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港の見える丘 ー 変わりゆくもの、そして残るもの
音楽
2021.11.15

港の見える丘 ー 変わりゆくもの、そして残るもの

小学校から高校まで横浜インターナショナルスクール(YIS)に通っている間、京浜東北・根岸線石川町駅から「港の見える丘公園」までの20分くらいの道のりをアメリカ製の重たいチェロケースを抱えて何度も登ったのを今でもはっきりと覚えている。(今振り返ると良い筋トレだったのかもしれない!)元町を通り、外国人墓地の横の道の階段(傾いている段もあり、雨の時は滑るので要注意)を登り、息をハアハアさせながら頂上に到着する。東横線や副都心線直通の便利なみなとみらい線はなく、「アメリカ山公園」と呼ばれているところも荒地のような場所でフェンスで囲われており、そのエリアに入ることは友達の間では肝試し扱いだった。今アメリカ山公園を歩く時、昔の「荒地」を知っていることがちょっとだけ嬉しい。同じエリアの歴史の移り変わりの中にいることを感じる。

このコラムに寄せて、小学校の時から育った横浜エリアと自分の音楽活動について語りたい。今はチェリストとして、クラシックがメインではあるが、タンゴ、ジャズ、歌謡曲、ポピュラーなど幅広いジャンルの音楽を演奏する機会がある。特にクラシック以外のジャンルを演奏するきっかけになったのが、今もトリオで活動中のシャンティドラゴン3(トリオ)である。当時のグループ名は違っていたが、トリオの林あけみ氏(ピアノ・作編曲)と金剛督氏(サックス)とは中学や高校時代から一緒に演奏する機会があり、CD「夢ふた夜」でも高校生の時に共演させていただいた。先生と長年お呼びしてきたお二人と今こうして演奏活動ができることをとても光栄に感じる。

横浜インターナショナルスクールのキャンパスが2022年1月から本牧に移転してしまうこと、そして元町エリアを愛していた父が2017年に他界してしまったこともあり、特に近年元町エリアへの愛着が強くなってきている。父モーガン・ギブソンは詩人であり、日米で長年文学の大学教授をしていた。亡くなった後、文学の大学教授をしている母と共にいくつか父の詩の和訳をし、シャンティドラゴン3のライブでも即興演奏と共に朗読している。元町エリアを愛していた父がスターバックスで巨大なラテを飲みながらおしゃべりしていたことがとても懐かしく思い出される。

(港の見える丘公園)提供:JapanTravel.com

もともと私はアメリカ・ミシガン州で生まれ、4歳の時、スズキ・メソードでチェロを習い始め、6歳で日本に渡り、2年ほど千葉市美浜区の公立小学校に通った。団地に囲まれたエリアで、外国人はほぼ皆無に等しく、父も私もものすごく目立っていたのを覚えている。その後、英語力を伸ばしたいということもあり、横浜に引っ越してYISに通うことになった。私にとってその時の横浜(特にブラフあたり)はニューヨークのような存在だった。クラスには様々な国の生徒がいて、多種多様な英語が聞こえてくる。スコットランド、オーストラリア、ニュージーランド、デンマーク、ノルウェー、イギリス、中国、韓国、日本などなど。色々な英語に触れることのできる恵まれた環境だった。そして先生や生徒が話す英語はそれぞれの個性があった。(例えばニュージーランド出身の先生が「ディスク」と発音された時、それがいわゆる「デスク」だったのを理解するまでに時間がかかった。)今思えばカリキュラムだけでなくこのような経験から学んだことも多かった。音楽面でも、耳からの演奏を重視するスズキ・メソードからだんだん楽譜を読む勉強に取り組み、混乱を重ねながらもアンサンブルなどが少しずつできるようになっていった。

