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演劇・ダンス

日本・ベトナム共同制作のロシア演劇に、横浜市泉区で出会う

日本・ベトナム共同制作のロシア演劇に、横浜市泉区で出会う

芝居が生まれる現場
File.8 『ワーニャ伯父さん』
今井浩一(編集ライター)

「文化・民族・国籍・所属などに関係なく舞台芸術にかかわる者が、ひとつの共同活動体として相互理解を築き、演劇を媒体として社会とのかかわりを目指す」ことをコンセプトに掲げる「壁なき演劇センター」という団体がある。演出家の杉山剛志、劇団黒テントの宗重博之、舞台美術家の加藤ちか、俳優の蔡(チェ)へみ、らが参加している。その壁なき演劇センターと国立ベトナム青年劇場の国際共同制作事業として、杉山の演出により、3年計画で共同制作した『ワーニャ伯父さん』が横浜市泉区民文化センター テアトルフォンテで上演される。
泉区は、かつてベトナム難民センターがあった地域で、在日ベトナム人2世、3世が多く居住する地域でもあるのが興味深い。

まず、杉山剛志のことから紹介したいと思う。

杉山は俳優を志し、ピーター・ブルックの演出助手も務めたフランス・パリ・コンセルヴァトワールの教授に学ぶ。2008年から2010年はロシア国立モスソヴィエト劇場に研修演出家として所属し、芸術副監督で演出家のユーリー・エリョーミンのもとで演出を学んだ。
一方、日本では劇団ア・ラ・プラスを旗揚げ。その後宗重らと出会い、セルビアで公演を行ったのを機に、海外のフェスティバルへの参加や国際共同制作を視野に入れた一般社団法人「壁なき演劇センター」を結成する。これまで主に、タイ、フィリピン、ベトナムで演劇ワークショップを実施してきた。

「2014年に国際交流基金の主催で、ベトナムの舞台芸術関係者を3カ月くらい日本に招聘する事業があったんです。そのとき、僕が主催していた長期の俳優育成クラスのワークショップに国立ベトナム青年劇場の俳優さんたちを受け入れてほしい、という話があって。1日だけの予定が、楽しかったからと最終的には1週間くらい実施したんです」

その縁から、2016年、杉山が演出したチェーホフの『かもめ』が、ハノイでのベトナム国際演劇祭に招聘された(後にセルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチアの国際演劇祭にも招聘)。そこで国立ベトナム青年劇場のメンバーと再会を果たし、ワークショップを実施。演劇祭でも最優秀作品賞、最優秀演出家賞を受賞する。そうした積み重ねがこの『ワーニャ伯父さん』へとつながっていった。

「『かもめ』を気に入ってくださり、2017年から3年計画で作品をつくろうということになったんです。初年度は、リサーチやワークショップをやりながら、お互いの創作方法をシェアしました。2年目は2カ月半ほど滞在して作品をつくり、ハノイのほかベトナム国内でツアー。そして3年目は日本で上演しようということで、今年に至ったわけです」
杉山は、演技・演出とも、その原点はロシアのスタニスラフスキーシステムにある。実は、ベトナムの俳優教育もロシアからの影響が強い。そのため共通言語・共通理解があり、非常に仕事はしやすかったという。

「ベトナムでも、シェイクスピアから近現代の劇作家の作品まで、上演されてはいるんです。でも、ほかのアジアの国に並びさらに独自性を生み出すためには、何か変化しなければ、という思いがあるんです。そして、演劇ではロシアの影響が強いにもかかわらず、過去にチェーホフが上演されていなかったようなんです。いえ、何度か試みられたけど成功せず、上演に至らなかった、と聞きました。彼らはチェーホフの作品を現代によみがえらせ、若いお客さんを含めて興味関心を集めることを目標のひとつにしていた。それで僕の『かもめ』を、スタイルから構成、取り組みも含めて気に入ったことから“一緒にやりましょう”となったんです。そういう意味でも、今回のプロジェクトはベトナムの現代演劇において重要な意味がありました。ベトナムが背負う歴史がつらいからこそ、ベトナムの人びとからは、明るさを保ちながら乗り越えていこうとするバイタリティみたいなものを感じる。でもやはり根底には悲しみがあって。そこがチェーホフ作品に通じると感じています」
『ワーニャ伯父さん』のあらすじはこうだ。

