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演劇・ダンス

絵描き志望から演出家に!心のままに落ち着いた先

絵描き志望から演出家に!心のままに落ち着いた先

「第33回読売演劇大賞」最優秀演出家賞の受賞で、名実ともに若手演出家No.1との呼び声の高い稲葉賀恵さん。インタビュー前編では、第311回神奈川県青少年芸術劇場「果てしない部屋」(2026年2月20日~23日@スタジオHIKARI)の演出について聞いた。この後編では、演出家になるまでの経緯と、ご自身の今後の展望、加えて次世代の芸術家発掘を目的とする「かながわパフォーミングアーツアワード」の審査委員も務める稲葉さんが思う演劇・劇場の今後について聞いてみた。


—今回青少年センターでの公演ということで、多少なりとも進路などに迷っている青少年のために、稲葉さんご自身のご経歴についてもお伺いしたいと思います。そもそも、日本大学芸術学部の映画学科監督コースに進まれたきっかけはなんだったのでしょうか?

もともとは絵を描くことが好きで、絵描きになりたかったんです。私、一人っ子なんですけど、両親が共働きで、一人でいることが多くて。一人遊びの中で絵を描くことが一番好きだったんです。それで、美大へ進もうと中学生のころ塾を探しているときに、彫刻に触れて「彫刻もいいな」と思って彫刻の方へ思考が行ったんですけど、同時期に父が私の運動会なんかのイベントを記録するためにビデオカメラを買ってきて。私はいまでも「記録魔」ですが、そのビデオカメラにまんまとはまったというか。休み時間中でも放課後でも友達とかを撮って、ちょうどiMovieという編集ソフトが出始めたので、それを編集してっていうことが面白くて「映像いいな、映像目指そう!」となりました。

映像をフィルムで撮りたいという拘りがあったので、機材などの環境が整っていた日芸を最終的には選びました。

—そこから舞台演出、文学座へと方向性を変えられた?

映画が大好き!映画に詳しい!という訳ではなかったので、映画フリークな同窓たちに対しコンプレックスを抱いていました。周囲に感化されて映画を見まくりもしたんですが…。

大学2年生ぐらいに、映画の撮影現場にインターンとして入ったとき、現場から100メートルほど離れた場所で一日中交通整理として車止めをしたことがあって。学生だし仕方なかったんですが、実際に撮影している場を見たかったと思うと同時に、何が行われているかわからない人がいるくらい大勢の人が関わることを実感して、目まいがしたんです。

あと、授業の一環で自分の作品を撮る機会があって、撮影期間も、俳優陣の拘束時間も短いのに、稽古をしたくなっちゃったんですよね。俳優の演技にケチつけたくなって(笑)。それで時間を超過して、フィルムで撮っていたから、お金もかなり飛んでいってしまったという。

映画は撮影した後に監督が編集するので、俳優の演技は大事だけれども、カットすればなくすこともできる。でも、私はその場での演技が気になる。「ああ、私は俳優と芝居を作るってこと自体に興味があるんだな」とわかったんです。

そこで教授から「それは映画ではなく、演劇なんじゃない?」と言われ、卒業後の進路として調べたら、(研修生として)1年間で演劇のいろいろなことを網羅して学べて、お金がリーズナブルなところが文学座でした。

大学に入ったときと同様、「文学座が大好き!」という訳で選んだのではなかったので、面接の際に聞かれた「演技をやるなら当然知っているであろう十八番質問」にも答えられませんでした。ただ、なぜ演劇をやりたいのかは熱を持って伝えたので、そこを買われて選ばれたんだろうなとは思います。

—あえて俳優ではなく演出なんですね?

