港町・横浜を鞄づくりで今へ、未来へ発信する[横濱帆布鞄]
ものづくり
ことづくり
匠の風景
今号の現場
【職種】鞄職人
【匠名】横濱帆布鞄 鈴木幸生
【場所】横浜・万国橋
丁寧に、じっくりと、思いをこめて。
手仕事を生かしたものづくりの現場を紹介するコーナー。
今回は、船舶などに使用されている特製ビニロン、
国産の綿帆布と素材にこだわり、横浜の市外局番
「045」のブランドシグネチャーでも
お馴染みの「横濱帆布鞄」へ。
シンプルで機能的なものは美しい。その言葉をそのまま形にしているのが「横濱帆布鞄」だ。余計な装飾は省き、素材やパーツに徹底的にこだわる。主に使われる素材は、海上自衛隊の船舶などに採用されているビニロン製の艦船帆布と、昭和初期から海外輸出に成功した歴史を持つ国産綿帆布の2種。「他にはないバッグをつくりたいと考え、港町・横浜ならではの素材に着目しました。究極のアウトドアスペックで、大量消費ではなく質の高いものを発信していきたい」と鈴木さん。丈夫で高品質な素材、握りやすいハンドルなど使い手の感覚を考慮したディテール、そして美意識を感じさせるデザイン。万国橋の袂、工房に隣接したショップでぜひ“横浜オリジナル”を手に取ってみてほしい。
前職ではアパレル会社に勤務していたという鈴木幸生さんが、2013年に“自分でものづくりをしよう”“ほかにはない横浜ならではのものを”と思い立ち、創業したのが「横濱帆布鞄」だ。アパレル会社勤務時代に、ひとつのデザインが中国などで何十万個も大量生産される現場を目にしてきた鈴木さん。自分のブランドをスタートさせるにあたり、“大量消費ではない、長く使ってもらえる質の高いものづくり”に徹底することに決めた。
工房内に入ると、主役となる帆布生地に色とりどりの糸、ジップアップなどのパーツ類、サンプル品のバッグなどさまざまなものが視界に飛び込んでくる。朝いちばんだったにも関わらず、鈴木さんをはじめ、工房のスタッフたちによって布の断裁やミシンがけなど、すでに黙々と作業が始められていた。
頑丈なビニロン帆布に穴をあけ、そこにパーツを装着していく。こういった手作業によるいくつもの工程を経て、ひとつのバッグを完成させていく。
下の写真は、レザーハンドルの面取りという作業。「横濱帆布鞄」を取り扱っている店のスタッフから「女性のお客様からレザーハンドルの縁が手にあたるという声があった」と聞き、すぐに修正。その時から、この面取りという工程がひとつ追加された。
作業的に面取りしない方が、より数多くつくることができる。しかし「使い手が満足のいく、よりよいものを」という鈴木さん考えからこの面取り作業は続けられている。「悪い部分を声にしてもらえることはとても有難いと思っています。よい部分は当たり前のことなので誰も褒めてくれませんけれどね(笑)、でもそれでいいんだと思います」。日本人はよりよくするために工夫することが得意、という鈴木さんは取材日の前日に600本の面取りを済ませたという。両サイドで2方向あるので計1,200の面取りをしたことになる…よりよくするためのひと手間…そこに費やす時間は大きい。
こちらは、約120度の熱でブランドシグネチャーの「045」などをレザーに刻印するプレス機。何気なく使うバッグのハンドル一本一本に、このような地道な作業が繰り返し行われている。
「横濱帆布鞄」が大事にしている素材についても話を伺った。「このブランドを立ち上げる際、横浜らしいものとはなんだろう?と考えました。横浜は港町、昔は造船工場もあった場所です。そこで今使用している2つの素材『森野艦船帆布』と『武鑓(タケヤリ)綿帆布』に巡り合ったんです」
ひとつめの「森野艦船帆布」は、1914(大正3)年に帆布・ロープを中心とした船具加工業として横浜で創業した(株)森野帆布船具工業所のもの。海上自衛隊の船舶などに採用されている森野帆布船具工業所オリジナル・ビニロン製の艦船帆布4号である。もうひとつの「武鑓帆布」は、1888(明治21)年創業の(株)タケヤリのもの。その昔、横浜に横濱帆布(株)という会社があり、そこは昭和に入り海外の市場に着目し、当時満州・支那をはじめアフリカ・豪州ほか世界各国に日本製の綿帆布の輸出を成功させた。横浜の地から良質の日本製綿帆布が世界に輸出された…その主力帆布生産工場として関わってきたのが、岡山県倉敷にある武鑓織布工場(現在の(株)タケヤリ)だったのだ。(横濱帆布鞄ホームページ「Material & Parts」より)
中でもビニロン製の素材を使用するにあたって憂慮することはあった。耐塩性、防炎性、さらに紫外線にも強い耐光性に優れた素材ではあるものの、果たしてそんな素材がバッグづくりに適しているのか?…「それらの性能自体は、普段使いするバッグに必要とされてはいません。でも、横浜ならではの、ここにしかないオリジナルをつくると決めた時点で、港町・横浜が発信する日常にはない究極のアウトドアスペックを追求したかった。そこで思い切ってこの素材を使用することに決めました」と鈴木さん。
現在はデザイン、プロデュース業がメインとなる鈴木さんだが、ミシンがけもお手のものだ。足でペダルを踏みながら、強度な素材を丁寧に縫いあげていく。
「既製品の帆布鞄は数多くあると思います。でも、私たちがつくっている製品には『横濱帆布』という筋書きがある。そのアイデンティティに自信を持ちながら、使い心地のよさ、もっている喜びをより使い手となる方に味わっていただけたら…その思いで毎日工房に立っています」
工房の隣にあるショップも拝見させていただく。観光地・横浜ならではで外国人客が増え始めたことも踏まえ、店内の装飾は「横濱」だけにとどまらず、さらに定義を広く「和」を感じさせるテイストをプラスした試みが至るところに施されていた。例えばレジ前には、この暖簾。家紋のようなマークは、ブランドシグネチャーの「045(〇四五)」だ。
レジの脇にはミシンが置かれ、店内で製品を見ながら、日本のものづくりの現場を覗くことができる。
さらに店内には、3畳ほどの創作茶室「芭和居庵(はわいあん)」も。“NO BORDER”をコンセプトに、和み居合わせる庵の意をもち、お茶会のみならず、作家の作品展示や展示販売なども行われる。
これからシーズンを迎える行楽や旅行にぴったりのトートバッグやボディバッグ、バックパックも多彩にそろう。横浜港からの潮風が届く、ロケーション的にも恵まれたこの場所で、自分に合った“横浜オリジナル”に出会ってみてほしい。