Kanagawaギャラリーさんぽ
File.8 special source
山本詩野(ギャルリーワッツ)
私は「佇まい」という言葉が好きです。静けさの中にある確かな存在感、醸し出す色気など、ものが放っている空気感に触れたとき、「ああ、素敵だなあ」と溜息が漏れます。
複数人で集っているときに、存在感がありながらも気配を消すことのできる、佇まいの美しい人に憧れがあります。
数年前、初めてモリソン小林さんの木彫作品を観たとき、そんな空気感を感じました。
そのモリソンさんのアトリエが、なんとローカルな我が家の近くにあるという衝撃と喜び!
そこでは、高里千世さん、中村大介さんと3人で「special source」を主宰。それぞれの作家活動、インテリアデザインや施工をしています。
*左からモリソン小林さん、中村大介さん、高里千世さん
モリソンさんは1995年から1999年にかけてインテリアのIDÉE(イデー)で店舗デザイン設計を担当していました。IDÉEといえば、アンティークの他、海外のモダンインテリアや雑貨、植物のある暮らしの提案など先駆け的存在でしたから、私も20代のころから青山の骨董通りにあった店によく通ったものです。それこそモリソンさんが在籍中のころも重なりますが、刺激の宝庫で、あのときめき感を今でも思い出します。
「僕は昔から舟越保武さんの彫刻が好きなのですが、木彫を始めるきっかけは2008年、前川秀樹さんの『水源』という展覧会でした」とモリソンさん。
前川さんは、私もよく知っている作家ですが、自身の中に生まれる言葉を紡ぎ、神話を彷彿する物語を像彫で表現するアーティストで、リアリティと幻想的な奥深い世界観は観る側を虜にします。
「内装の仕事が忙しくなる傍ら、実は僕は30代から聴力が落ち始め、コミュニケーションを取れなくなる不安を感じていました。前川さんの彫刻を前に心を大きく揺さぶられたとき、この表現の道なら、僕の代わりに作品が語ってくれるのではないかと思ったのです」
独立して、表現者としても活動を始めたモリソンさん。
最初に彫った作品は、アクセサリー作家として活動していた高里さんが、バレエをテーマにした展覧会をするときにディスプレイに添えたバレリーナ。奥から大切に出してきて見せてくれたそのバレリーナは、穏やかで透明感のある佇まいでした。
プロセスを踏むことで自分らしさが見えてくるのではと、尊敬する前川さんが開催していた木彫のワークショップにも積極的に参加するなど、ひたすら自分と向き合い彫り続けたというモリソンさんは、展覧会もこなすようになりましたが、また自問します。
「木彫は好きだけれど、自分との距離を感じるようになった」
「作家としてずっとやっていくことと、自分が今までにやってきた仕事が生かされているかということ」
奇しくも「自然との共生、物質の循環」をテーマにした展覧会への誘いを受け、内装の仕事で長いこと触ってきた金属と、好きな山登りが結びつき、現在手がける「植物記」に繋がっていったそうです。
植物そのものに見えますが、これらはすべて金属で作られているというから驚きです。金属板から切り出し、岩絵の具や錆などで着色された作品の繊細なこと。
「山では、可憐な植物でもその生命力の強さを見せつけられます。その記憶を記録しているようなものです」
デザイナー・職人・作家。この3つのバランスがモリソンさんのカタチとなり、声となっているのだと実に納得。
ヨーロッパの教会の屋根裏にあがったようなspecial sourceの空間には、モリソンさんと高里さんと中村さんの作品が並んでいますが、どれも呼応し合う心地よさがあります。常設の空間構成は高里さんの役割。
「出てきたみんなの作品を、私の捉え方で繋いで好きにしつらえさせてもらっているんです」
「そう、そう!」とモリソンさんと中村さんの深い頷き方(笑)で、高里さんの感性に絶大な信頼をおいているのが伝わってきます。高里さん自身も、絵の制作の傍ら、アクセサリーデザイナーをしていましたが、ずっと自分の進む方向を模索していたと言います。「デザイナーと作家の両方をやりながら、アクセサリーの世界ではなんとなく自分が嘘をついているような気持ちが拭えなかったのです」
モリソンさんと同様、前川さんの彫刻に出会ったときに衝撃を受け、「大切なものは、たくさんは無い」と考えるようになった高里さん。「1枚の絵を描くことに集中して生きたい」とますます思いが募り、多摩美時代からの同級生で、良き理解者のモリソンさんに背中を押され、画家だけの道に舵を取りました。
ものの見え方、捉える角度の幅が広がったと感じる今「芸術の外枠が見えてきたというか、自分がどこに向かって歩んだらいいかがわかってきました」と静かに微笑む高里さんに、同世代の私は羨ましいほどの美しい佇まいを見たのでした。
中村さんは、十数年前にワッツを訪れ、実は「モリソン小林」という名前を私の記憶に刻んでくれた人です。彼がインテリアを学ぶ学生だった頃、金属の仕事に携わりたいとモリソンさんの手伝いにいったことからモリソンさんの考え方に共感し長い縁に。他の会社を経た後、独立してspecial sourceのメンバーになり、モリソンさんと店舗内装を手がける一方で創作活動を続けています。
special sourceに属する以前から鉄の廃材で人形を作っていた中村さんも、前川さんの木彫ワークショップに参加して、彫ることの醍醐味と喜びを体感。創作の幅を広げ、木の節を表情ととらえ、動物に近い生き物を表現しています。
「自分が楽しんで作っているときはいい仕上がりになりますね」と話す中村さんの言葉を示すように、夜が更けるとこの子たちのおしゃべりが始まりそうな、ユーモラスな魅力が漂っていました。
内装も表現もかっこいいspecial sourceに、実は緊張していた私。
でも、決して器用じゃなく、模索しながら誠実に歩んできた3人の姿に触れて、なんだかほっとする親しみが湧いたのでした。凛としていて、かつ、柔らかな空気が流れているのはそういうことなのかとも。
特に私の足を長く止めた高里さんの作品。オーロラのような神秘的な色の旗が気持ちよく揺らいでいます。作家のつけたタイトルがあったようですが、「未来はいつも風がそよいでいる」という言葉が私の中に浮かびました。一喜一憂、大なり小なり、いくつものゴールを重ねながら人生があります。強風でもなく逆風でもなく、伴走してくれるような風が毎ステージごとに吹いていると思うとなんだか嬉しくなります。
受験生になり、ちょっとナイーブになりがちな息子にこの作品を贈りました。
そして、私自身も凹んだときには眺めてエールをもらうのです。
(2019.6.取材)
《ギャラリー情報》
special source
〒213-0032 神奈川県川崎市高津区久地4-11-46
TEL:044-813-0783
http://specialsource.jp/
開廊日:毎月数日の常設展。不定期で企画展。詳細はwebサイトの「next schedule」または「atelier gallery」で要確認
《アクセス》
▶︎JR南武線久地駅から徒歩約5分