【つなぐ絵本01】『うさぎのしま』80年越しのメッセージ
日本にかつて地図から消された島があったのを知っていますか?
広島県・大久野島(おおくのしま)、瀬戸内海に浮かぶ周囲4㎞ほどの小さな島です。戦後80年の2025年、その島を舞台にした絵本『うさぎのしま』が出版されました。今回はその作者で神奈川県生まれの、絵本作家・イラストレーターの近藤えりさんと画家・絵本作家のたてのひろしさんに作品に込めた思いを伺いました。
(トップ画像:左から近藤えりさん、たてのひろしさん/取材協力:平塚市中央図書館)
親子で知ってほしい 大久野島のこと

2025年11月29日、平塚市中央図書館で近藤さん・たてのさんと小学生親子による「うさぎのしま~かわいいだけじゃないんだよ~」読み聞かせ&トークイベントが開催されました。
開会のあいさつに続いて、近藤さんによる読み語り。スクリーンに映し出された絵本の表紙には、プラタナスの木の下で自由に過ごすうさぎたち。1羽の白いうさぎがじっとこちらを見ています。
美しい海と豊かな自然、国内外から訪れる多くの観光客とうさぎの交わり。「うさぎの島」として親しまれている大久野島の今が描かれる中、一組の親子があの白いうさぎを見つけます。
「あの子のおかあさんも 白い?」「おとうさんは?」
子どもからの問いかけで、穏やかに見えた物語が移ろっていきます。
戦争中、島に連れてこられたうさぎ

―『うさぎのしま』制作のきっかけは。
近藤 母が「捨てうさぎ」を飼いだしたことから、その存在と問題を知り、捨てうさぎをテーマに絵本を描きたいと思っていました。同時期に自分のタッチについて悩んでいたこともあり、神保町の絵本専門店でタッチを変えてうさぎの絵を描いて、捨てうさぎの絵本にむけて展示販売をしていました。そのとき、初対面だったたてのさんに「もっとうさぎのスケッチをしたほうがいい」と言われ、名前だけ知っていた瀬戸内にある「うさぎの島」に行って山ほどうさぎのスケッチをしてこようと思い、初めて「大久野島」を調べました。
たての 今回のテーマは絵画的なタッチの方がより効果的に伝わると思うと話しました。私の師は熊田千佳慕(くまだ・ちかぼ)、戦前・戦中・戦後と描き続けた人です。子どもに見せる絵は徹底的に誠実であれ、と教わりました。
近藤 それを受けて、今回の絵本制作をきっかけに絵画的なタッチを目指していこうと方向性が固まり、新たなタッチに挑戦しました。
―丁寧に進めた過程が伝わってきます。
近藤 調べる中で、大久野島が過去に毒ガス製造をしていた加害の歴史のある島だと初めて知り、とても驚きました。さらに、この島の問題がどんどん明らかになり、「このことを絵本にしなくては」という気持ちから『うさぎのしま』の絵本制作が始まりました。
―絵本で戦争、それも加害を扱う難しさはなかったですか。
近藤 加害に触れる絵本は、初めてだと聞いています。なので何度も島に通い、一時は住み込み、土地や歴史を十分調べて人間関係を築きました。出版に向けて多くの協力者が得られて、ありがたかったです。
たての 編集者が広島の被爆三世だったり、近藤さんと僕の祖父が大久野島での軍事作戦に携わっていたことが分かったり、驚くことも多かったけれど、自分のルーツを知ることができました。戦後80年っていうけれど、新しい年が来れば81年になるだけ。過去があって今がある。誰もが戦争とつながっていると気づかされて、この本を世に出すために最大限の力を投じて、チームで作っていきたいと思いました。
歴史や今ある問題を考えるきっかけに

うさぎがかわいい!だけではない。戦争はもちろん、餌やりなどの“うさ活”問題の実情も提起した1冊を描き終えて、約半年。「大久野島のこと、そこであったことを知らない人の多さに驚いている」と近藤さん。たてのさんも、「この本を読んで歴史を知って、自分のルーツや人類・生き物のあり方、観光・環境問題など広く考えてみてほしい」と話してくれました。
イベント終了後のサイン会では、参加した親子とお二人が自由に思いを語り合っていたのが印象的でした。この日の会場には大久野島で何十年もの間、人々を見守り、歴史を刻み続けて伐採されたプラタナスの幹(角材)が…。絵本にも登場する命ある存在が無くなっていく今、ぜひ『うさぎのしま』を手にしてほしいと願っています。

文/志村麻衣(編集ライター)
『うさぎのしま』
発行:株式会社 世界文化社
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近藤えり(絵本作家・イラストレーター)
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たてのひろし(画家・絵本作家)
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取材協力:平塚市中央図書館
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