろう)さん。1924年から鞍馬天狗(くらまてんぐ)シリーズで人気を博し、以来約50年にわたり幅広いジャンルで執筆しました。私が好きな童話「スイッチョねこ」も代表作品のひとつです。今回は大佛次郎記念館の大房奈央子(おおふさ・なおこ)さんにお話を伺います。
大佛次郎が残した文学

大佛次郎記念館は横浜港を見下ろす、港の見える丘公園の中にあります。大佛さんの没後、遺族から蔵書や資料が横浜市に寄贈され、1978年5月1日に作品にもたびたび登場する山手の地に開館しました。
―赤レンガ色の外観が美しい記念館ですね。
大房 ありがとうございます。ここには大佛の直筆原稿や愛蔵品、学生時代から関心を寄せていたフランス文学や歴史にまつわるものなど、約70,000点を収蔵しています。
―閲覧室で改めて、大佛さんの数ある作品を拝見しました。小説・ノンフィクション・随筆・劇作・児童文学と多岐にわたりますね。
大房 大佛は東京帝国大学で政治学を専攻しながらも、文学とりわけ演劇に引かれていました。学生結婚後は教員や外務省嘱託などをして生計を立てていましたが、翻訳なども雑誌に寄稿していました。
ところが関東大震災により、その雑誌が廃刊。収入を求めて、「大佛次郎」の筆名で講談調の時代小説に挑んだところ、大当たり。鞍馬天狗の第一作「鬼面の老女」が認められてシリーズ化し、一躍有名になりました。その後も、直木賞選考委員を39年間務め、文化勲章も受章。1973年4月30日に75歳で亡くなるまで、文学界に尽力しました。
―記念館はなぜ自宅のある鎌倉ではなく、横浜に。
大房 大佛が生を受け、特別に思っていた場所だからです。人気作家になっていた1931年から約10年間、ホテルニューグランド318号室を仕事場としていました。エキゾチックで自由な雰囲気の横浜は、住み慣れた鎌倉と編集部があった東京のちょうど中間にある愛すべきふるさとで、作品のインスピレーションを与える刺激的な場所でした。現在もホテルニューグランドには「天狗(てんぐ)の間」があり、明治初期の横浜を舞台にした小説「霧笛」などとともに今も親しまれています。
―大房さんが思う、大佛作品の魅力を聞かせてください。
大房 見識の広さと緻密なアプローチに裏付けされる、作品の読み応えでしょうか。私のおすすめは、明治100年を記念して新聞連載が始まった未完の大作「天皇の世紀」です。明治・大正・昭和にわたる日本人の歴史を時代と精神に触れながら記した史伝で、大佛が70歳のときにスタートしました。史実に忠実であるべく膨大な資料に目を通し、病を押して遠方取材も敢行して書き続けましたが、1,555回で物故により絶筆となりました。
生涯をかけて取り組んだこの作品からは、大衆文学の第一人者で、時代小説や歴史文学にも優れた大佛の“時代を見る目”というものを強く感じます。もし完成していたら……大佛次郎へのイメージもまた少し違っていたかもしれませんね。
青・白・赤 フランスの三色旗がモチーフ

大佛さんは外国に開かれた横浜港近くで生まれ、星の文学者で冥王星の名付け親となる兄の野尻抱影(のじり・ほうえい)の影響で、幼少期から西洋文学にも親しんでいました。フランスの小説家で評論家のロマン・ロランに傾倒し、翻訳書も出版。後に渡仏し、パリ・コミューン関連資料を収集して史実にこだわって書き上げたのが、フランス4部作の最後を飾る「パリ燃ゆ」です。
記念館を設計した建築家の浦辺鎮太郎(うらべ・しずたろう)は、レトロ感のある洋館の随所に、大佛文学の柱のひとつともいわれる、フランスの国旗の三色をちりばめています。青いステンドグラス、白い大理石の床、赤いレンガタイル、天井近くのアーチや階段の壁面装飾なども華やかです。2階には大佛さんが実際に使った椅子や机を使って居室を再現した記念室もあり、魅力ある空間になっています。
毎年好評! ねこ写真展は4月20日まで

生涯に500匹以上の猫と暮らした、大佛次郎さん。「猫は僕の趣味ではない。いつの間にかなくてはならない優しい伴侶になっているのだ。」(「黙っている猫」より)と語るほどの猫好きで、常に数十匹の猫に囲まれながら多くの作品を残しました。
そんな大佛さんにちなんだ「大佛次郎×ねこ写真展2025」が、2025年4月20日まで開催されています。9回目となる今年は1階ロビーいっぱいに、家猫や地域猫をモデルに撮影した一般公募作品482点がずらり。それぞれに添えられたひねりの利いた一言が、文学館らしくて秀逸です。

創作童話「スイッチョねこ」は、私が幼少期に何度となく読み聞かせてもらったお気に入りの絵本です。大人になり母親になった今では、大佛さんが抱くネコへの慈愛や作家ならではの観察力、叙情豊かな文章にも見せられています。同館では4月20日まで、テーマ展示「大佛次郎と山口蓬春 ―作家と画家、重なるまなざし」も開催中。ねこ写真展と合わせて、訪ねてみませんか。

大佛次郎記念館
住所:横浜市中区山手町113
電話番号:045-622-5002
公式サイト:こちら