コンテンツにスキップ
美術・写真

楽しくなる 暮らしとアートの関係

楽しくなる 暮らしとアートの関係

Kanagawaギャラリーさんぽ
File.12 10watts field &gallery
山本詩野(ギャルリーワッツ)

「アートって?」「アートは難しい」……そんな言葉をよく聞きます。私の勤めるギャルリーワッツでは、「個々の感性に働きかけ、その人が視野を広げたり、物事を奥深く思考したり、心の豊かさを育むもの」としてアートをとらえています。なので、いわゆる絵画や彫刻だけでなく、衣食住、暮らしの中で関わるものにも、アートの要素があると思っています。

「暮らし×アート」のエッセンスがちりばめられた「10watts field &gallery」。ロケーションにしても、古いビルにしても、「え?ここに?」と思ってしまう、隠れ家的なギャラリーです。

古いビルのエントランス前に静かにたたずむ小さな鉄看板を見つけたら、3階まで上がります。エレベーターはありません。ここは開けてもよいのだろうかと一瞬ちゅうちょてしまう(笑)、取っ手が小さい黒い扉が入り口です。

勇気を出して扉を開けると「来てよかった!」と一瞬にして思える、気持ちの良い空間が広がっています。
置いてあるものは、時代も国もテイストもさまざま。でも確実に「ここには『店主のものさし』がある」とワクワクさせてくれるのです。

妙に惹かれた、フランスの昔の吹きガラスのスプーン。素気ないのに、なんだかチャーミング。

ガラスや白磁、ピューターなど、古いものの魅力を乗せたテーブルを見ながら、ふと壁面に目をやると、気になるものが。
ヨーロッパのどこかで発掘されたモノだろうかと近づいてみたら、以前マグカルで取材した高里千世さんの作品でした。
*編集部注:こちらを参照!

印象は人によってさまざまでしょうが、アンニュイな雰囲気がありながら、じっと眺めていると可憐な美しさが見えてきたり、詩を感じさせたり……だから私は高里さんの作品が好きなんだなあ、としみじみ。

アジアのアンティークが棚に並ぶ中、大きな黒い石のような陶作品(振るとカラカラと音が鳴る仕掛け)は、現代作家のモノ。店主が川で拾ってきたという、黒い石も添えられています。このような取り合わせをさらりとできるところに、店主の感性が光っていて、ますます興味深くなります。

ユニークな鳥の彫刻がありました。尋ねると店主、アワヤタケシさんの作品でした。

アワヤさんは「chikuni」という名前で作家活動もされています。「chikuni」とはアイヌ語で「樹」のことで、地にしっかり根付き、大木になり、花を咲かせ、実(作品)をつける……そんな活動をめざす思いからつけたそう。

もとは企業に勤め、商業インテリアのデザインをしていたというアワヤさんですが、約10年前に自身で店を構え、照明をはじめ、古材と鉄を合わせたテーブルなど、インテリアに関わるものを作るようになりました。

chikuni定番の照明。ほとんどの電球は10Wを使用。実は、店名の「10watts 」はこれにつながります。ワッツという響きにも親近感が(笑)。

「3.11の震災直後、僕が住む横浜市エリアは計画停電になりました。まばらな灯り、その風景を見た時に『今までむだに明るすぎたんだなあ』と気付いたんです。暗いけれど穏やかな10Wの美しさも実感し、10Wとはいかなくても、電球のワット数を下げるくらいなら誰でもが環境エネルギーに貢献できるんじゃないかな、と思ったんですね」

ささやかでも美しさを放つ10Wのようなモノたち。店を構えて、大切にしたいものがより見えてきたアワヤさん。

「もともとインテリア畑にいたときに身についたことだと思いますが、生活の中で実用的でもあり、単体でも美しいものが好きなんです」

一見楽譜スタンドのようですが、こちらもchikuniを象徴する作品で、本をアートのように飾れる、という発想がとても素敵。

スピーカーも愛らしい。小人でも住んでいそうな姿です。小さな扉を開け閉めすることで、音の広がりに変化が。木の質によっても音質が違うそうです。

店内には音楽CDもありました。

「縁があってHaruka Nakamura くんや、青葉市子ちゃん、内田輝くんなど音楽家のライブ空間構成にも携わってきました」

アワヤさんが初めて誰かのために照明を作ろうと思うきかっけになったのは、2012年の「Haruka Nakamura & Aoba Ichiko 流星」のライブだそうです。

このchikuni作品の球体モビールは、青葉市子さんが気に入り、彼女のライブでよく登場したとか。

以前、数名の作家に「球体」をテーマに企画を投げかけた時、アワヤさんが想像していた球体の枠を外れて、真上から丸い皿を見て球体と見立てるなど、さまざまな作品が出てきたそうです。人それぞれにとらえ方が違うことが実に面白かったので、来る5月には「續 球体」展を企画しているとのこと。楽しみです。

10watts field & galleryには、洋の東西を問わず、伝統や現代の垣根なく、素材の持つ味わい、フォルム、人の手の跡など、アワヤさんのアンテナに触れたものだけが置かれています。
オブジェも日常の道具も、どれもが響き合って心地よい空気を作りだしています。

まずは、自分がときめいたものを飾ったり使ったりしてみる。そして、なぜこれに惹かれるのか、自身の感覚を掘り下げてみる。頭で理解するというより、心に響くその感覚をつかむと、アートがもっと身近になってくると思います。
正解のない世界だからこそ、『自分のものさし』が発揮できるのです。
10watts field & galleryを訪れると、ヒントがたくさんちりばめられていますよ。

(2020.2 取材)

《ギャラリー情報》
10watts field & gallery
神奈川県横浜市中区扇町3-8-7三平ビル301
TEL:045-273-1944
開廊時間:13:00〜17:00 毎週 木金土のみ
駐車場:なし
常設時はantiqueや作家作品を展示販売
企画展は年に数回開催
5月「續 球体」展
https://www.chiku-ni.com/

《アクセス》
▶︎JR関内駅から徒歩約7分

関連記事