靴としっかり向き合い、つくるように修理する[ハドソン靴店]
ものづくり
ことづくり
匠の風景
今号の現場
【職種】靴職人
【匠名】ハドソン靴店 村上塁
【場所】横浜・神奈川区
丁寧に、じっくりと、思いをこめて。
手仕事を生かしたものづくりの現場を紹介するコーナー。
今回は、世界中から他店では修理できないと
“断られた”靴たちが集まってくる、
まさにシューズ界の救世主ともいえる
靴修理工房「ハドソン靴店」へ。
横浜で最後の手製靴職人といわれた先代の思いを継ぎ、7年前に「ハドソン靴店」の二代目となった村上さん。工房内の棚には修理を待つ靴が並び、その周囲には革包丁、ワニなど出番を控えた靴道具たちがあふれている。先代の動きを見て技術を盗みつつ、細かい修理についてはほとんど独学で身につけた村上さん。「革包丁も自分で研ぎ、針や糸も靴に合わせ自分で手を加える」という。「お客様の靴に対する思い、要望に親身になって耳を傾けることを大切にしているため、事前打合せはお客様が納得するまでやる」と決め、そこにとことん時間を費やすのがハドソン流だ。“打合せの多い靴修理店”…靴に注ぐ愛情はどこまでも深い。
「ハドソン靴店」の靴修理は、長い“受付”から始まる。とくに初めてのお客様の場合は1足の靴に2〜3時間かけて行われるという。「技術はもちろんですが、わざわざインターネットなどで調べて当店に辿り着いていただいたわけですから、お客様に親身になって修理を行うことは当然だと思っています。当初は周囲の人たちから時間を無駄にしているのでは? 稼ぎを減らすのでは? と心配の声もありましたが(笑)。お客様が納得するまでとことん受付に時間を費やそうと決めました。そうやって一度信頼していただければ、次から時間は少しずつ減っていきますしね」。
村上さんの修理は独学だ。もちろん先代をはじめ、それまで下積み経験を重ねてきた中で得たものが基盤となっているが、その日の靴と向き合う…そこから先は職人と靴との一期一会の関係が生まれるからだ。
しばらくそのサンダルを眺め、手に取り、作業台に置いてはまた眺め、道具を見つめ、沈黙が続く…。そしてようやく修理方法が決まった。
「このサンダル、表はレザーですが裏がゴム製なんですよね。だから通常の目打ちで穴を空けてもゴムはすぐ閉じてしまう。そこをどう解決するかで悩んでいました」と。進め方が見えたとはいえ、ここからさらに靴の状態を確認しながら試し試し進めていくのだそう。
そんな村上さん。どんなオーダーにも応えるわけではないそうだ。「靴の雰囲気を壊してまで修理はしたくないんです。私は元々製造が本職なので、その靴にどれだけの職人が、どんな思いで作っているかが分かってしまうだけに付け焼刃のような修理はできません。本当に自分がお受けできない時は申し訳ありませんがお断りすることもあります」。それも真摯に靴と向き合っているからこその姿勢だと思う。
「ハドソン靴店」に足を運んだことがある方なら、村上さんが使っている道具たちの美しさにも気づくだろう。例えば、こちらの革包丁。
「職人にとって道具は命。私は実際に浅草にいらっしゃる研ぎ師の方を訪ね、砥石を使った研ぎ方を習い、自分で刃を研いで使用しています。この革包丁を自分でちゃんと研ぐことができるようになってから靴職人は始まるといわれているので。靴修理には、そういった土台が大事なんです」。
そのほかにも村上さんは、修理する靴に合わせて針や糸も自分で手を加えたものを使用している。
先代が使用していた道具入れ。
先代が使っていたという機械もしっかり現役で頑張っている。
今後の予定を村上さんに聞いてみると「来年になりますが、この店から200〜300メートル先にあるマンションの一室で、受注生産の靴店をオープンします。パターンオーダーで72足ほど用意する予定です」と、ハドソンファンにはうれしい答えが返ってきた。そのシューズブランドロゴもすでに決定している。
「自分が靴職人となってこの店を受け継いだことでより実感したのですが、昔の日本の職人さんたちは、本当に命がけで仕事をされていたんだなと。自分も職人として、“プロ中のプロ”とお客様に評価していただけるよう丁寧に仕事をしていきたいです」と村上さん。きれいに手入れされた道具たち、活躍する出番を待つ大きな機械、何よりも松ヤニの付いた村上さんの手が、靴への愛情を物語っている。