神奈川フィルの演奏でドラマの世界を体験!『リバーサルオーケストラ・スペシャルコンサート』
2月21日、横浜みなとみらいホールにて、日本テレビ系連続ドラマ「リバーサルオーケストラ」企画の『リバーサルオーケストラ・スペシャルコンサート』が開催された。「リバーサルオーケストラ」は毎週水曜日夜10時より日本テレビ系列で放送されており、門脇麦さん扮(ふん)する“元・天才ヴァイオリニスト”の谷岡初音と、田中圭さん演じる“新進気鋭のマエストロ”常葉朝陽が、西さいたま市を拠点とするポンコツオーケストラ「児玉交響楽団」を立て直すべく奮闘する物語だ。週の真ん中に笑って泣けて元気になれる、爽快感のある音楽エンターテイメントであり、筆者も毎週楽しみにしている。
このドラマの要とも言える演奏パートを支えるのが「神奈川フィルハーモニー管弦楽団(以下、神奈川フィル)」だ。神奈川フィルは作中で披露されるクラシック曲の演奏だけでなく、なんと「児玉交響楽団(以下、玉響)」の団員として、実際にドラマに出演しているのである。今回はそんな神奈川フィルが、ドラマに登場する曲をはじめとした数々の名曲を演奏する、一夜限りのスペシャルコンサートへ行ってきた。
幕が開けると、まずはゲストコンサートマスターの青木高志さんによりチューニングが行われる。指揮者の坂入健司郎さんが登場し、「ジャジャジャジャーン」と、あの有名なフレーズが会場に鳴り響いた。クラシックに詳しくない筆者でも、その一瞬でベートーヴェンの「運命」であることが分かった。そしてこのフレーズを聞いた瞬間に、“プロのオーケストラによるクラッシックコンサート”に対して抱いていた緊張感がするりとほぐれた。聞き慣れたフレーズも、生のオーケストラを通して聴くと圧巻の迫力であり、今夜のコンサートを楽しむ「運命」を感じてワクワクし始めたのだ。
続いて、ドラマにも登場したビゼー作曲<アルルの女>第2組曲より≪ファランドール≫と、エルガー作曲の行進曲<威風堂々>第1番が繰り広げられた。≪ファランドール≫は第1話で玉響のポンコツぶりを発揮した曲でもあったが、コンサートでは神奈川フィルの素晴らしい演奏により、会場を華々しく彩った。初音が玉響に惹かれるきっかけとなったフルートソロの煌びやかな音色が、会場全体を魅了した。
また<威風堂々>は第3話で、谷岡初音・常葉朝陽が初めて玉響と一緒に客前で披露した、ドラマの中でも重要な位置づけにある一曲だ。団員が繰り返し練習していたパートや、終盤にかかる盛り上がりなど、音がドラマの映像を呼び起こし、早々にして今回のコンサートの醍醐味を味わうことができた。
余談だが、ベートーヴェンの「運命」は、ドラマではコンサートの翌日に放送した第7話で初めて(練習の風景が)披露された。コンサートで聴いた曲をドラマで楽しみ、ドラマで親しんだ曲を生の音で味わう。そのどちらも体験することができ、ドラマと一緒に楽しめるためのプログラムが丁寧に組まれている印象を受けた。
3曲の演奏が終わると、客席で演奏を聴いていた門脇麦さんと田中圭さんがステージに上がった。門脇さんは神奈川フィルの演奏を聴き、感動して思わず涙を流したとコメント。“毒舌マエストロ” を演じている田中さんは「よく皆さん相手に『このオケはポンコツです』とか言えたな(笑)」と話し、会場から笑い声が起こった。
ゲストの2人が登壇した後は、客席参加型のイベントとして、神奈川フィルの演奏する「幸せなら手をたたこう」に合わせてカスタネットを叩く「カスタネットチャレンジ」が行われた。しかしこの「カスタネットチャレンジ」、思っていた何倍も難易度が高く、会場中が驚きと”かちかち”と戸惑いながらカスタネットを鳴らす音に包まれた。素晴らしいカスタネットの腕前で会場を唸らせた打楽器奏者の岡田滿里子さんが、次に“日本一のマリンバ”の腕前を「くまんばちの飛行」にて披露。目で追えないほどのスピードで、正確に音を鳴らしていく姿に、思わず息をするのを忘れてしまう。後方ではティンパニストとトランペット奏者が熊蜂を叩いて退治しようとするコミカルな芝居も繰り広げられており、打楽器の持つポテンシャルと、神奈川フィルのフレンドリーな一面を再認識できる時間となった。
