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駒井哲郎の画から文月悠光が言葉を生み出す、煌めきの宇宙

駒井哲郎の画から文月悠光が言葉を生み出す、煌めきの宇宙

行って、みて、感じるアートの世界
File.7
 横浜美術館『駒井哲郎—煌めく紙上の宇宙』 関連イベント「画(え)から言葉が生まれるとき」

井上みゆき(コピーライター)

駒井哲郎は、銅版画を通して日本の美術界に新しい版画表現とその魅力を認知させたパイオニアのひとり。なのだけど、個人的には、駒井が参加していた『実験工房』というジャンル横断的な活動に興味をひかれる。作曲家、評論家、照明家、写真家、エンジニア、造形作家など多彩な才能が集まっていたと聞いて「それって、バレエ・リュスみたいじゃん!」と、勝手に盛り上がってしまった。

20世紀はじめにパリを中心に活動したバレエ・リュスは、バレエダンサーのニジンスキーをはじめ、コクトー、サティ、ピカソ、ローランサン、ココ・シャネルなどが集った才能のるつぼ。日本にもそんな素晴らしく前衛的な活動があったとは!
11月10日(土)、詩人の文月悠光さんをゲストに招いた関連イベントが開催されたので、ジャンルを越えたアートの世界に触れてみたいと思い、出かけてみた。

*駒井哲郎(撮影:河口清巳)

イベントの前に訪れた展示室でまず目を奪われたのは、駒井哲郎のポートレイト。失礼ながら、なんてイイ男!
1920年(大正9年)に現在の中央区日本橋に生まれ、慶応幼稚舎から中・高校を経て、東京美術学校(現・東京藝術大学)へ入学。華麗なるプロフィールである。大学で教鞭をとっていた時は「白いワイシャツに紺色のスーツ、ネクタイ」と、服装にも気を使っていたそうだ。作品の自由さ、ある種の奔放さは、作家の生まれ育ちと無縁ではないのだろうな、と勝手に思いを巡らせる。

そして、トークと詩の朗読「画(え)から言葉が生まれるとき」開幕。
「詩人として活動しているので、美術館のイベントに招かれるのは珍しいですね」と、文月さん。そう言いつつも、中学、高校と美術部に所属していたというだけあって、美術の世界にも造詣が深く、丁寧に言葉を選びながら話をつないでいく。

展示中の『闇のなかの黒い馬』特装本は、埴谷雄高の短編集であり、駒井が挿絵を描いた“作品”。埴谷から依頼を受けた駒井が、小説を熟読した上でその世界観を視覚化した挿絵が収められている。
「駒井哲郎という名前は知らなかった」と言いながら、文月さんの本棚には『闇のなかの黒い馬』が並んでいたらしい。
「特装本ではないけれど、学生時代に古書店で見つけて、偶然購入していたんです」
ジャンルが違えど才能と才能で惹きつけられる縁があったのか…。

日本には銅版画の伝統がなかったため、駒井は独学で技法を学んだ。新しいジャンルゆえに工房がない、つまり職人もいない。このため詩画集『マルドロオルの歌』出版にあたっては、駒井は自らプレス機を使い、350部の発行のために2000枚以上の画を刷ったという。詩と画が絶妙のバランスで配されているのは、画家が1冊ずつ“手作り”したこととも関係しているようだ。

「詩と画という関係を越えた迫力を感じます。どちらが主でどちらが従、という関係が固まっておらず、拮抗していることに惹かれました」
と語る文月さんは、『からんどりえ』から選んだ1編「球根たち」を朗読。

その後も学芸員とのトークと詩の朗読が続き、文月さんと駒井哲郎の距離が近くなっていくのを感じる。

最後に文月さんが選んだ駒井作品は《時間の迷路》(1952年)。
この画に寄せて新しい詩を書き下ろし、自ら朗読してくださった。
詩の中には、企画展の図録に収録された駒井のテキストが織り込まれているとか。作詩にはそんな楽しみ方もあるんだな、と、ちょっぴり敷居が低くなった気分。

質疑応答で、興味をひかれたテーマを1つご紹介。

Q 文月さんと同世代の中で、駒井のようなジャンル横断的な交流はあるのでしょうか?
 銅版画がジャンルとして確立されたことは素晴らしいと思いますが、他のジャンルと距離ができてしまった気もして、ちょっと淋しいですね。『実験工房』のような、ジャンルを越えて新しいものを生み出そうとする力、その交流の中で発刊された詩画集が50年以上経った今も振り返られているのは、すごいことだと思います。
私自身は、世代を制限せず、既に亡くなった作家や画家の作品とも関わり、共同制作をしてみたいと思っています。

イベント終了後は、美術館内のCafé 小倉山にて展覧会限定メニュー「モノクロバニラカフェモカ」。生クリームの上にのせたパリパリのチョコを、混ぜて溶かしていただく。
駒井が憧れたパリの味?
詩人や音楽家と交流しながらエスプリのきいた作品を生み続けた駒井の象徴?
とりあえず、深まる秋の風景に似合っている気がした。

★こちらのイベントは終了いたしました。
《駒井哲郎—煌めく紙上の宇宙》
会期:2018年12月16日(日)まで
会場:横浜美術館
休館日:木曜日
開館時間:10:00〜18:00 *11月23日(金・祝)は20:30まで
(入館は閉館の30分前まで)

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