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美術・写真

第58回神奈川県美術展

第58回神奈川県美術展

1965年から続く県内最大規模の公募美術展「神奈川県美術展」。
新たな才能の育成と、美術の多岐にわたる分野で活動する愛好家が刺激し合い、また、作品を発表する機会を提供することを目的に始まった美術展です。

今年も全国から1,289点もの力作が集まり、厳正な審査を経て、平面立体、工芸、書、写真の4部門の大賞が決定しました。
今回は4名の大賞受賞者にお話を伺いました。

平面立体部門 平田守さん

「My IKEA painting work(花瓶とまつ毛と棚)/My Bacchus(Green)」

-大賞受賞おめでとうございます。今のお気持ちをお聞かせください。

大変素晴らしい賞をありがとうございます。大賞受賞の連絡がきた時はとても驚きました。

-アーティストへの道を選んだきっかけを教えてください。

美術について考えたり勉強したりすることによって、人生がほんの少し豊かになっていく実感があります。
自分はどちらかというと絵を描くのがあまり得意な方では無かったのですが、美術館などで作品を鑑賞するのはとても好きでした。
ある時、作品の一番近くにいるのは制作者であり、それなら自分もプレーヤーになれば一番間近で制作側のリアルを感じ取れるのではないか、
作品鑑賞の解像度が上がるのではないかと思ったのが最初のきっかけですね。
その後は美術予備校での浪人や美大で研鑽を重ねました。
しかし、卒業後は明確な目標や基準、ゴールが見えない霧靄の中を歩み始めたことを実感しましたが、これこそが制作者側のリアルであり、本当の意味で美術ファンから制作者側の人間になったんだなぁと今は思っています。

-今回応募しようと思ったきっかけは何でしたか?

まず150号という比較的大きな規格の作品を実物審査してもらえるのが魅力的だと思いました。
また、5月に自分が普段制作で使用しているスタジオで展覧会を開催したのですが、その時に偶然150号を描いていて、応募のMaxサイズが150号だったので、それもタイミングが良かったですね。
もう一点のスチール製金具で固定されているMy Bacchus ( Green ) という作品は、4月から6月中旬にBankART AIR 2023 SPRING OPEN STUDIOに参加していた時に制作した作品で、その時はまた違う展示形態だったのですが、ふと150号の作品との相性が良さそうだなという、最終的な判断は直感だったんですけど、それが良い評価に結びついて良かったです。

-作品のコンセプトや制作中に込めた想いをお聞かせください。

My IKEA painting work (花瓶とまつ毛と棚) :
(特に高級な)家具は中長期的に使用されることが想定されています。日本だと、例えば桐製の箪笥は、補修や定期的なメンテナンスをすることによって約100年持つと言われています。しかし、IKEAの家具は購入者自身での組み立てによってコストを抑え、また短期的な使用を前提とすることによって、一般的な組み立て方式の規格とは異なります。そのため、解体後は再び組み立てるのは不可能な構造となっているので、引越しの時に保証対象外となったり家から出せないケースもあるようです。
このような長期的な使用を前提としない家具(および周辺のインテリア)を、環境さえ整えれば長期的に残せる記録メディアである油彩画で描くという、矛盾や歪さに興味をもち制作しました。
また、IKEAの店舗に行くと、まるでモチーフかの如く瓶や造花、照明などが既にセットがされていて、自分の意志で操作することが難しいモチーフが常時設置されているかのような空間である点も面白いと考えています。
My Bacchus ( Green ) :
タイトルのとおり、お酒に関連する作品ですが、まず、この作品はスチール製の金具に付いている4点のハンドルを回すことによって、キャンバスの水平垂直をコントロールすることができる作品となっています。
一般的な絵画作品は、壁に絵を設置することによって、建物の壁との水平垂直と建物の床との水平垂直を水準器などを用いて割り出します。(これによってキャプションの位置も決まったりします。)
しかし、鑑賞する人は皆、各々の身体的なズレがあり、数値的には水平垂直であったとしても、主観的かつ心理的な歪みやズレを知覚してしまいます。それは、作者である私も同様に、数値上の水平垂直ではなぜか真っ直ぐに感じないことは当然のように起こるのです。また、絵画空間(パースペクティブや色価)に意図しない歪みがあれば、それを知覚した脳が影響を受けて錯覚を起こすこともあり、細心の注意が必要となります。そこで、以下のプロセスで作品を設置します。
1. 金具を壁に取り付ける。(絵画そのものが固定された状態でも問題ない)
2. レーザー水準器やデジタルアングルメーターを使い、金具の水平垂直を測る。(上下左右の4点以上)
3. 金具が壁もしくは床面に対して水平垂直になったことを確認した後、4箇所のハンドルを回してキャンバスの水平垂直をスチール製金具と同様に測る。
4. 壁、金具、キャンバスの水平垂直が出た後、設置者である私が作品の前に立ち、主観的に水平垂直だと思う箇所にキャンバスがくるまで4箇所のハンドルを操作して、絵画に気持ちいい力がかかるまで微調整を施す。
以上のプロセスによって鑑賞者は作者である私の水平垂直感を下敷きにした上で、絵画を鑑賞することができるのです。
また、画題であるバッカスはお酒の神様であり、酔っ払いです。自分はとてもお酒が好きなのですが、三半規管がアルコールによって乱された場合の水平垂直感のズレを楽しむことも作品のテーマには含まれています。

