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村上春樹的? 音楽の“化学反応”

村上春樹的? 音楽の“化学反応”

気軽enjoy! コンサートのある暮らし
File.10 ベートーヴェン作曲『大公トリオ』
森光三朗(音楽ライター)

2020年、今年はベートーヴェン生誕250年にあたる記念の年だ。それに合わせて、CDの発売やイベント、コンサートなどが盛んに企画されている。
よっ! ルードヴィヒ、相変わらずの人気者!

ビートルズの解散からちょうど50年。戦前のブルースマンの録音も聴いたりするけれど、それらとベートーヴェンの音楽の間には決定的に違うところがひとつある。
なにせベートーヴェンが活躍したのは200年以上前のこと。本人はもちろん、当時の音楽家の録音はいっさい存在しないのだ。(エジソンによる円柱型レコートの発明は1877年、ベートーヴェンの死から約50年後)
つまり、演奏家は残された楽譜と向き合い、必死に分析して、自分なりに解釈して、なんとかベートーヴェンの真髄に近付こうという努力の日々を送っているわけだ。その結果でてきた音楽は、演奏家によってテンポやら強弱やらが全く違うこともしばしば。基本的には同じ譜面をもとに演奏しているハズなのに…。それを面白いと思うか、本物ではないじゃん、と思うかは人それぞれ。

*ベートーヴェンの関連コラムはこちら!

ちなみに、ロック音楽しか聴かなかった頃の私はもちろん後者。

でも、星野青年と同じくベートーヴェンの素敵さに目覚めてからというもの、そんなクラシック音楽の演奏の面白さにどっぷりはまっている。

突然の登場となってしまった「星野青年」というのは、村上春樹の小説『海辺のカフカ』の登場人物のひとり。
それまでクラシック音楽にあまり関心のなかった星野青年は、喫茶店で流れていた音楽を聴きながら思索にふける。そして、その曲をすっかり気に入ってしまいます。その時かかっていたのが、“百万ドルトリオ”演奏のベートーヴェン『大公トリオ』という曲。
この曲は、その後のストーリーに重要な役割を果たすことになる。

ベートーヴェン作曲 ピアノ三重奏曲第7番。
擁護者でありピアノと作曲の弟子、そしておそらく仲も良かったであろう17歳ほど年下のウィーンの貴族、ルドルフ大公に献呈されたため『大公トリオ』とも呼ばれる。
作曲は1811年。このジャンルにおけるベートーヴェン最後の作品であり、優美なメロディとスケール感に溢れた“ピアノ三重奏曲の最高傑作”という評価も与えられている。
まぁ、ベートーヴェンのなかでは比較的地味な存在といえる作品だが、『海辺のカフカ』発売当時、CDショップには『大公トリオ』の特設コーナーができたというから驚きだ。恐るべし、ハルキ様の影響力!

喫茶店で流れていた“百万ドルトリオ”というのは、当時の大スター、ピアノのルービンシュタイン、ヴァイオリンのハイフェッツ、チェロのファイアマンによるトリオの通称。“百万ドル”というのはギャラのことかしら。

1941年録音の『大公トリオ』だが、世間での評価は大いに分かれている。やれ本当は仲が悪く芸風が違いすぎるだの、ただ上手いだけで深みにかけてベートーヴェンらしくないだの…。
わたくし個人としては、断然肯定派。なんといっても淡々としたテンポが素敵だ。この曲にぴったり。録音は古いけれど、充分に伝わってくるハイフェッツのヴァイオリンの美しさ!
星野青年の真似をしてクルマの中で聴いていたら、第3楽章アンダンテに聴き入ってしまい、後続車からクラクションで注意を促され…。皆さんも気を付けましょう。

実演ではなかなか聴く機会の少ない『大公トリオ』だが、今年は記念の年ということで、いくつかの演奏会が予定されている。その中でもぜひ足を運びたいのが、6月にフィリアホールで行われる、ずばり「ベートーヴェンの『大公』」と題されたコンサート。
演奏は主席ソロ・コンサートマスター、石田泰尚を中心とする神奈川フィルの名手たち。くせ者石田だけに、名人芸たっぷり系演奏で攻めるか、アンサンブルしっとり系で聴かせてくれるのか、今からワクワクする。

©藤本史昭

それにしても、筋金入りの音楽ファン、村上春樹氏の選曲は絶妙だ。
「音楽には人を変えてしまう力があるのか?」というセリフを引き出した曲が、深淵な弦楽四重奏ではなく、衝撃的な『運命』や『第九』でもなく、『大公トリオ』だなんて。大仰な演奏ではなく、“百万ドルトリオ”だなんて。

ベートーヴェン生誕250年。
『海辺のカフカ』の発表は2002年。
カフカで『大公トリオ』と出会った人たちは、今でも時々は聴いてくれているのかしら。
18年という年月。
おぎゃあ、と生まれた赤ちゃんが立派な大人になってしまう時間だ。やれやれ。

村上氏の熱心な読者でなくなってから随分と時がたってしまったが、『大公トリオ』のCDには年に何回か手がのびる。そして、面白そうな演奏会があれば足を運ぶ。
コンサートのあとは友人とふたり、お気に入りのバーか居酒屋で軽く一杯。
つつましき我が「コンサートのある暮らし」。

石田泰尚©藤本史昭 門脇大樹©米長幸一 津田裕也©Christine Fielder

★こちらのイベントは開催延期となりました。(2021年4月6日(火)開催予定)
神奈川フィルの名手による室内楽シリーズ《名曲の午後》第14回
ベートーヴェンの大公
』」
[日時]2020年6月12日(金) 14:00開演
[場所]フィリアホール 横浜市青葉区民文化センター
[出演]ヴァイオリン:石田泰尚(神奈川フィル 首席ソロ・コンサートマスター)、ヴァイオリン:直江智沙子(神奈川フィル 首席第2ヴァイオリン奏者)、ヴィオラ:大島亮(神奈川フィル 首席ヴィオラ奏者)、チェロ:門脇大樹(神奈川フィル 首席チェロ奏者)、ピアノ:津田裕也
[プログラム]弦楽四重奏曲第10番変ホ長調 Op.74「ハープ」、ピアノ三重奏曲第7番変ロ長調 Op.97「大公」
[料金]全席指定3,000円
*詳しくはこちら

※イベントの開催が予告なく中止・延期になる可能性があるので、お出かけ前に施設等へご確認ください。

 

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