【伝統芸能】鎌倉彫 いにしえより受け継がれる彫塗の妙技

神奈川県の伝統工芸品としても知られる、「鎌倉彫」。その呼び名は鎌倉市とその周辺で作られた漆器にのみ許され、その起こりは鎌倉時代までさかのぼります。今回は「鎌倉彫工芸館」を訪ねて、伝統鎌倉彫事業協同組合理事長で鎌倉彫伝統工芸士の三月一彦(みつき・かずひこ)さんにインタビュー。体験レポートと合わせてお届けします。
自然素材と手仕事で暮らしを彩る

大阪出身の三月さんが鎌倉彫を知ったのは、東京の設計会社に就職して建築図面を引いていたころ。当時は橋脚の設計を任されても、担当できるのは支柱1本分だけ。時代の流れで、図面も手で引くのではなく、コンピューターで描くことが増えていて、設計の仕事に限界を感じ始めていました。「最初から最後まで自分の手でものづくりがしたい」という理想と現実のズレを解消できずにいたとき、新田次郎の小説『銀嶺の人』で鎌倉彫を知り、25歳で伝統工芸の世界に飛び込みました。
―三月さんが鎌倉彫に携わってから、どれくらい経ちましたか。
三月 40年以上になります。幼いころから手先が器用だったこともあり、鎌倉彫に興味を持ってからは迷うことなく、すぐに訓練校に通いました。1年目に彫り、2年目に塗りを学び、塗り師になりました。
―ここ鎌倉彫工芸館には、歴史あるものも含めて多くの作品が飾られていますね。
三月 作品から、鎌倉彫の変遷が見えるでしょうか。鎌倉彫は、鎌倉時代に仏師や宮大工が中国から禅宗とともに伝来した堆朱(ついしゅ)や堆黒(ついこく)などの影響を受け、木彫漆塗りの技法で仏具を作ったのが始まりといわれています。室町時代には香を収納する香合(こうごう)や茶道具で重宝されましたが、明治時代に廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で寺院が衰退し、仏師の仕事が激減したことで転機を迎えました。
その後、後藤齋宮(ごとう・いつき)と三橋鎌山(みつはし・けんざん)、二人の仏師が日本国内とパリでの博覧会に出品して受賞したことで、国内外で人気に。後藤・三橋両家を中心に新たな技法の研究も進み、現代の鎌倉彫の基礎が確立されました。

―仏像彫刻の技術を生かしながら、仏具から美術工芸品、日用品へと移っていったのですね。三月さんは鎌倉彫のどこに魅力を感じていますか。
三月 作り手としては、彫りから塗りまで全てを一人でできるところです。国内には漆器の工芸品が数多く残っていますが、工程ごとの専門性を重視して分業されているものも多いんです。その点、鎌倉彫は職人がイメージをそのまま自分の手で形にできるのが醍醐味です。それから、図柄や塗色選びが自由でおおらかなところもいいですね。私は季節や天候によって生き物のように変化する漆の奥深さに魅せられて、塗り師になりました。上塗り漆に顔料を練り込んで、彩色の世界を楽しんでいます。
―三月さんの作品、小箱「果物畑」「野菜畑」も鮮やかな赤と緑の塗色が印象的。素材をあしらった図柄も現代風で親しみを持ちました。
三月 ありがとうございます。唐物風の彫りから日本独自のデザインが確立されてきたように、これからも型にとらわれない発想で表現していきたいと思っています。

鎌倉彫体験教室に行ってきました

鎌倉彫は、カツラやイチョウなどの木を6か月から1年かけて乾燥させて木地を成形し、文様を彫って浮き上がらせ、掘りに陰影を出すため、漆を塗って乾かして研ぐ作業を繰り返します。今回は三月さんを講師に、鎌倉彫工芸館で楽しめる「鎌倉彫体験教室」に参加。鎌倉彫の工程のうち、彫りを体験しました。
まずは、1階・資材コーナーで木地選び。コースターや木製ブローチなど木地の種類は豊富でしたが、今回は「モンステラ(幸福の木)」びんしきチョイス。

木地が決まったら、2階へ。三月さんの指導の下、平刀と小刀を使って約2時間カリカリ・ホリホリ……面取りする音が心地よい。木地には正目(まさめ)と板目があるから、逆目の時は注意すること。面取りをしないと漆がのらないから、余すことなく表情をつけるようにと教わりました。

完成品がこちら。漆塗り仕上げ前ですが、自然素材の温かみにほっこりします。
伝統鎌倉彫事業協同組合は毎年、伝統的工芸品産業振興協会からの依頼を受けて、市内の小学校で「鎌倉彫体験教室」を開催しています。神奈川県の伝統文化を継いでいく思いで、今年も秋以降に開催予定です。

作品と思いをこれからも

鎌倉市では令和7年度から、鎌倉彫の普及・啓発の取組の一環として鎌倉彫の技術を用いて制作された徽章(職員バッジ )を導入し、職員へ貸与しています。この徽章制作にも三月さんらが携わり、鎌倉彫のPRに努めています。
また、令和9年度(2027年) 3月19日から横浜市で開催予定の「2027年国際園芸博覧会(GREEN×EXPO 2027)」に向けた企画もスタート。伝統鎌倉彫事業協同組合主催の「鎌倉彫創作展」も、今年は「鎌倉彫×花器」をテーマに華道団体とコラボしたコンペ形式に。グランプリ受賞作品をGREEN×EXPO 2027会場に展示して、鎌倉彫の魅力を広く発信していく計画です。
文/志村麻衣(編集ライター)
鎌倉彫工芸館
住所:鎌倉市由比ガ浜3-4-7
電話番号:0467-23-0154
公式サイト:こちら