-一番こだわった点、また苦労した点等を教えてください。

キャンバスに油彩というメディウムを選択して絵画を描いたのが、実は予備校での浪人以来の約10年ぶりで試行錯誤の連続でした。少々絵の具の使い方という点で専門的になりますが、趣味っぽい油絵具の使い方ではなく、自立した表現としての油絵具の使い方の中に趣味性を出すことに苦労しました。そのため、こだわった点としては、やはり油彩らしい筆致や厚塗りの際の絵具の硬さや流動感ですね。画面上での艶のある箇所や、絵具がかすれた表情など、ちょうど良く画面上に力が加わった瞬間を見定めることにこだわりました。

-今後の活動、将来の目標をお聞かせください。

10月の後半頃に個展を予定しています。
11月にはSuper Open Studio という相模原近辺にある、普段は公開されていないアーティストたちの制作現場を一斉に紹介するイベントです。私は「Penguin’s House Green」というスタジオで制作していますので、そこで作品を展示する予定です。
まずはそれの2つの準備をする感じですね。

-来年度の応募を目指す皆さんに是非、ひとことメッセージをお願いします!

「出してみようかな」と思ったときが応募する絶好のタイミングです。
自分の「気持ちいい感じ」を作品で出せれば、きっと共感してくれる人と繋がるはずです。
次の良い作品との出会いを心から楽しみにしています。


《プロフィール》
平田 守(ひらた まもる)
略歴
1989年 埼玉県生まれ
2019年 多摩美術大学大学院 美術研究科 絵画専攻修了

主な展示
2018 年
絵画・運動(ラフ次元)、 四谷未確認スタジオ、 東京
ドキドキ! 夏の新美ダウンロードキャンペーン、 SHINBI GALLERY、 東京
いつだって画像はコピーされる事を望んでいるかもしれない、 Blan Class、 神奈川
2019 年
BankART AIR 2019 0PEN STUDIO 、BankART Station、 神奈川
2022 年
ときめき絵画道、 HB.Nezu、 東京
2023 年
素的な力のかかり方、うららか絵画祭にて開催、 The 5th Floor、東京
隙間の掻き傷、Penguin’s House Green、神奈川
BankART AIR 2023 SPRING OPEN STUDIO、BankART Station、神奈川

アーティストインレジデンス
2019年 BankART AIR 2019 0PEN STUDIO
2023年 BankART AIR 2023 SPRING OPEN STUDIO

受賞歴
2017年 多摩美術大学 卒業制作 福沢一郎賞

工芸部門 間瀬春日さん

「おへそクッション」

-大賞受賞おめでとうございます。今のお気持ちをお聞かせください。

コンペへの出品自体が初めてだったので結果を聞いた時は驚きましたが、とても嬉しかったです。今後の制作へのモチベーションとなりました。

-アーティストへの道を選んだきっかけを教えてください。

大工と手書きの看板職人だった祖父たちのように、一生をかけて極めていけることを仕事にしたい、と思ったことがきっかけです。漆を選んだのはその素材の面白さや艶の美しさに惹かれたからなのですが、小さな頃から手を動かすことが好きで、漆の工程の奥深さもあり、のめり込んでいきました。漆の世界はとにかく技法や素材が多く、まだまだ学ぶことばかりです。

-今回応募しようと思ったきっかけは何でしたか?

