Kanagawaギャラリーさんぽ
File.10 おふろ荘
山本詩野(ギャルリーワッツ)
「薪100%で沸かしているので、お湯がとてもやわらかく、肌に良く体の芯から温まります」と、東急田園都市線高津駅から徒歩2分の立地で、地元に長年愛されていた銭湯、高津湯。川崎フロンターレも「いっしょにおフロんた~れ」と盛り上げてきましたが、2015年に惜しまれながら閉店しました。
そこが今、アーティストのシェアオフィス&ギャラリーに。建物をそのままいかし、名前もずばり「おふろ荘」。
うわさを聞き付けたのでちょっと入(い)ってきます! じゃなくて、行ってきます~。
お! 高津湯の文字がそのまま残っています。実は、ずっと前に我が家が工事でお風呂が使えなかったとき、夫と子どもがお世話になりました。今思うと、あの時に私も入浴しておけばよかったなぁと、ちょっと後悔。近所の人に出会うと恥ずかしいなぁ、と思ってしまったもので。笑
番台に黒電話、レトロ感満載ですが、数年前まで普通に使われていたのですから、平成生まれも高津湯では昭和の香りにたっぷり浸かれたのですね。
さて、女湯をくぐれば、アーティストたちのアトリエ。
脱衣スペースでは現代装飾家の京森康平さん、アーティストのyutaokudaさん、フラワーアーティストの白川崇さんが活動しています。湯船のある空間にも、音楽、染色など3人のクリエイターがいるそうです。
カラフルなグラフィックが目を引く京森さんの作品は、日本的なモチーフが印象的に映りながら、西洋的なニュアンスも感じられます。2年間のイタリア留学が、日本人としてのアイデンティティを考える機会になり、同時に、アートを通して民族間の偏見や差別を無くしていくことも制作の大きなテーマになったと言います。
▲部分的に盛り上がったインクによる奥行き感
「国境を越え、装飾性の影響を受け合って文化が発展してきた歴史からも、民族間で同じ感覚が生まれることは隔たりをなくす力になると思うんです」と話す京森さん。作品にはスカル(頭蓋骨)のモチーフと、阿吽(あうん)が示されています。世界共通の概念、生と死を通して、観る側に人間の平等についての問いを投げかけています。
一方、モノクロの細密な表現が特徴的なyutaokudaさん。
0.03ミリからというの極細の線で描いているモチーフは動物や植物が多く、どこかエレガントさが漂っています。
▲導電インクで描かれ、絵に触れたら音楽が鳴る作品はキャッチ―な存在
「もともとファッション畑からスタートしているからでしょう」
そう話すyutaokudaさんは、ファッションブランド「TAKEO KIKUCHI」のデザイナーを経てアーティストとして独立。
アレキサンダー・マックイーンの表現する世界観に触発され、ファッションの道に進みましたが、マックイーンの本質はファッションデザイナーではなく、アーティストであることに気づき、自分の目指しているところが腑に落ちたそう。
「アートは自己投影、素の自分を表現することと同じ。ごまかしがきかないからこそ、自分の作品を好きと言ってくれる人がいたら、自分そのものを褒めてくれているのと同じで、それが絵を描く原動力ですね」
京森さんとは奇遇にも、イタリアで最も歴史のある服飾・デザインの専門校Istituto Marangoni(マランゴーニ)出身という共通項が。京森さんはイタリア校、yutaokudaさんはロンドン校だったそうですが、出会ったのは卒業数年後、日本でというから、なんという引き合わせ。人生って面白い!
そして、高いレベルを目指し、刺激を与えあえる関係性が実に素敵。
おふろ荘がいいなぁと思うのは、花の存在。アートと同様、心を豊かにする大事な要素です。アパレルなどの空間ディスプレイも手掛ける(hana-naya)の白川さんは、「初めまして」でもすぐにファンになってしまう明るいお人柄でした。2人のアーティスト曰く、楽しい兄貴的存在とか。夏には3人で「おふろ荘はじめました展」も開催。
「女性の花好き度は半端ない。高齢化や体調不良など、今まで通り花を買いに行きたいけどできないという人たちにも届けたいなぁと思って、大手の花屋から独立してデリバリースタイルにしたんです」と言う白川さんは、中目黒界隈でおしゃれな三輪自転車に乗って、店舗販売の他に移動販売もおこなっていました。
▲皆さん、毎月の定期便を心待ちにしてくれるそう
「花選びは、市場へ行ったその日の直感で選んでいます。生産者さんたちも頑張っていて、さまざなまニュアンスの花を育てているから、テンションがあがるんです。決まりきった花を並べるより、フレキシブルな感覚でいたい」と白川さん。花束もデザイン的に作りこむのではなく、自然を扱っていることを意識してをさらっと組み合わせる軽やかさ。
さて、今度は男湯をくぐれば、そこはサロンやギャラリースペース。インベーダーゲームの台が懐かしい。
タイル床、蛇口やシャワー、鏡もそのままのザ・銭湯空間はイベント空間になっています。さまざまなアーティストの表現の場になっていますが、ホワイトキューブでない面白さがクリエイター魂をかきたてるようです。
「ふらっと行ける銭湯のように、アートやクリエイションに触れる場に気軽さがあるといいですよね。そんな思いもあり、銭湯の趣もそのまま残しています」と話すのは、おふろ荘の企画プロデュースを担っているNENGOの中村美穂さん。
▲同じ高津区にあるNENGOさんのところにお邪魔したら、なんと呼び鈴の代わりにドラ!
《アクセス》
▶︎東急田園都市線高津駅から徒歩約2分
《アーティスト情報》
■京森康平 https://www.kohei-kyomori.com/
■yutaokuda https://yutaokuda.jimdo.com/
■(hana-naya) https://hana-naya.jp/