文豪コミックと積極コラボ!若い世代に文学への興味のきっかけを~神奈川近代文学館の取り組み
–神奈川近代文学館に来る途中、港の見える丘公園を通ってきたのですが、景色もよく、とくに橋を渡ったこちら側は木々も多く、静かで素晴らしいロケーションですね。
まずは神奈川近代文学館について、どのような施設なのかお聞かせください。
半田:近代文学館は1984年(昭和59年)開館で、今年で32年目になります。神奈川県にゆかりのある作家や文学作品に関連する資料の保存・展示を行う「博物館」ですが、日本の近代文学専門の「図書館」でもあり、講演会などを開催する「イベントホール」でもあります。
常設展では「神奈川の風光と文学」というタイトルで、横浜・川崎、鎌倉、三浦・湘南、小田原など神奈川県の5つの地域から、中島敦、三島由紀夫、芥川龍之介、北原白秋、夏目漱石といったゆかりの深い作家たちの原稿や資料を紹介しています。
–神奈川には有名な文豪ゆかりの町がたくさんあるんですね。
半田:はい。その町の四季折々の風景写真と作品を合わせ、臨場感のあるディスプレイで紹介しています。
夏目漱石の書斎を再現した展示もあります。NHKで夏目漱石夫婦を扱ったドラマがこの秋放映されましたが(土曜ドラマ「夏目漱石の妻」)、製作スタッフの方がドラマのセットの参考にと見学にも来たんですよ。
企画展では現在、秋の特別展として「安岡章太郎展――〈私〉から〈歴史〉へ」が11月27日(日)まで開催中です。
–企画展では今までどのような展示があったのでしょうか?どの展覧会が人気でしたか?
半田:やはり文豪といわれる作家の展示は人気がありますね。近年ですと2013年の中原中也展、2014年の太宰治展、昨年は谷崎潤一郎展や「100万回生きたねこ」の佐野洋子展がありました。
今年は春に開催した夏目漱石展(特別展「100年目に出会う 夏目漱石」3月26日(土)~5月22日(日))が好評で、多くの方にご来館いただきました。
開催中の「安岡章太郎展――〈私〉から〈歴史〉へ」について
–今開催中の「安岡章太郎展」についてご紹介していただけますか?
半田:はい、こちらは芥川賞作家の安岡章太郎(1920~2013)氏の生涯と、文学を総合的に辿る初めての展覧会です。
安岡章太郎は高知県の生まれで、幼いころは父親の仕事の都合で転地が多く、そのためいわゆる「不登校」になり、大学まで進ませてもらうのだけど成績や素行は不良だったそうです。
その後、第二次世界大戦がはじまり24歳の時に徴兵されますが、戦地で結核を患い送還されてしまいます。
–(展示を見ながら)でもその後、彼のいた部隊はレイテ島で全滅したと書いてありますね。ずいぶん運の強い方だったのですね。当時はそうは言えない空気だったかもしれませんが…。
半田:亡くなられたのも93歳とご長寿でしたね。
しかし空襲で東京の家は焼けてしまい、戦後もしばらく闘病生活が続いていたようです。そんななか小説を書きはじめ、自らを「劣等生」「ナマケモノ」とする視点で描く作品は世の中の注目を集めました。ユーモアのあふれるエッセイも人気でしたが、後年は父方の祖先が土佐藩の志士だったことから幕末を舞台にした歴史小説も書いています。
–幅広く長く活躍された方だったのですね。展示品には原稿だけでなくたくさんの手紙もありますが筆まめな方みたいですね。写真も多いですがカメラが趣味だったのでしょうか?
半田:1964年(昭和39年)の東京オリンピックの時には映画監督の市川崑さんに誘われて、映画「東京オリンピック」の撮影スタッフのひとりにもなってたんですよ。
–すごい!カメラの腕前も趣味の域を超越していたのですね。
ところで高知県出身ということで幕末の資料なども展示されていますね。絵巻とか、家系図、古い手紙とか。
半田:幕末の土佐藩の郷士だった安岡家先祖の話が「流離譚(りゅうりたん)」という長編小説に描かれています。土佐勤王党に属し、尊王攘夷を志して吉田東洋暗殺に関与した「安岡嘉助」という先祖についての歴史小説で、安岡が自身のルーツについて書いた作品でもありました。
–土佐勤王党!…というとご先祖は「坂本龍馬」や「武市半平太」と同じ時代に土佐で活躍していたのですね。
私は今まで安岡章太郎氏の作品は読んだことがなかったのですが、ここで展示を拝見してとても興味を持ちました。こういうきっかけって大事ですね。
半田:そうですね。文学館ではみなさんに文学に触れ、興味を持ってもらうための「きっかけづくり」を常に考えています。たとえば今回の企画展の図録には作家の村上春樹さんがエッセイを寄せて下さいました。
村上さんは安岡さんの文体に非常に影響を受けたということで、快く文章をお寄せくださいました。
今回この村上春樹さんの寄稿文を展示させて頂いたことで、春樹ファンの方にも多数ご来館いただいています。
『文豪ストレイドッグス』若い世代への文学アプローチ
–ところで、今日入館するときに、入り口にあった大きなイラストのパネルに目が行きましたがあれは?