小学校高学年の時GLAYやスピッツなどのポップスも好きになった私は、近所でベースギターを学ぼうと思い、タウンページで見つけた教室に電話をかけて訪ねて行った。(その当時まだインターネット検索などはメジャーではなかった。)あいにくベースギターは上達せず、一時期のフィーバーで終わってしまったが、同じ教室でソルフェージュとピアノを習おうと思い、そこで林あけみ先生と初めて出会ったのである。ピアノの生徒としては、バイエルでさえたどたどしくかなりお粗末だったと思うが、金剛督氏とのジャズ演奏やオリジナル曲の演奏をしてみないかと誘われ、関内エリアのジャズのお店で演奏したり、集大成としては横浜美術館のホールで朗読なども交えた演奏会で共演させてもらった。チェロの演奏ではほとんどクラシックしか知らなかった私にとって、コードを聴きながら即興演奏をするというのは言語が変わるほどの衝撃であったが、理論が全くわからないながらもスズキ・メソードで育った耳は私を助けてくれたのかもしれない。お膳立てされた発表会だけでなく、ジャズ喫茶やホールで早いうちから本番の機会がもてたのは幸運であった。

演奏者は聴衆と共に音楽を作っていくが、コロナ渦でパーソナルな交流が可能なジャズ店のライブや、飲食も伴うサロンコンサートのようなイベントがことごとく中止となったり、規模が縮小してしまったことを大変残念に思う。人間は習慣の生き物であり、習慣が文化を作っていく。そういう習慣・文化・芸術が今後も継続していくためにも(感染対策に気を配りながら)演奏家として努力を続けていきたい。

シャンティドラゴン3は主に横浜エリアで活動しているが、ジャンルを超えた「歌」をテーマとしている。世界中のあらゆる文化には何かしらの歌が存在していると思うが、歌は文化の中で育ち、知らないうちに口ずさんでしまうようなものなのだと思う。その歌が生まれ育ってきた流れが、それぞれの演奏の場で新たに生まれる歌とつながっている。譜面だけでは説明がつかない歌い回しだったり、ちょっとしたタイミングであったり、歌うことで浮かぶ情景だったり、その歌に込められたものは演奏者や聴衆によって継承されていくのだと思う。ジャズで多用される「変奏曲」の形式はシャンティドラゴンの演奏でよく使われている。即興演奏を通して歌をほどいていったり束ねたり、思いを馳せたり、楽器同士が絡んで、その後また最初のシンプルな歌に戻っていったりする。お客さんが手を叩いてくれたり、曲を通じて思い出したことを話してくれたり、お互いが影響し合って音楽は次へとつながっていく。

今後も自分の演奏活動において、ジャンルを超えて「歌」に耳を傾け、そのインスピレーションを大切にしながら演奏し、聴いてくださる方々に何か心に響くものを届けられたらとても嬉しく思う。小学校から高校まで自分が育った場所として、横浜の歴史は私に有形無形の影響を与えてくれている。変わりゆく町並みを眺めて散歩しながら、ふと昔を思い出す瞬間がある。そんな演奏もしていければと願う。変わりゆくもの、そして残るものを大切にしていきたい。

【プロフィール】

シャンティドラゴン3 / Shanti Dragon Trio
シャンティ(Shanti)とはサンスクリット語で「内なる平和」を意味する。ドラゴン(Dragon)は、欧米で捉えられている竜ではなく、アジアに於ける強力で縁起の良い力を象徴する龍であり、水の神様である。
シャンティドラゴンは元々ピアノ林あけみと、サックス 金剛督とのデュオだが、林のピアノとソルフェージュの生徒でもあった、チェロ奏者クリストファー聡ギブソンが参加する時、シャンティドラゴン3と表記する。
このトリオの始まりは横浜アートLive2003での横浜美術館ホールコンサート、同年の林あけみ全作曲によるCD/夢ふた夜、レコーディングからになる。その他、障害者施設へのボランティア演奏等を積極的に行ってきた。
クリストファー聡ギブソンが日本を離れ、アメリカの大学へ進学してトリオの活動を一旦休止にしていたが、帰国後様々なシーンで活躍する中、2019年から再びシャンティドラゴンに参加。シャンティ・ドラゴン3として活動を再開した。

林あけみ(ピアノ・作編曲)