進学と就職で6年ほど神奈川を離れていたのですが、自分の進路上、久しぶりに地元へ戻ってくるにあたり良い機会だと思い応募しようと思いました。本格的に漆芸の道で生きていくことを決めたタイミングでもあったので、腕試し的な意味合いも強かったです。

-作品のコンセプトや制作中に込めた想いをお聞かせください。

私は曖昧なものや、意識、形の縁をテーマに作品制作をしています。あるとき、部屋に置いていたクッションを抱き枕のようにして寝ていたところ、お腹の前に抱くと自分の身体が延長されたように感じ、体の拡張を感じたこれにも、人のようにおへそがついていたら面白いかも…と思いそのままを形に起こしました。実際にはクッションの形は流動的で、作品のような張りのある状態を保つことはないのですが、漆には理想の形を固定する力があると考えているため、曖昧な形の一瞬を捉えて作品にしました。おへそは、当時一緒にシェアハウスに住んでいた友人のものを観察させてもらいました。
どうしても伝統工芸であったり、食器などに使われるイメージの強い漆ですが、私はこの素材の持つ艶に着目し、クスッと笑えるようなユーモアのある作品を作りたいなと思っています。

-一番こだわった点、また苦労した点等を教えてください

この作品は漆の技法の1つである「呂色上げ」という技法を用いています。このような艶を出すためにはおよそ20層にもなる漆の膜をそれぞれ研ぐことが必要です。最後は細かな凹凸の全てを小さな炭で研いで行くのですが、一回の研ぎに何時間もかかります。そのあとで手の平や指を使って全体を磨きます。ものすごく大変な作業ではあるのですが、隅々まで手を入れ切ったという自負があるので、この漆ならではの艶に注目してほしいです。

-今後の活動、将来の目標をお聞かせください。

現在は東京藝術大学大学院の文化財保存学専攻に所属しており、制作の側、漆工品の修復の研究をしています。制作においても修復においても歴史や漆に関する膨大な知識が必要なのですが、今後も知識を身につけ、技術を磨き、作家兼修復者として漆に触れ続けていきたいと思っています。

-来年度の応募を目指す皆さんに是非、ひとことメッセージをお願いします!

神奈川県美術展はステートメントの提出等もなく、作品のみでの審査となりますが、その分自分なりのこだわりを詰めれば評価していただけると感じました。出品へのハードルも低く出しやすかったので、皆様もぜひチャレンジしてみてはと思います。

《プロフィール》
間瀨 春日
略歴
1998年 神奈川県生まれ
2021年 金沢美術工芸大学 美術工芸学部工芸科 卒業
2023年〜  東京藝術大学大学院美術研究科 文化財保存学専攻 修士課程在籍中

書部門 上田昌子さん

「新幹線(東日本 Ver.)」

-大賞受賞おめでとうございます。今のお気持ちをお聞かせください。

最初はドッキリかと思いました(笑)。昨年初出品で、今年2回目だったため、いつかは…!という憧れもありましたが、まさかこんなに早くいただけると思わず、大変驚いております。

-アーティストへの道を選んだきっかけを教えてください。

アーティストと言うには程遠くお恥ずかしいのですが、やはり書くことが好きなのだと思います。学生時代は高校の書道教員を目指しておりましたが、途中で考えが変わり独身時代は会社員と並行して何とか続けてきました。ここまで続けて来られたのは、学生時代から良い恩師や仲間に、そして理解のある家族に恵まれたことが一番です。

-今回応募しようと思ったきっかけは何でしたか?

神奈川県民となって9年目で心苦しいのですが、県美術展の存在は最近知ったため、昨年初めて出品しました。最初は本当に気軽な気持ちでした。昨年も入選させていただき、展覧会を拝見しましたが、多種多様な作品が展示されており、充実していたことが記憶に残っております。

-作品のコンセプトや制作中に込めた想いをお聞かせください。

現在4歳半になる息子が子鉄(電車好きな子ども)なため、影響されて詳しくなり、私もママ鉄になりつつあります。そのため、鉄道と書道をコラボできないか模索中で、今回の作品もその一環です。新幹線のぞみの名付け親である作家の阿川佐和子さんのインタビュー記事から「日本国鉄の列車の名前は歴代全て大和言葉でつけられてきた」というお父様からのアドバイスの話を知り、それならば息子も好きな新幹線の名前が入った和歌を選んで扇面(扇形の料紙)にかなで書いてみよう、と思ったことがきっかけです。今回は額や紙のサイズの都合上、東日本分しか入らなかったため、このようなタイトルになりました(笑)。

-一番こだわった点、また苦労した点等を教えてください。

扇面の貼り付け位置や枚数等のバランスに試行錯誤しました。できるだけ今回は色の数は少なくして、シンプルでカジュアルなものを狙いました。
背景のミントグリーンの紙は黄緑の紙と迷いましたが、最終的に夫に聞いてみて「冒険してみよう!」とこちらの色に決定しました。2段目と3段目の重なった扇面には輪郭が分かるよう、銀の覆輪(フクリン/筋)で囲っていただいております。

-今後の活動、将来の目標をお聞かせください。

和歌や俳句などを書いた古典的な“かな”も日本独自の文化で大切ですが、今後は母親目線の作品や鉄道と書道のコラボも取り入れ、今の私にしかできないことに取り組んでいきたいです。敷居が高いと思われている書道ですが、現在私が積極的に取り組んでいる調和体(漢字かな交じりの書)を通して誰でも読めるような書体で、絵画のように身近に感じてもらえるような作品を楽しみながら制作していきたいです。

ー来年度の応募を目指す皆さんに是非、ひとことメッセージをお願いします!

