平成からみらいへ。横浜発“虹の素”が挑む全18ステージの挑戦
芝居が生まれる現場
File.5 虹の素『みなとみらい』
今井浩一(編集ライター)
次にマグカル・ドット・ネットに紹介する作品は「どんなものがよいかなあ」と、さまざまな劇場、施設の公演ラインナップを探していたら、ぐっと惹きつけられた公演があった。「山椒は小粒でピリリと辛い」というたとえが正しいかは不明だが、客席は少なく空間も狭いけれど、世界に羽ばたくチェルフィッチュなど注目カンパニーを排出したり、さまざまな地域との交流を重視しているSTスポット横浜という小劇場だったから、余計に気になった。
何が気になったかと言えば、虹の素 #08 『みなとみらい』という公演なのだが、8日間でなんと18ステージもやってしまうのだ。昨今、東京の小劇場でもこんなに公演回数を重なるところは少ないのに、このチャレンジ、1日3回公演の日が3日あることに、僕はすごく興味を持ったのだ。
始まったばかりの『みなとみらい』の稽古を終えたある晩、劇団代表の熊手竜久馬をキャッチした。1990年生まれだそうだ、若いなぁ!
「いつもはラゾーナ川崎を拠点に1週間で7公演くらいやっていたんです。でも今度の公演での挑戦は、今後、劇団としてやっていくのに自分たちでいろいろハードルを設けたんです。ステージ数を増やして何回やっても同じクオリティの演技や作品性を保てるようにならなければいけないね、というのが一つ。そして、通常は水曜日くらいから公演が始まって日曜日で終わってしまうんですけど、週をまたぐことで口コミで来てくださるお客さんが増やせたらいいな、というのもあります。どちらも僕らにとって実験的であることは確かです。体力的に大丈夫かなぁ、という懸念はあるんですけど、やってやろうという思いの方が強いです」
いやいや、若いんだから大丈夫。そして高い山はどんどん今のうちに登ったほうがいい。
*「キミノテノヒラ」より
熊手は、中学時代から区民ミュージカルに出演し、また「地域演劇教育集団劇団ひこばえ」に所属して脚本を書き始めるほどの演劇好きだった。神奈川総合高校演劇部の有志で「虹の素」を旗揚げ、高校卒業後に「虹の素」を再結成。ここまでがいわば一期だった。その後、メンバーも入れ替わり、今は新生「虹の素」として活動している。
「僕らは“愛だけで、つくりこもう”“Shine the tears.(涙を輝かせる)”という2つのコンセプトを掲げているんです。虹は、雨が降ってそこに太陽の光が差し込んだ時に一瞬だけ見られる、奇跡みたいなものですよね。かつ、見つけるとうれしい気持ちにもなれる。それは人の心も同じで、悲しいことがあっても、そこに愛があれば虹をかけることができる。そうやって自分の心にかかった虹は、また誰かの心を輝かせることができる。そんなメッセージを込めた作品を目指しています」
*「失恋博物館」より
チラシのビジュアルが、連載される少女漫画のような世界観で、なんだか親しみやすさがあるのだが、今回は、初めて写真を使用したものになった。
新作『みなとみらい』は、街をテーマにした作品だという。だからこそ、街の写真を使ったのだ。
「僕らはずっと横浜でやってきたわけですが、それなりに東京の演劇人とも仲良くなっているわけで、するとよく『東京でやるべきだよ』って言われるんですね。でも僕らは東京に出ていこうとは思わない。横浜にこそお客さんを呼びたい。じゃあ、なぜ横浜でやっていくんだろう、横浜でやっている意義はなんなのだろう、ということを考え直して、今回、いろんな区切りだったり節目だったりあっての公演になったので“僕らは横浜でがんばっていく劇団です”というのを改めて表明しようと思ったわけです。きっと、これからも横浜に根付いた作品をやっていくのだと思います」
あの頃 皆が夢みた 未来じゃないかもしれないけど
どんなに変わっても 私たち ここで生きてきた
平成元年生まれ・横浜育ちの女子2人組の音楽ユニット「みなとみらい」
2人は音楽の道を志し、高校3年生の時にデビューする。
まだお酒の味も男の薫りも知らなかった彼女達。
軽音楽部の延長のような勢いだけで走り出した。
それから12年。彼女たちも30歳になった。
平成の終わり。「みなとみらい」はそれぞれの道に進むべく、
長年続けてきたラジオ番組の最後の放送をもって、解散する。
「さぁ、何を話そうか」
「私達に、語る未来はないよ」
「それでも語ろう。みなとみらいを」
横浜という都市、平成という時代、そして新しい未来。
虹の素が贈る、未来への願いと、幸せへの架け橋。
「解散してしまったRYTHEM(リズム)という川崎出身の音楽ユニットがあったんです。僕が中学生くらいのときにデビューして、2011年まで活動する中でメジャーデビューも果たして、4枚のアルバムを出した。その人たちの歩みが僕にとってすごくドラマチックで、彼女達をモデルにした作品を作りたいと思ったんです。それで「みなとみらい」という架空のユニットを設定して。だからミュージカルではないんですけど、歌もいっぱい登場します」
主演の二人、美奈役の伊藤綾佳、未来役の木村恵理のコメントも紹介しよう。
「今回のみなとみらいというお話は、美奈にとって人生の中でとても大きなターニングポイントになると思います。あまり台詞で言及されていない美奈の気持ちが、実はお話の中にいっぱい詰まっていて。観に来てくださった方に言葉では言い表せない感情が伝わるように。私と美奈がシンクロして少しの嘘もない動きができるように。そんなことを考えて稽古に励んでいます。どんな人でもどこかしら共感できる作品です。ぜひ観に来てください!」(伊藤)
「はじめまして。未来役の木村恵理です。初めて台本を読んだ時、未来の音楽に対する思いが私自身、とても共感出来る部分で『分かってくれる人がいてうれしい』という気持ちでした(笑) 。劇中では、平成を彩る懐かしい曲や今回の舞台のために作られた曲など盛りだくさんで、音楽もお楽しみの一つです♪ そして、恋愛、仲間、片想い、失恋、別れ、出会い、音楽、仕事、喧嘩、愛、息つく暇もないくらい、たっぷりの75分間です。お楽しみに☆」(木村)
改めて、熊手に作品について聞いた。
「世代であるとか、これからの生き方みたいなものをテーマにしています。『みなとみらい』の本番が終わるとすぐに新元号が発表されます。まだ平成になる前に「みなとのみらい」と願われて名付けられた街。僕たちが生きてきたあの頃の「みらい」はどんなだっただろう。そして、みんなとみらいに行こう。そんな思いをみなさんと一緒に共有できればと思います。僕らのいろんな挑戦が詰まっている作品です。ぜひご覧いただけたら幸いです」
★こちらのイベントは終了いたしました。
《虹の素 #08『みなとみらい』》
■日程:2019年4月17日(水)〜24日(水)
■会場:ST スポット横浜
■作:桜木 想香
■演出:熊手 竜久馬
■チケット料金:一般3,000円、高校生以下2,000円(日時指定・全席自由)
■問合せ:info@nijinomoto.com