アートがつなぐ「人」と「まち」の未来
黄金町エリアマネジメントセンター✕アーティスト
「アートによるまちづくり」というビジョンを掲げて2009年に始動したNPO法人「黄金町エリアマネジメントセンター」。違法風俗店一斉摘発後の黄金町エリアを再生するために、どのような取組を行ってきたのでしょうか。事務局長の山野真悟さんと、アーティスト・イン・レジデンスに参加しているアーティスト・常木理早(つねぎ りさ)さんにお話を伺いました。
かつての歓楽街を、アートの町に
NPO法人黄金町エリアマネジメントセンター(以下、KAMC)が設立される数年前まで、黄金町周辺地区は歓楽街として知られる場所でした。京浜急行電鉄黄金町駅・日ノ出町駅間の高架沿いには、売買春などを目的とする特殊飲食店が約250軒立ち並び、生活環境の悪化が大きな問題となっていました。2005年、神奈川県警が特殊飲食店の一斉摘発「バイバイ作戦」を実施。KAMC の事務局長・山野真悟さんは当時をこう振り返ります。
「2005年の一斉摘発には成功したんですが、空き家がたくさんできて、廃墟同然のエリアになってしまっていたんですね。その空き家を何に使おうか、と検討される中で、文化芸術という方向で町のイメージアップをしながら空き家を活用して行こう、というのが始まりだったそうです」
元々、展示空間ではない場所を使って展覧会を作る仕事をしていた山野さん。町を再生する足がかりとして企画されたアートイベントの担当として、2008年に黄金町を訪れました。高架下に新たに作られたスタジオや表通りにある空き店舗など、黄金町エリアの「町なか」を舞台に、アートフェスティバル「黄金町バザール2008」を開催。このイベントの成功を受け、2009年にKAMC が誕生することとなりました。
創作・展示の場として空き家を活用する
アーティスト・イン・レジデンス
「怖い」、「危ない」。そんなイメージが根付いていた地域を「再生」するためには、単に町をきれいに整備するだけではなく、従来の印象を取り払うようなイメージアップを図ることが必要不可欠でした。
「簡単にいかないということはわかったし、時間もかかるだろうなと思いました。始めた頃は、うちの施設だとわかるとガラスを割られることもあったんですよ。そういう怖いエリアでしたから、最初はお願いしないとアーティストも来てくれない状態でした」
高架沿いに立ち並んでいた空き家をリノベーションし、創作・展示、滞在の場としてアーティストに利用してもらう「アーティスト・イン・レジデンス(以下、AIR)」は、KAMC設立当初から活動の主軸として続けている取組です町の環境が良くなるにつれ参加者も増えていき、現在は常時約50組のアーティストが参加しています。2018年から参加し、立体作品を手掛けるアーティスト・常木理早さんは、AIRの魅力をこう語ります。
「都内に比べてコストが抑えられるし、広い工房もあって必要なときに利用できます。周りに同じアーティストがいるのも大きいですね。分野は違えども、相談したり励みになったりしています。黄金町バザールに参加した2019年からは、他のアーティストとの交流も深くなっていきました。町の人との交流も増えて、お店のおじさんに別のお店の情報を教えてもらったり……。そういう繋がりもできています」
アーティスト同士の交流だけでなく、地域の人々とのコミュニケーションも広がっている様子が伺えます。
アーティストが自然と繋いできた地域の輪
「アートによるまちづくり」抽象的な言葉にも聞こえますが、KAMCの活動は、一歩一歩、確実な成果を上げてきました。アートが町や地域の人々に与える影響とは、一体どのようなものなのか、山野さんに伺いました。
「例えば、アーティストたちは作品を作る前に、このエリアのことを一生懸命リサーチするんですね。自分で調べたり町の人に話を聞いたりしながら、それを作品化していくんです。その中で、地域とアーティストが繋がっていく……我々の手の届かないところでアーティストが自然と関係づくりをしてくれているなと感じます。アートが地域に及ぼす影響、というのはもちろんあるんですが、アーティストが町に及ぼす影響というのもあると思っています」