盛りだくさんな第1部のトリを飾るのは、「会場内で一番低い音が出せる楽器」として紹介されたパイプオルガンと共に奏でる、サン=サーンス作曲「交響曲第3番<オルガン付き>第2楽章より第2部」。みなとみらいホールが誇るパイプオルガン「Lucy(ルーシー)」の大きさに、思わず門脇さん、田中さんも驚きの声を上げていた。「Lucy(ルーシー)」の奏でる壮大で重厚な音色と共に、第1部の幕が下りた。
第2部では、ドラマの劇伴音楽を担当する人気ピアニスト・清塚信也さんが登場。メディアでもおなじみの軽快なトーク力で会場を盛り上げた後、「リバーサルオーケストラ即興メドレー」を披露した。清塚さんは「エリーゼのために」をはじめとするクラシックの名曲をアレンジし、ストーリーに彩りを与え、登場人物の心情に寄り添うような劇伴を創り出している。聴きなれたクラシックの名曲が表情を変え、清塚さんの惚れ惚れとする指さばきから会場へと解き放たれていった。
その後、清塚さんと共にドラマの劇伴音楽を担当した啼鵬さんが登場し、啼鵬さんの指揮、清塚さんのピアノ、そして神奈川フィルの演奏による「玉響カンタービレ」が披露された。劇伴を担当した2人の音楽家、そして演奏担当の神奈川フィルによるハーモニーを享受できたのは、なんとも贅沢なひと時であった。
そんな“贅沢”な時間はまだ終わりではなかった。続く<カルメン>組曲より《トレアドール(闘牛士)》では、なんとドラマの垣根を飛び越えて、谷岡初音がコンサートマスター、そして常葉朝陽がマエストロとして参加したのだ。初音と朝陽がコンマスとマエストロとして握手を交わす姿には、なんとも胸が熱くなった。門脇さんの堂々としたボーイング、そして田中さんのダイナミック、かつしなやかな指揮。プロのオーケストラの中にも自然に溶け込んでおり、ここまでの技を取得するために、2人が積み重ねてきた努力が伝わってきた。実際にドラマで演奏する役者陣は、クランクイン前から各々楽器の練習を続けてきているそうだ。キャスト全員が真摯に音楽に向き合っているからこそ、作中の演奏シーンは視聴者の胸を打つのであろう。現実世界とドラマが融合したこの演奏に、会場内は大きな拍手で包まれた。
坂入指揮者が再度登場し、軽快なトランペットのファンファーレが鳴り響く。初音が初めて玉響のメンバーと奏でた<ウィリアム・テル>序曲より《スイス軍の行進》だ。続いて4話にて演奏した人気バンド・緑黄色社会の楽曲「Mela!」を演奏。作中では母娘の絆を繋いだ一曲でもあり、美しく奏でられるヴィオラのソロには目頭が熱くなった。
最後の曲として演奏されたのは、ドラマのメインテーマともなっている、チャイコフスキー「交響曲第5番より第4楽章」。ドラマのオープニングでもあるこの曲が、コンサートではラストを飾った。門脇さんと田中さんが、オーケストラの中の好きな席に座り、オケの中から演奏を思い思いに楽しんでいた。
アンコールの「ラデツキー行進曲」では観客が自然と立ち上がり、壇上のゲストと共に手拍子を叩いて、その日一番の盛り上がりを見せた。この時にはもう、心の中に「音楽って楽しい!」という気持ちがあふれていた。クラシックに対して感じていた敷居の高さや、果たして自分に理解ができるのかという不安は、見る影もなく消えていた。聴いて、見て、感じて、参加して、全力で楽しめる空間。そしてこの「楽しい」という気持ちを運んでくれたのは、ステージの上、そしてその裏側にいる全ての人々だ。
素晴らしい音色を届けてくれた神奈川フィルのメンバーは、絶えず笑顔で、遊び心も取り入れながら会場を温めてくれた。一曲終えるごとに、とびきりの笑顔を見せてくれた坂入指揮者。「クラシックは自由に楽しんでいい」ことを教えてくれた清塚さん、そして啼鵬さんの音楽。「カルメン」の演奏後に「楽しかった!」「気持ちよかった!」とコメントし、音楽を楽しむことを自ら体現してくれた門脇さん、田中さん。初心者にもクラシックを気負わずに楽しんでもらいたいという気持ちが、プログラムにもふんだんに込められていた。一つ一つの音が重なってオーケストラの音が紡ぎだされるように、一人一人の想いが積み重なって最高のコンサートとなったのだ。
筆者にとっては、ドラマがきっかけで興味をもったクラシックの世界。実際にプロのオーケストラの生演奏を聴いてからずっと、頭の中で楽器の音が鳴りやまない。すっかりと「クラシック」そして「オーケストラ」に魅了されてしまった。クラシックの敷居は高いと敬遠せずに、是非神奈川フィルの公演へと足を運んでみてほしい。なぜならばクラシックの門はあなたが思うより広く、温かく、そしてたくさんの「楽しい」が待ち受けているからだ!