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伝統芸能

【伝統芸能】能面・狂言面 多彩な表情を見せる美しき“道具”

【伝統芸能】能面・狂言面 多彩な表情を見せる美しき“道具”

日本の古典芸能である「能」と「狂言」は、仮面劇とも言われます。その理由は、多くの曲、能でいえばおよそ8割で演者が仮面をつけて舞うからです。今回は神奈川県内で約50年にわたって、舞台に欠かせない面(おもて)を打ち続けている能面・狂言面作家の岩崎久人(いわさき・ひさと)さんにインタビューしました。
(取材協力:OTABISHO 横浜能楽堂)

女面に魅せられて

「石王尉(いしおうじょう)」 作:岩崎久人

能面は代表的なものだけでも50種類以上、細かく分けると約250種類ほど。室町時代から江戸時代初期にかけて作られた由緒ある能面は「本面」と呼ばれ、各家が大切にしています。

―岩崎さんが能面を打つようになった、きっかけから聞かせてください。

岩崎 テレビで薪能を見て、女面が美しいな、欲しいなと思って。子どものころから手先が器用だったので自分で作ってみようと、木彫教室を探して通い始めました。ただ、先生も面打ちの経験はなかったので、自由に作らせてくれる指導法でした。3年ぐらい毎週通って、柳などの生木を材料に独学で能面のような面を作って作品展へ。そのときにデパートで販売している能面を見て、あまりに高額でびっくり。これなら自分にもできると、30歳目前で本格的に面打ちの職人になりました。

―能面は本面を手本にして打った「写し」と呼ばれるものが多いそうですが、岩崎さんの制作方法は。

岩崎 多くの作家たちが何百年もの間、本面の寸法で型紙を作り、寸分たがわぬ「写し」を打ち続けています。ですが、私は型紙も使わないし、寸法もほとんど測りません。檜材などに直接輪郭線を書いてノミで荒取りをし、寸法取りをして、正面や横から見て成形する。面の種類にもよりますが、表面を1日で仕上げることもあります。

―それは、かなり早いですね。どれぐらいの作品をお持ちなのですか。

岩崎 表面ができると裏仕上げといって、裏側をノミでくり貫いて整えます。さらに檜のヤニ抜き・面裏の漆塗り・下塗り・上塗り・彩色と工程は続き、女面なら1か月ぐらいで完成です。作品は、自宅に200~300面ほどあるかな。持ち歩くときはこうして、能装束の古布などで作った袋に入れています。

月替わりで間近で見られるぜいたく

2025年10月の展示は「小面(こおもて)」3面 作:岩崎久人

2026年3月までの期間限定でランドマークプラザ5階にオープンしている、能・狂言を紹介するギャラリー&ショップ 「OTABISHO 横浜能楽堂」。岩崎さんはこちらで毎月3点ずつ、能面を展示しています。

―今月は「小面」の展示ですね。

岩崎 そう、「若女(わかおんな)」や「万媚(まんび)」などとともに知られる代表的な女面の一つ。ふっくらと肌の艶がいい、乱れのない長い髪が象徴の若い女性の面です。展示ではぜひ、3面を見比べてみてください。若さの中にも、年の頃や表情の違いが分かると思います。

「小面」 いずれも作:岩崎久人

岩崎 私は能面を美術品でなく道具、作り手は作家でなく職人だと思っています。面は演出家そのもので、シテが面を選んだ時点で舞台が決まると。だから、“能面みたいな顔”なんて言葉もありますが、むしろ“舞台上で動く面”を打ちたいと思っています。

―岩崎さんは、能舞台にも立つのですよね。

岩崎 面を打つなら謡や仕舞も演じられたらいいと勧められて、金春流シテ方の守屋与四巳さんに師事し、これまで3度舞いました。以前は幼少期に見た神楽や薪能をはじめ、3,000~4,000番見てきた能・狂言の記憶を生かして作品を作っていました。今は、もし自分が舞うなら付けたい面は……と職人としての心持ちにも変化が。自作の面を付けて舞うシテは私だけ、そう自負しています。

傘寿、そしてこれから

「小面」 作:岩崎久人

筆を使って、小面の額から流れるように描かれている3本の髪。全工程を自ら行う、岩崎さんの技が光る部分です。OTABISHO 横浜能楽堂の展示では、日頃は目にすることができない細部まで間近で見ることができます。

―ノミ跡が残る裏側も興味深かったです。これからどんな面を打ってみたいですか。

岩崎 11月4~9日には地元の横浜市磯子区で傘寿記念「能面展」を開催し、「童子」など20点の面の展示販売しました。能面制作に関しては、「面に舞わされた」と言われるほどシテを安心させるもの、逆に表情がリアル過ぎて舞いづらいと思われるもの、どちらにも引かれています。新たな刺激がもらえる、参考になる面に出合いたいです。

文/志村麻衣(編集ライター)

岩崎久人(能面・狂言面作家)
公式サイト:こちら 
取材協力:OTABISHO 横浜能楽堂  こちら 

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