ピアニスト、作曲家、編曲家。横浜出身、在住。
幼少より、ピアノ、電子オルガンを始め、ピアノを親戚でもある松谷穣氏、松谷翠氏に師事。 両氏の指導のもとクラシックから現代音楽、ポピュラー、ポップス、ジャズまで幅広い音楽に触れ、音大在学中より演奏活動を開始。
音大卒業後、横浜コンテンポラリー音楽院他、音楽教室講師、横浜市立高校吹奏楽部ソルフェージュ指導等を経て、メープルピアノ・スクール設立(横浜市磯子区)。 ピアノ指導のキャリアとプレイヤーとしての経験を活かし、幼児から大人まで後進の指導に努めている。  
横浜市主催コンサート、山手西洋館(イギリス館、ベーリックホール、ブラフ18番館)三渓園「観月会コンサート」、横浜ジャズプロムナード等、横浜、東京のホール、ライブハウスを中心に各地で演奏活動を行っている。オリジナル曲を演奏することも多く発表したオリジナル曲はCD収録曲を含め100曲以上にのぼる。今までにCD5枚をリリース。
ボランティア演奏も積極的に参加している。

クリストファー・聡・ギブソン(チェロ)

アメリカ・ミシガン州生まれ。4才よりチェロを始める。高校在学中に Tanglewood, Indiana University, Interlochen の夏期プログラムに参加。横浜インターナショナルスクール卒業後、2005年に米イェール大学に進学、哲学・政治学を二重専攻。
在学中、チェリストAldo Parisot氏とのオーディションに合格し、Pierre Fournier氏の最若年の弟子であり、Janos Starker氏の助手も長年勤めたイェール音楽院のOle Akahoshi氏にチェロを師事する。また、同音楽院のWendy Sharp氏に室内楽を師事する。2009年、同大学FOMコンクールにて入賞。2012年冬、国際演奏家協会新人オーディションにて入賞した際、審査員の一人であるバイオリニスト川畠成道氏から「曲の世界に入り込むことの出来る演奏」という賛辞を受ける。
2017年にはNPO法人Emotion in Motion主催のもと、“BACH Solo” 無伴奏チェロリサイタルシリーズをみなとみらい小ホール、ティアラ江東、所沢ミューズ、サントリーホール「ブルーローズ」にて開催。ヴァイオリニスト川井郁子氏とテレビ東京「100年の音楽」番組収録やコンサート、BLUE NOTE TOKYO (2020), セルリアンタワー能楽堂(2019), 三越劇場 (2018)などで共演を重ねる。東京、鎌倉、長野などを中心に活躍中。

金剛督(サックス)

12歳からサックスを始め、牟田久壽氏(日本吹奏楽指導者協会会長、元警視庁音楽隊長) 須田寔氏(武蔵野音楽大学教授)に師事。世界三大サックスメーカーの一つ、柳澤管楽器株式会社入社。
楽器の製造、研究、インストラクター、管理職を経て独立。1995年Congo Saxophone Studioを設立、サックス のリペア、レッスン、パフォーマンスのサービスを開始する。1997年リリースしたCD /OUR TRIBAL MUSIC にてJazz Life誌最優秀新人賞。横浜市教育委員会の辞令を受け、横浜市立港商業高校講師を4年務める。横浜美術館ホール、みなとみらいホール、神奈川県立音楽堂、三渓園、山手西洋館、他でのコンサートやレコーディングの他に、横浜市立大学附属病院や東京、神奈川、九州、北陸にある障害者施設や福祉施設等、ボランティア演奏活動も積極的に行なっている。
今までに日本のトップミュージシャン、イギリス、イタリア、スイス、フランスからの来日ミュージッシャンとの共演や書道家中谷翠泉氏、舞踏家大野一雄氏、俳優スチアート・バーナム・アトキン氏、朗読児玉朗氏、重要無形文化財保持者望月朴清氏、他。ジャンルを超えたコラボレーションも多い。バッハのコラールを中心に演奏する市民サックスアンサンブルの指導も行なっている。
今までに数枚のCDとDVDがリリースされている。

  • 地域
    横浜ベイエリア(中区・西区)
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