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Double Planet 第9話

Double Planet 第9話

Double Planet
第9話「もしかして田丸さんですか?」
青野サトル(フルタジュン&神田陽太/レディオ湘南パーソナリティ)

「ごめんなさい。会うことはできないです。ごめんなさい。。田丸ルカ」

このメッセージを何回も読んだ。すでに30回は読んでいる気がする。
30回読んでみても、やっぱりいつも同じことが書いてあった。当たり前か。
でも、もしかしたら僕が読み間違えていて、本当は「いいよ」なんて書いてある気がしたから何度も読み返した。
「ごめんなさい」と言わせてしまった申し訳なさもあるし、最後の「。。」を見る度に、よく分からないため息が出た。

高校二年生にもなって、いまだ女子の気持ちは分からないままだ。
僕と田丸さんは、お互いのことをラジオを通じてほんのり知っている程度。
Twitterのメッセージで数回だけやりとりをした関係。
なのに、会って話がしたいと切り出した自分は調子に乗っていたのかもしれない。
やっぱり怪しい人間だと思われたのかも。
ちなみに、自分としては調子に乗っていたという自覚はない。
田丸さんに会って、舞台『空とパズル』の話を聞きたいと思った。それだけだ。
人は話し方に想いが宿る。僕はその想いにヒントを得たいと思っていた。
田丸さんの隠せない想いに触れたかった。
ライバルの神田さんはその想いを知らないわけで、差を付けるならそこだと思った。
けど、それもこれで難しくなった。
僕の作戦はふりだしに戻った。

田丸さんに何もメッセージを返せないまま時間が過ぎた。どんな言葉がいいのか全く分からない。Googleでも調べてみた。そこに答えはなかった。

授業中に『空とパズル』のことを考えるがあまり、授業に集中できず気づいたら寝ていたこともあった。先生には当然怒られた。夢の中に答えなんてないのに、夢の中に答えが落ちている気がしてしまう。現実逃避だ。

その日は学校が早く終わった。

まっすぐ家に帰る気分にもなれなくて藤沢駅近くの本屋でマンガを買ってカフェで読むことにした。バンドマンを描いたマンガで、読んでいる間だけは自分も音楽を奏でている気分に浸れる。マンガを読み終えてしまうと、夢から醒めて現実に戻る。どうしようかなと思いながら、ふと、久しぶりに江ノ電に乗ってみたいと思った。もうしばらく乗っていない。行きたい場所なんてないけど、鎌倉まで行って折り返して戻って来るだけでいい。電車に揺られながら海が見たかった。海でも見ていたら『空とパズル』に関して何か良いアイデアを思いつくかもしれない。

江ノ電は不思議な電車だ。路面を走っていたかと思うと、花やしきのジェットコースターみたいに民家の間をくねくねと抜けて、海に出る。あの時の「くるぞくるぞ」の感じが好きだ。

藤沢を出発した車内を見渡すと、平日の夕暮れということもあって観光客はあまりいなかった。むしろ自分と同い年ぐらいの高校生たちがいっぱい乗っている。窓際でおしゃべりをしている女子高生を見ていると、ついこんなことを考えてしまう。

あの子が田丸さんだったらどうしよう。

顔も知らないのだ。目の前のあの子が田丸さんである可能性がゼロだとも言えない。
思い切って「もしかして田丸さんですか?」と声をかけてみたら一体どうなるだろう。

僕は完全に怪しいやつ確定だ。拳を突き上げて、開き直ってる場合じゃないよ。
まったく、心の中の僕はどうしようもないやつだな。

今日、何時までに家に帰るのか考えていなかったことに気づいた。遅いと親が心配する。夕飯を外食するようなお金もない。適当に、どこかで見切りを付けて帰るしかないのだ。冒険とも言えない中途半端な短い一人旅。

いつのまにか、電車が「腰越」の駅に到着した。次の駅が「鎌倉高校前」になる。あの『スラムダンク』にも出て来ることで有名なところだ。鎌倉高校の高校生たちはいつもキラキラしている。僕は気遅れしてしまい、あの駅で降りた記憶がない。鎌倉高校という輝きに焼かれてしまう気がしたからだ。海が見えて来る。夕陽。車窓から見慣れているはずの海が目に飛び込んでくる。夕陽。おしゃべりをしていた女子高生たちも会話を止めて海の方に目をやっている。夕陽。車内にオレンジ色の光が大量に差し込んでくる。

完璧だな。そう思った。

「時間よ止まれ」

心の中でつぶやいた。今日ぐらいは、あの夕陽が沈むまで見てみたい気がした。

どこで見る?

降りるなら、次の「鎌倉高校前」しかない。
海に出るロケーションとしては最高だ。でもな。
駅に着くとドアが開いた。鎌倉高校の高校生たちが一斉に乗ってきた。キラキラの大行進。
銀河系集団に飲まれそうになりながら思い悩む。降りてみるべきか、降りないべきか。降りれば、今日の帰りは遅くなる。宿題もある。見たいライブ配信もある。でも、今日の夕陽にだけは勝てそうになかった。

僕はドアが閉まる直前、閉まりかけていた隙間に倒れ込むようにしてホームに飛び出した。

ドアが閉まった時には、ホームですっ転んでいた。

江ノ電は何事もなかったかのように、次の「七里ヶ浜駅」に向かって去って行った。
こんな時間に鎌倉高校前の駅で降りた乗客はほとんどいなかった。

「あのう……大丈夫ですか?」

振り返ると、僕と同じようにホームで降りた女子高生に声を掛けられた。制服を見る限り、鎌倉高校の生徒でもなければ自分と同じ高校の生徒でもない。もちろん確信があったわけでもない。確信なんかあろうはずがない。根拠がない。何もない。何もないのに、僕はどうかしていた。ホームで倒れた時に頭でも打ったのかもしれない。口が勝手に動いていた。

「もしかして田丸さんですか?」

これがもしもドラマのワンシーンなら、その女子高生が田丸ルカさんだったりするんだろう。むかし、ある脚本家が言ってた。ドラマで描かれる都合の良い“偶然の出会い”は一回までなら許される。視聴者がその嘘を飲み込んでくれるからだ。けど、二回はダメなんだ。視聴者もバカじゃないから。ならば、その一回というのは自分の長い人生の中で起きたりするものなんだろうか?僕みたいな人間が生きる、こんな世界の片隅でも。

「どうして私の名前を知ってるの?」

《つづく》

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