木の葉や貝殻が経てきた時間に寄り添い“縫う”作家
(TOP画像)《山の記憶》(部分)2019-2020年 花びら、葉、枝、実、種、果実の皮、糸、布、写真(5点組)、作家蔵 撮影:山中慎太郎[Qsyum!]
行って、みて、感じるアートの世界
File.30「柵瀨茉莉子展|いのちを縫う」
井上みゆき(マグカル編集部)
いのちを縫う。
この春、横浜美術館で予定されていた展覧会のタイトルが気になっていた。なにやら重い世界な気がするが、添えられた作品画像からは素直な可愛らしさも感じる。
そもそも、これは一体なに?
展覧会はコロナ禍の影響で開催延期となってしまったため、その謎が解けないまま夏が終わってしまった。
そして、ついにその謎が解ける時がやってきた。「New Artist Picks『柵瀨茉莉子展|いのちを縫う』」の開催が決まったのだ!
11月14日(土)の開幕を前に、作家の柵瀨茉莉子(さくらい・まりこ)さんにお話を伺う機会をいただけたので、ドキドキしながら出かけてみた。
もともとファッション関係に興味があったという柵瀨さん。イメージしたものを実際に作り上げることに難しさを感じたことから “モノづくり”を学ぶことを志す。ところが、進学した筑波大学芸術専門学群構成専攻クラフト領域にはテキスタイルがなかったため、やむを得ず木工を選択したという。なかなかユニークな人生だ。
「当然のことながら、周りには器や椅子など“用の美”を作る方が多い環境でした。そんな中で『自分にはなにができるのだろう』と考え、たどりついたのが“縫う”ことです。私は刺繍の先生をしていた祖母の元で育ったので、大好きな祖母がいつもやっていた“縫う”ことをしてみたい、と思ったんです」
そして生まれたのが「木を縫う」シリーズ。
*「木を縫う」シリーズ展示風景 撮影:山中慎太郎[Qsyum!]
「年輪のように時を経たもの、時間の流れを感じるものが好きです。年輪や木目をたどるようにボール盤で穴を開け、その穴をたどりながら縫ってゆく。その木が生きてきた時間に思いを馳せたり、寄り添ったりしながらひたすら縫う。そんな時間遊びの世界を楽しんでいるのかもしれません」
自然素材だけに、制作途中で木の皮がはがれ落ちたり、欠けたりすることもあるそうだ。そんな破片も、針と糸で丁寧に縫ってゆく。
「途中で欠けてしまうこともありますが、それを縫いつなぐのも面白い作業だと思っています」
横須賀の佐島で育った柵瀨さんは海が好きで、ご自宅には木片だけでなく貝殻もたくさんストックされている。もちろん、貝殻も縫う。
「素材から感じることが面白くて、ついいろいろ拾って来ちゃうんです。『宿っているものがあるかもしれないから気をつけなさい』と家族に注意されたこともありますが(笑)、作品として手を入れていくうちに、素材が持つ物語みたいなものが溶け込んでいく感じもして、その感覚も面白いと思っています」
これらと並べてみると、展覧会のDMなどに使用されていた作品はちょっと印象が違う気がする。それもそのはず、これは昨年亡くなったお祖母様との時間を縫い留めたものだそうだ。お祖母様がお気に入りだったトレーナーに、庭に咲いていた花、ミントの葉、愛猫の毛、お祖母様の遺髪。たくさんの思い出とともに「ありがとう」の気持ちを縫い留めた作品だという。
「花や葉はやがて色あせ、崩れてしまうかもしれませんが、私は縫い留めている時の“手の跡”を残しておきたいんです。美術館に作品を搬入したのは春だったので、今みたら色や質感が変わっているかもしれませんが、その変化も面白い。とてもプライベートな作品なので、公開にはためらいもありましたが、ご覧になった方が何かを考えるきっかけになれば、と思っています」
展覧会が延期となっている間に、柵瀨さんは第二子を出産。お伺いした時は、出産時に思い浮かんだアイデアから新作の制作に取り組んでいた。素材として選んだのは、出産時に着ていたコットンのワンピース。
「出産の瞬間はかなりの出血がありますよね。血に対して“怖い”イメージを持つ方は多いと思いますが、私はその時、すごくホッとしたんです。お腹の中の赤ちゃんと一緒にちゃんと出てきてくれた、という安心感。そして、その血もまた時間とともに変化していく。そんな思いを、ちくちく縫い留めています」
木片や草花、貝殻、亡くなった家族との思い出などを縫い留めてきた柵瀨さん。次の創作テーマは、新しく芽生えた“いのち”へと向かっているのかもしれない。
New Artist Picks
柵瀨茉莉子展|いのちを縫う
[会期]11月14日(土)〜12月13日(日)11:00〜18:00
※Café小倉山は10:45~18:00
[会場]横浜美術館 アートギャラリー1、Café小倉山
[休館日]木曜日
[料金]無料
[主催]横浜美術館(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)
[協力]GALERIE PARIS、Café小倉山
[問合せ]045-221-0300(横浜美術館)