ワーニャとその母ヴォイニーツカヤ、姪のソーニャが、乳母マリーナや居候テレーギンらと暮らす田舎屋敷では、長い間、穏やかな生活が続いていた。そこへ突然、大学教授を退職したソーニャの父セレブリャコーフと後妻のエレーナがやって来る。セレブリャコーフの主治医アーストロフも巻き込んで、屋敷の生活は一変。愛情という制御しがたい感情が重なり、互いの人生は熱を帯び交差しはじめる。そんな中、皆を揺るがす重大な発表がセレブリャコーフから下された――。

「スタニスラフスキーというと、写実的なリアリズムの印象が強いかもしれません。でも私の演出は、もちろん原作を最大限に尊重しつつも、今のお客様に届けるためにヴィジュアルや聴覚、感性も現代的で、メタファーを駆使した多様な表現が特徴です。『ワーニャ伯父さん』は、真の美しさを求める、そして虚栄の美しさを求める、ふたつの異なる世界観を持つ人たちの物語として捉えています。お互いが理解し合い、共存あるいは調和していくことが不可能だということを、あらゆる形で表現したかった。真の美しさを求めている人たちは、人間の根源的かつ原始的な部分、つまり人を愛すること、一緒に暮らすことなど、つながりを大事にする。対して虚栄の美しさを求める人たちは、都会からやってきた、自己中心的で、自分の地位や名声、テクノロジーの発展を望み、自分の生活が他者との共存で成り立っていることを忘れている。両者の違いを描くのにどんなメタファーによる表現が可能か、出来るだけお客さんの想像力に委ねたいということをベースに、俳優と一緒に探っていきました」

チェーホフ作品が語られるとき、暗い、陰鬱、退屈というイメージを持たれがちなのはベトナムも一緒。そこが演劇ファンに受け入れられにくいのだが、杉山演出は、情熱的でダイナミック、スピーディだ。この『ワーニャ伯父さん』は、2018年から国立ベトナム青年劇場の正式なレパートリー作品として上演され続けている。そして10月に入り、ハンガリー、イスラエル、インド、韓国、中国、シンガポール、ギリシャ、ベトナムの8カ国から21作品が参加したベトナム国際演劇祭で、最優秀作品賞、主演&助演俳優賞を受賞、という報も届いた。

「受賞は、日本のお客様にも楽しんでいただけるとの思いがさらに高まる契機になりました。ベトナムの舞台芸術がいかなるものなのか、日本の演劇界ではさほど知られていないと思うので、クオリティの高さや魅力をお届けする機会になることを、いちばんに願っています。さらに、日本では今やベトナムの方々がたくさん働いていらっしゃるので、この公演がそういう方々に目を向けるきっかけになればうれしいです」

★こちらのイベントは終了いたしました。
日本・ベトナム現代演劇共同プロジェクト
『ワーニャ伯父さん』
[日時]2019年11月26日(火)14:30開場/15:00開演
[会場]横浜市泉区民文化センター テアトルフォンテ
[作]アントン・P・チエーホフ
[翻訳]神西清
[演出・構成]杉山剛志
[美術]加藤ちか
[ドラマトゥルク・企画]宗重博之
[出演]
レ・カイン、ドゥック・クエ、タイン・ビン、クィン・ズォン、トゥ・クィン、フォン・トゥイ、タィン・ズォン、トゥ・ワイン、マイン・ホアン、蔡(チェ)へみ 松田崇、西村清孝、中村あさき、トゥン・アイン
[チケット(全席指定・税込)]一般3,000円/当日3,500円、学生・外国籍1,500円
※未就学時のご入場不可
[チケット予約・取扱い]チケットかながわ Tel.0570-015-415(10:00〜18:00)
[問合せ]K・企画 TEL.03-3419-6318

《巡回情報》
[日時]2019年11月22日(金)〜24日(日)
[会場]シアタートラム(東京都世田谷区)

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