私のような者が偉そうなことは申し上げられませんが…。会場では素敵な作品が多く展示される中で圧倒されると思いますが、ぜひ最後まで“楽しんで”作品を制作していただけたら良いのではないでしょうか。

《プロフィール》
上田 昌子 (うえだしょうこ)
Instagram(https://www.instagram.com/shoko0621555/)

・略歴・受賞歴等
1985年生まれ 熊本県出身 神奈川県在住
2008年 大東文化大学卒業、板橋顕彰区民文化奨励賞
日展入選2回
読売書法会 幹事
日本の書展 秀抜選作家
書道香瓔会 理事
原 奈緒美先生に師事

写真部門 餌取裕也さん

「山岳独行」

-大賞受賞おめでとうございます。今のお気持ちをお聞かせください。

続けてきた取組に結果が出て、大変嬉しく思います。

-アーティストへの道を選んだきっかけを教えてください。

写真を通じて自身と向き合い、目にした自然風景と心象風景の一致を写真作品として多くの方に御覧いただきたいと考えたことがきっかけです。

-今回応募しようと思ったきっかけは何でしたか?

SNS上で審査員の方の告知を拝見し、美術的な視点から見て私の取組が通用するのか確認・挑戦するつもりで応募しました。

-作品のコンセプトや制作中に込めた想いをお聞かせください。

山岳独行というタイトルは、この作品だけではなく、登山中に私が目にし、撮影した一連の写真群の題としています。
その中で、今回応募した作品は登山中に感じる想いを如実に表現した写真です。
重い撮影機材を背負い、上がらない足を無理やり上げ、自らの意思で極地に身を置き、無限に登り続けなければならず辛く感じても登山する理由は、山で目にする光景が美しいからに他なりません。
そのような心象と眼前の光景の一致を撮影したものであり、先が見えなくとも進み続けるという心持ちを表現した作品です。

-一番こだわった点、また苦労した点等を教えてください。

この写真は雪山で撮影しました。撮影用の中判フィルムカメラなどの撮影機材を担いで撮影地に向かうことが大きなハードルでした。この撮影を行うために何度も北アルプスへ登山に出かけ、トレーニングを積んで臨んでいます。
私の被写体は自然風景ですから、納得のいく描写を得るために試行回数を重ね、時には運を天に任せることも重要であると考えており、自宅に戻りフィルムを現像して結果を確認しつつ、数年の間、妥協せずに登山を重ねてこの結果に辿り着いた点が最もこだわったポイントと言えます。

-今後の活動、将来の目標をお聞かせください。

複数のプロジェクトで通年撮影しています。
今回賞を頂いた「山岳独行」、故郷の風景と過去の記憶を紐づけて表現する「Hokkaido」、霧の中、曖昧となった風景を撮影する「in the mist」、これらのプロジェクトを継続しつつ新たな観点を見つけて生涯撮影し続けたいと考えています。
「山岳独行」、「Hokkaido」は賞を頂きましたので、今後は「in the mist」で結果を出せるように取り組みつつ、新しい視点からいつまでも取組を続けていきたいです。

-来年度の応募を目指す皆さんに是非、ひとことメッセージをお願いします!

気負うことなく、自分ならではの目線を捉えた作品で応募してください。
継続が最も困難です。結果が出なくとも続けてください。共に頑張りましょう。

《プロフィール》
 餌取 裕也

・略歴・受賞歴等
略歴
 1989年 北海道生まれ
 2011年 小樽商科大学卒業
受賞歴
 第44回 船橋市写真展 北井一夫賞
展示
 2021年 個展「Friction reflection」
 2022年 個展「Hokkaido」

神奈川県民ホールギャラリーでは、厳正な審査を経て選ばれた312の入賞、入選作品を、
1期展(平面立体部門)、2期展(工芸・書・写真部門)にわけて展示します。

1期展(平面立体部門) 9月6日(水)~9月17日(日)
2期展(工芸・書・写真)9月20日(水)~10月1日(日)
場所:神奈川県民ホールギャラリー
時間:10:00~18:00 ※各最終日は14:00まで

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