Kanagawaギャラリーさんぽ
File.4 内田正泰記念アートギャラリー
(山本詩野/ギャルリーワッツ)
昨年、あるカフェを訪れたとき、カウンターに並んでいたポストカードに惹きつけられました。
それは鮮やかな色のモダンな風景画。描写はシンプルなのに、光を感じ、土や草のにおい、描かれていない人物や鳥や虫の声が聴こえてくるようで、一瞬にして、その風景の中の空気に包まれたのです。
たったはがきサイズの絵の世界に引き込まれるなんて!感動して数種類のカードを買って帰りました。
普通ならそこで作家名を調べるところですが、誰が描いたかより、そのときはその心地よさに浸るほうが私にとって大事で、そのままカードを棚に立てかけていました。
さて、それから1年近くたち、ネットサーフィンをしていた時、偶然視界に入ってきた絵。
「あれ?私が持っているカードに通ずるものがある……」
そして、初めて内田正泰氏の絵だと知ったのでした。内田氏はなんと96歳!
鎌倉に氏のアートギャラリーがあることもわかり、それはぜひ行かねば!と、善は急げ。
ギャラリーの最寄り駅は江ノ電の「長谷」駅。鎌倉や湘南方面へは行くとしたらほぼ車なので、実は江ノ電に乗るのも初めての体験。
100年以上歴史を持つローカル線のゆるい魅力に触れる一方で、訪ねるギャラリーのことを思い、ときめきとやや緊張。
だって、アトリエを兼ねているというので、先生にお目にかかれるかもしれないのですから。
駅から徒歩1分もかからないところに、モダンな白い建物。「鎌倉こころのギャラリー館」とあります。その一角の弐番館が「内田正泰記念アートギャラリー」になっています。
中に入るとすぐに、鮮やかな色づかいのインパクトが。ひとつひとつ観ていくと、黄金に染まる稲穂や、赤が印象的な曼殊沙華のある風景、それらはちょうど今の秋を感じさせる風景でした。
私が惹かれる理由の一つに、画面の半分以上が空や田んぼという大胆な配分の構図。とてもモダンです。
内田先生の作品はポストカードでは気づかなかったのですが、実は「はり絵」。
色の重なりによる奥行きや質感のニュアンスが絵と相まって、観る側の五感がむずむずと働きだし、より体感に近い感覚に包まれるのです。
ギャラリーは内田先生の息子さんである光さんご夫妻が管理していらして、丁寧に説明してくださいました。残念ながら先生はご不在。
はり絵は、柔らかい線が表情を作るのでハサミを使わず、手で洋紙を切り、糊で貼っていくそうです。揃えているのは、色調や厚みも違う100種類以上もの洋紙。洋紙にこだわるのは、やはり色の鮮やかさだそう。和紙の風合いも味わいがあるけれど、淡い色、ちぎった時の毛羽立ちなどファジーなニュアンスは自分の求めている表現ではないと先生はきっぱり。そして、ちぎり絵でも切り絵でもなく「はり絵」の世界を確立されました。
貼る前にクシュクシュと揉んでしわをつけた洋紙は部分的にインクを吸い、陰影が生まれ、岩の質感がみごとに出ています。また、手元の洋紙にないニュアンスは、貼る前に刷毛で表情をつけたりもするそう。
内田先生の本業はグラフィックデザイナーでした。30代のころ、在住の横浜市から成人学校(今のカルチャースクール)で一般の人にアートを教えてほしいとの依頼。予算がない中で考え、新聞紙を切って形を見せたところから、その後、先生自身が日本の原風景を「はり絵」で表現する道を究めていくことになったそうです。実は、私たちもよく知っているインスタントみそ汁の「あさげ」「ゆうげ」は先生の代表作。ああ、小さいころから先生の絵に触れていたなんて!
そんなお話を伺っていたら、なんと!お昼寝から覚めた先生が、制作のために階下に降りていらっしゃったのです!! モダンで、かくしゃくたるお姿。
「ようこそ」とおっしゃった後、「日本にも海外にも紅葉があり、みんな美しさに感動しますね。でも、一枚の葉がはらはらと落ちる。そこに言葉や音が生まれるのが日本人の繊細な感性なんです。
地球は宇宙の屑の一つ、人間はそこの微生物の一つにすぎない。その人間が母なる自然の中で何を感じるのか。長年いろいろな風景を描いていますが、その心情を描くことで、子どもやその先の代に忘れてはいけない感性を伝え続けているんです」
先生は力強く、言葉を続けます。
「例えば、何万人もが埋め尽くす大ステージで突然真っ暗になった時、ようやく一つの明かりがともされたらみんなが涙する。それはどうしてなのか。何がそこにあるのか。描いているのはすべて体感がとらえる心情です」
それから、私の顔をじっと見て、「あなたも、私も頑張りましょう」。そうおっしゃって、先生はアトリエに入っていかれました。
色がきれい、風景が美しいとか、そんな単純なことではない、もっともっと私たちの根っこの奥深い部分に触れ、大事な感覚を呼び覚ます。
自分がいままでのなにかしらの体感でとらえた感性。普段は忘れているのに、その記憶に一瞬にアクセスしてくる。私が先生のポストカードに惹かれた理由がわかった瞬間でした。
デリケートであり、ダイナミックさも持つ先生の絵は、本当に、観る側をいつまでも飽きさせない。
900枚になるという作品に共通するのは、心の在る場所。先生のはり絵からは、優しさがあふれ出ているのでした。
ここでは、四季を大切に、2か月に1度くらいで展示を替えています。
「秋でも、初秋と晩秋では違いますよね。四季は単純に4つではないでしょ」と光さん。
時間に追われがちな毎日だからこそ、自分の軸を再確認するためにも何度でも訪れたいギャラリーです。
《ギャラリー情報》
内田正泰記念アートギャラリー
〒248-0016
神奈川県鎌倉市長谷2丁目12-17
TEL:0467-23-5105
*開廊時間:3月~10月=10:00~17:00/11月~2月=10:00~16:00
*休廊日:月曜日及び第3火曜日(ただし休館日が祝祭日の場合は開館し、翌日が休館になります)
《アクセス》
▶︎江ノ島電鉄「長谷駅」下車。徒歩1分