一方で、町づくりの一端を担っている実感はないと首を傾げる常木さんに、山野さんはこう続けます。
「アーティストが町づくりのために何をしたらいいんだろうと思う必要はないですね。考えないでやっていることが、結果的にそうなればいいんです」
コロナ禍における新たな挑戦と、これからの黄金町
新型コロナウイルス感染症の影響で海外アーティストが訪日できない事態を受け、2020年には「リモート制作」にも挑戦。オンラインでコミュニケーションを取りながら、海外アーティストの作品を黄金町のアーティストが形にしていくという、新たな制作の形にチャレンジしました。リモート制作に参加した常木さんは「本人にとっては作品が出来上がってもバーチャルみたいな感じですよね。完成した作品を、実際に見ることもできないんですよ。私は普段、立体など“あるもの”を作っていくタイプなので、とても新しかったですね」と振り返ります。
コロナ禍の影響を受けながらも、KAMC設立から12年が経ち、今では子どもたちの走り回る姿が見られるまでに再生した黄金町エリア。山野さんの頭の中には、次なる取組への構想も広がっているようです。
「我々の業界だけでなく、劇場や映画館、それから飲食や宿泊業界なども、コロナ禍のダメージを受けています。近隣にもそういう施設がたくさんあるんですね。今後は、そういう団体と一緒に何かに取り組める方向性を打ち出したいなと、今一生懸命考えています。NPO設立のとき、10年後にこの町がこうなったらいいなと描いた絵が、結構それっぽくなっていると思うんですね。なので、もう一回、次の10年後の絵を描いて、進んでいきたいと思っています」
●PROFILE●
黄金町バザールディレクター
山野真悟
1950 年福岡県生まれ。1971 年美学校銅版画教場卒。1970 年代より福岡を拠点に美術作家として活動。また、IAF 芸術研究室を主宰、展覧会企画等をおこなう。1990 年よりまちを使った美術展「ミュージアム・シティ・天神」をプロデュース。その後も「まちとアート」をテーマに、アート企画、ワークショップ等を多数手掛ける。2005 年「横浜トリエンナーレ2005」ではキュレーターを務めた。
アーティスト
常木理早
1982 年群馬県生まれ、神奈川県在住。ロンドン芸術大学チェルシー・カレッジにて絵画を学び、2009 年グラスゴー芸術大学にてMFA 修了。主な展覧会に、2020年、2019年「黄金町バザール」(神奈川)、2019 年「Causality and synchronicity」The Container (東京)、「OUT OF BOUNDS」Bloc Projects(イギリス)など。
●EVENT INFORMATION●
黄金町バザール2021 ー サイドバイサイドの作り方
第14 回を迎える今回の黄金町バザールは、「サイドバイサイドの作り方」がテーマです。公募、推薦により
選出したゲストアーティスト12 組、黄金町AIR 参加アーティスト29 組が黄金町のまちを舞台に制作と作品
展示を行います。
会期:2021年10月1日(金)~31日(日)【計27日間】 月曜休場
会場:京急線「日ノ出町駅」・「黄金町駅」間の高架下スタジオ、周辺のスタジオ、地域商店、
屋外空地 ほか
主催:特定非営利活動法人黄金町エリアマネジメントセンター/初黄・日ノ出町環境浄化推進協議会
アーティスト・イン・レジデンス(AIR)
黄金町AIR では国籍・ジャンルを問わず、クリエイティブな分野で活動されている人を対象に、制作やリ
サーチ、発表の場を提供しています。9 月1 日より、11 月以降の入居者を募集しています。
(9 月30 日応募〆切)
黄金町エリアマネジメントセンター WEBサイトへ
ショーケースギャラリー 黄金町エリアマネジメントセンター連携企画
常木理早展
会期:2021 年 9 月25 日(土)~ 12 月12 日 ( 日)
休館日:9/27、10/25、11/22
時間:9:00 ~ 21:00
料金:観覧無料
会場:横浜市民ギャラリーあざみ野 エントランスロビー