半田:「文豪ストレイドッグス」といういま若い世代にとても人気があるマンガ・アニメがあって、10月に横浜市と株式会社KADOKAWAのタイアップでスタンプラリーイベントが行われました(10月1日~31日まで開催 ※文学館は31日・月曜日は休館)。
当館はそのスタンプラリーのポイントのひとつになっているため、たくさんのファンの方が来てくれました。
–なぜここがラリーポイントに?
半田:「文豪ストレイドッグス」では、実在した文豪たちと同じ名前の登場人物がキャラクターになっていて、主人公の名前が「山月記」で有名な「中島 敦」なのですが、「中島 敦」は山手の女学校で教師をしていたことがあり横浜とはとても縁の深い作家なのです。
当館には「中島 敦文庫」として中島の原稿や関係資料のほぼすべて・4700点近くが保管されています。
というわけで主人公の中島 敦くんのスタンプは当館となりました。スタンプラリー企画は3回目なのですが若いファンの方にとても好評です。
なので来館されたファンのみなさまの為に、イベントが終わったら作品掲載誌の編集部と作者の先生方に届けるメッセージブックのコーナーを設置しましたが、週末はこれを書くのに行列ができるほど人気なんです。
ブックにはこの作品がきっかけで、中島敦や太宰治、芥川龍之介の作品を読むようになったという声が多く寄せられました。
–(ブックを見せてもらいながら)文学が好きになったという声はうれしいですね!イラストもたくさん描かれていますがみなさんすごく上手ですね!
半田:中を読むと小・中学生のお子さんでも皆しっかりとした漢字が書けていて感心してしまいます。スタンプだけ押して次に行ってしまうのではなく、常設展や特別展もきちんと見て回ってくれるんですよ。マンガやアニメをきっかけに文学好きの裾野が広がるのをとてもうれしく思います。
–横浜が舞台のお話なので、アニメファンの間で人気の「聖地巡礼(作品の舞台となった場所を訪ねること)」も楽しんでもらいたいですね。
半田:そうですね。近代文学館の周りには作品に出てきた風景もたくさんありますので。
「若者の活字離れ」といわれて久しいこの頃ですが、私たちは文学の力で多くの人がその人生を豊かにしていただけるよう、これからも興味がわくような、文学の世界へ背中を少し押せるような、そんな企画を考えていきたいです。
半田:展示のほかにも講演会や本の朗読会、生涯学習支援活動などさまざまな普及活動を行っています。
当館の所蔵資料は、本館1階の閲覧室内で無料でご利用いただけます(貸し出しは行っておりません)。入手が難しい貴重な文学的資料も多数ございますので、調査や研究などにも幅広くご利用していただければと思います。
神奈川近代文学館への道のりは「元町・中華街駅」から徒歩10分ほど。お散歩がてら、横浜の港の風景や、洋館が並ぶ山手の街並みや、港の見える丘公園のガーデンを楽しみながら、どうぞお気軽にお越しになってください。
- 所在地:神奈川県横浜市中区山手町110
- 電話番号:045-622-6666
- 定休日:月曜日(祝日の場合は開館)、展示替え期間、年末年始
- 開館時間 :午前9:30~午後17:00
※閲覧室は平日午後18:30(土日祝は17:00)まで。 - 休室日:月曜日(祝日の場合は開館)、毎月最終平日、2月1日~10日は休室。
- 会期:2016年(平成28)10月1日(土)~11月27日(日)休館日は月曜日(10月10日は開館)
- 開館時間:午前9時30分~午後5時(入館は4時30分まで)
- 会場:神奈川近代文学館第2・3展示室
- 観覧料:一般600円(400円)、65歳以上/20歳未満及び学生300円(200円)、高校生100円、中学生以下無料
- *( )内は20名以上の団体料金
- ※身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳をお持ちの方は無料(詳しくはお問い合わせください)
- ※東日本大震災の罹災証明書、被災証明書等の提示で無料
原作:朝霧カフカ・作画:春河35による単行本売上410万部を突破する人気コミック。
横浜を舞台に、中島敦や太宰治などの実在の文豪たちをモデルにしたキャラクターが、異能を用いて戦うバトルアクション漫画。ノベライズやアニメ化など、様々なメディアミックスで展開中。