浮世絵と言われて思い浮かべるのは、葛飾北斎の代表作である「富嶽三十六景」ではないでしょうか。「富嶽三十六景」は全国各地から眺めたさまざまな富士山の姿を、天才絵師・葛飾北斎が描いた46図の浮世絵版画のシリーズです。ちなみになぜ「三十六景」なのに46図かというと、人気が高まりすぎて予定より10枚多く描かざるをえなかったそうです。そんな逸話からも北斎の頼まれたら断れないという人柄が偲ばれるような気がします。
当時、江戸の各地には富士山に見立てた「富士塚」が各地に作られるほど、富士山は人々の信仰のシンボルでした。もともと風景を描くことに興味があったと言われる北斎も、また富士山への憧れや特別な想いがあったのかもしれません。そういう社会の風潮のなか、北斎によって「富嶽三十六景」は生まれ、「富嶽三十六景」が無ければ日本の浮世絵の知名度は変わっていたかもしれないと言われるほどの作品になりました。
なかでも、富士山を背景にした大波を描いた「波間の富士」の俗称をもつ「神奈川沖浪裏」は言わずと知れた有名な作品で、レオナルドダヴィンチの「モナリザ」と並ぶ名画と称されるほど。「神奈川沖浪裏」は北斎が神奈川県の三浦半島周辺を旅して見えた情景を描いているとも言われています。
今回は、北斎の足跡を辿り、芸術と自然のつながりを感じられる、三浦半島の美術館やギャラリーを紹介します。
鎌倉と葉山、近代美術館
神奈川県の美しい相模湾を望む風光明媚で豊かな地域に2つの拠点を持つ神奈川県立近代美術館は、日本初の公立近代美術館として記録されており、1951年に設立された開館した鎌倉館と2003年に開館した葉山館の両館では、年間4〜5回の展覧会が開催され、多くの人々が訪れています。絵画のように美しい景色と、マチス、古賀春江、畠山直哉、ピカソといった著名な芸術家の作品を含むコレクションは、既知および未知の芸術作品に没頭するのに理想的な場所です。相模湾の香りを感じられるこの場所で、北斎やその同時代の画家たちと同じ視点に立ち、時の流れと自然の美しさを感じることができます。
山口蓬春記念館
20世紀の日本を代表する画家の一人である山口蓬春は、日本画の分野で活躍しました。北斎のように自然からインスピレーションを得て、日本の四季や花、野生動物などを鮮やかに表現しています。神奈川県葉山町にある山口氏の自宅は、趣のある美術館として改装され、絵画や骨董品のコレクションを間近で見ることができます。また、建築家の吉田五十八氏が設計したアトリエや、山口氏と神奈川県の自然や生命との密接な関係を反映した庭園も併設されています。
江之浦測候所
小田原は、厳密には三浦半島ではありませんが、相模湾の西岸に位置する静かで歴史ある地域です。また、日本で最も有名な現代アーティストの一人である杉本博司氏が設計・運営する、注目の施設があります。
北斎が感銘を受けた相模湾や三浦半島などの神奈川県の景色を一望できる江之浦は、日本文化の本質を伝えるために設計された施設であり、アートや建築が好きな方にはぜひ訪れていただきたい場所です。みかん畑の跡地に作られた「江之浦測侯所」は、杉本氏による日本の文化と自然へのラブレターともいえる作品です。
千葉県の房総半島や大島まで見渡せる江之浦測候所は、芸術と文化の道標となることを目指し、ギャラリースペース、能舞台、茶室、庭園、オフィススペースなどで構成されています。海のそばで数時間を過ごし、何世紀にもわたって続く日本の文化や伝統に浸ることができる美しい場所です。