Double Planet 第6話
Double Planet
第6話「私だけの物語から、私とナツキの物語になる」
田丸ルカ(フルタジュン&神田陽太/レディオ湘南パーソナリティ)
「元気にしてたよ」そんな挨拶を教室で何度も交わした。SNSで連絡を取り合っていたクラスメイトと顔を合わせて思ったのは、お互いの体温を感じ合いながら目と目を見て話すことがこんなにも楽しかったんだ、という発見だった。コミュニケーションにタイムラグがなくて、ダイレクトに目の前に相手がいることの心地よさ。当たり前のことなのに、今はその価値に気づいている。コロナは私たちから色々なモノを奪ってしまったけど、ホントにホントにムカつくんだけど、それと同時に「は!」っと気づかされてしまったことがあったのかもしれなくて。そんな話を演劇部のナツキにしてみると、秒で言葉が返って来た。
「それが演劇なんだよね」
ナツキはどんなことでも演劇と結び付けたがる所がある。けれど、今回ばかりは納得してしまった。確かに、演劇の持つ魅力って、そういった人と人がダイレクトで向き合い、感情がぶつかり、そこにドラマが生まれて物語になる。それをお客さんはダイレクトに鑑賞する。ライブの魅力って、そういうことなんだよね。
「でも、しばらく部活動は難しいんだって」
私もそう思ってた。分散登校、時差通学、短縮授業と段階を経て、授業は少しずつ戻ってくるかもしれないけど、部活動の再開はまた別問題。これから演劇部がどんな形で再開していくことになるのか、まだよく分からなかった。
「夏の大会も中止かもしれないし……」
そう言ったまま、ナツキは黙りこくってしまった。
ナツキの気持ちが痛いほどわかった。三年生の誰よりも練習に励んでいたナツキは、絶対にキャストとして大会に出るんだと言ってた。しかも、許されるなら主役に挑戦してみたいと。主役にしか背負えない重圧というやつを感じてみたいからと、どこまでもナツキの意識は高かったのだ。
実は私の意識も負けていなかった。
この休校中に、誰に頼まれたわけでもないのに一本の演劇作品を書き上げていた。
ラジオ番組「らぶ&MUSIC」に相談メールを送った時に考えていた「犬だと思って育てていた動物が実は猫だった」という珍妙な物語はいったんお蔵入りにした。今、自分が本当に作りたい作品って何だろう?そこから自分と向き合いながら再びアイデアを立ち上げていった。すると「友達」や「将来」というキーワードが出てきた。ヘンに背伸びした世界観を作るのではなく等身大のもの。等身大のキャラクターたちが出て来る物語が作りたくなった。書き方がよく分からなかったけど、ネットで体裁を調べながら見様見真似でなんとか書き進めた。毎日決まった時間に起きて、決まった時間に書いて、決まった時間に寝るようにした。これは村上春樹さんのエッセイを読んで影響を受けたからだ。気分だけは大作家だった。そんな感じで一週間と少し。30ページほどの作品が出来上がった。
タイトルは『空とパズル』
書き終えた達成感よりも、「これって、ほんとうに面白いのかな?」という不安の方が先だった。正直、自信はない。だから、まだ誰にも言ってなかった。決してもったいぶっているわけではなく、単純に口外すること自体が恥ずかしかった。それでも言おうと思った。言うタイミングはどう考えても今しかない。
「私……演劇の台本書いたんだ」
私の声はとても弱々しくて小さかった。けれど、ナツキは聞き逃さなかった。
「えっ、書いたの?あの犬猫のやつ?」
「ちがうよ。あたらしいアイデアで書いたの。もし良かったら……今度読んでみてよ」
落ち込んでいたナツキの顔が、パァっと明るくなった。
「読む!ぜったい読むから送って!」
どこかでまたナツキに否定されるような気がしていたので意外だった。まさか読むことにここまで意気込んでくれるなんて。自分が作ったもので誰かが元気になる。それは時として作品に触れる前、そこに作品があるという事実だけで人を変えてしまう力がある。そんな現実に私はドキドキした。コロナは私たちから色んなものを奪っていったけれど、私は家にいられる時間が長かった分、一本の物語を書くことができた。高校からの帰り道、私の足取りは踊り出しそうなほど軽かった。
翌日の土曜日。ナツキに台本を送る前にもう一度読んでみた。誤字脱字がないかを最終チェックして、メールにワードの文章を添付した。あとは送信ボタンを押すだけ。押したら、私だけの物語から、私とナツキの物語になる。指が震えた。押すだけなのにな。こんな緊張は久しぶりだった。
その時、『らぶ&MUSIC』で一通のメールが紹介された。
「こんにちわ!
サトルブルーです。
初めて歌詞を作った『キセキのコトバ』ですが、素人なりに色々やってみたのですが作曲に完全な迷子です。なんとなくメロディーは浮かぶのですが、それとそれがつながらず、またゼロに戻ってしまう、、を繰り返してます。
そこで、これはもしかして師匠である神田さんのお力を借りられないかと思い、ダメもとでお願いしてみます。
『キセキのコトバ』の作曲、手伝ってもらえないでしょーか?!」
「メールが送信されました」
私たちの物語が始まった。
《つづく》
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