そうですね。何かを作り出すことは俳優も演出も変わらないですが、自分の体で何かを表現するというより、客観性を持って作品を作ることに興味があった。観客からの反応に対して距離を持っていたというか。あとは、人が集まってくる場・空間をデザインしたいということが主観にあるかもしれません。

先輩演出家が仰っていて「名言だな」と思っている言葉に『演出家は何者にもなれなかった人の職業だ』というのがあるんです。例えば、自分は音響プランナーにも、照明にも、俳優にもなれない。自分の思い描いたことを、それができる人にお願いして作り上げる。演出家=年中お願いしている人みたいな。

そもそも「人とコミュニケーションを取ることが好きで、常に誰かと一緒にいたいタイプ」とは真逆なのに、なぜそんなに人にお願いしてまで、人と関わり合ってものを作るのかというと、「人と作った方が断然面白いものができあがる」と思えたからなんでしょうね。

結構な拘りを持った人間なんで、自分のやりたいものを、自分で選んだ好きな人とやりたい。ただ、全てを牛耳る立場ではなく、媒介者だったり助産師的な立場でありたい。そう思うと、演出というセクションに自ずと行き着いた感じです。
幼少期から大学までの時間をかけて演劇に落ち着いたように、いろいろな方向に食指が動いた末の演出だと思います。

なので、いまだに「演劇しかない!」と思って表現媒体を選んでいる訳ではないですね。

—なるほど。ご自身の興味に従って動いてきた結果ということですね。そして、二次元、三次元と表現の媒体も一つに決めている訳ではなく、今後変わっていく可能性もあるということですかね? 初めての演出作品から今年は15年という節目の年ですが、今後特に考えていらっしゃることはありますか?

これまではいただいたお仕事を全力で打ち返す感じだったのですが、先ほど言った「一緒に作りたい人を自分で選んで」というのはここ数年ででき始めたことなんですね。演劇だけでなく、音楽などでも「この人とコラボレーションしたい!と思ったら、言ってみればいいじゃない!」と思え始めたのが最近で。今回の企画もそうですが、「叶わないかな?」と思う人でも、声をかけていって、本当に作りたいものを主体で動いて実現していくフェーズに入った感じです。

今回は「音」がテーマでしたが、さまざまなテーマをで皆で議論して解を求めながら作品を作り上げていくスタイルを今後も続けていきたいです。

また、日本の演劇界は狭いので、他ジャンルの方々ともシームレスにつながっていけたらと思います。実は映画学科の友達はほとんどが映画業界にいるのですが、彼らに対しコンプレックスというか嫉妬している部分があって会えていない時期もありました。ですが今だったら、自分に少し自信がついてきたんでしょうね、映画を撮ってみるとか、絵を描いてみるとかを自分に許せる気がします。演劇にとらわれず自分の表現したい媒体は選んでいきたいですね。

あと、海外の同年代がどう考えているか?彼らの視座を見てみたい、世界に飛び出したい気持ちもあります!

—稲葉さんご自身が動かれて作る演劇の未来とともに、審査委員をされている「かながわパフォーミングアーツアワード」に応募されているような次世代がつくる未来についてはどのように思われますか?

「かながわパフォーミングアーツアワード」は事前審査によって選出された団体がKAAT(神奈川芸術劇場)で発表する機会が与えられます。
みんなでパフォーマンスを見せ合う場に若い世代がいること自体が大事だと思っていて、門戸が広くないと次世代は育っていかないと思います。

作る側、観る側ともに、演劇へのハードルを下げるには、劇場という場の作りが重要だとも思っているのですが、実際には要塞のような劇場も多くて。その点KAATはホワイエが広く、其処ここに椅子が置いてあって、そこでおしゃべりしていても大丈夫な雰囲気で、「開かれた劇場」という感じがして好きなんです。

—先ほどから何度か「場」ということを仰っていますが、空間をデザインしたいとの思いにもつながるでしょうか?

そうですね。人がつながり合い、演劇の裾野が広がる場に劇場がなればいいなと思っていますし、誰がどう動けばそういった場になるのか?は考えていますね。次世代の作品を1年に一度みられるパフォーミングアーツアワードの機会は、それについて皆で考えるコミュニケーションが生まれる場にもなっています。

この「場」の作り方や、「門戸」の広げ方といったテーマをはじめ、さまざまな課題について、今回の『果てしない部屋』で取り組んだコミュニケーションを重ねていくスタイルがこの先10年20年続いていくイメージがありますね。


インタビュー後記
「ふんわりとした雰囲気の女性」。稲葉さんを見ての第一印象だ。しかし、丁寧に言葉を選びながら自らの思いを伝えるように、芯の強さのようなものを感じた。きっと今後、日本の演劇界、芸術に少なくない影響を与える人なのだろうとの確信を得た。これからも稲葉さんの動向を楽しみにウォッチしたいと思う。

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