野毛の朝と、コーヒーと、ビル・エバンスと
今夜もどっぷりジャズ浸り
File.4 ビル・エバンス「ワルツ・フォー・デビー」
(新村繭子/ジャズ喫茶ちぐさ)
ちぐさの喫茶営業は昼の12時から。開店準備は午後に差し掛かるギリギリの時間からでも間に合うのだが、店を独り占めしたくて、たまに朝早く行くことがある。
このところめっきり寒くなってきたので、野毛の朝は冬の匂いがする。繁華街は昨夜の熱気が嘘のように冷んやりとして静寂で、人通りも少ない。通りで回収を待つ空の酒瓶やおしぼりの山を眺め、「昨日の夜も盛況酔狂だったんだなぁ」と、サイフォンでコーヒーを淹れながらひとりごちる。ガラス漏斗にコーヒーが上り、コポコポと音を立てるのが心地いいので、まだレコードはかけない。サイフォンが落ちついて店内にコーヒーの香りが広がる頃、オーディオの電源を入れる。
*ちぐさ店内に鎮座する特大スピーカー
最初にかけるのは、ピアノが主役のレコードと決まっている。吉田衛“おやじ”はピアノが好きだった。特にビル・エバンスの『ワルツ・フォー・デビー』。
ちぐさの存在感ある特大のスピーカーは、ピアノトリオの音がよく聴こえるように設計されている。情緒的で繊細なピアノの音色、特に高音が艶やかに響けばツィーターは上機嫌。今日も調子がいいと信じ「うん、いい音だね!」と、50年モノのスピーカーにハッパをかける。この曲を聴くと、ふと思い出すことがある。
私が学生だった2000年代初頭、ジャズ喫茶の数はすでに少なくなっており、人づてに聞く“60年代、70年代の勢い”はなかった。それでも頑なに、穴ぐらのような店内で、ジャズを大音量で聴かせる店はポツポツと残っていた。私自身はジャズ喫茶全盛の時代なんて知らないけれど、商業性を無視したアングラ的な雰囲気を「かっこいい!」と思い込み、渋谷や新宿、神保町などにあった、独自のスタイルを崩さず営業を続けるジャズ喫茶に通っていた。最初はルールなんてものも良くわからず、曲のリクエストなど皆無…。そんな程度でよく扉を開いたものだと、今から思えば呆れたものだ。
初のリクエスト成功は、渋谷の道玄坂にあったJAZZ@GROOVE。アルテックのスピーカーで、大音量で聴かせてくれる店だった。レコードはビル・エバンス『ワルツ・フォー・デビー』。1961年、ビル・エバンス・ファースト・トリオが、NYのヴィレッジバンガードにてライブを行った際の収録だ。
ちなみにエバンスは、マイルス・デイビス『カインド・オブ・ブルー』(1959年リリース)に参加している。ジャズ史上一番売れたアルバムであり、モード・ジャズと呼ばれる新しい演奏手法を確立した伝説的なアルバムだ。『ワルツ・フォー・デビー』は、その2年後に初のトリオで収録に挑んだアルバムで、ジャズ史に残る傑作としてスウィングジャーナルのベスト100で1位を獲得しているほど。
さて、そんな傑作を大音量で聴くとどんなものか。期待してリクエストしたものの、体中に強烈な音の洗礼を受け、正直、少し戸惑った。全体に高音域の旋律で冷たい印象のアルバム、ただでさえ緊張感のある音が、店内の空気をより張り詰めたものにしていく。周りに習ってかしこまったふりをし、眉間にしわを寄せて聴くしかない。
しかし、アルバムタイトルにもなった2曲目の『ワルツ・フォー・デビー』で、眉間のしわが少しほぐれた。姪っ子のデビーが3歳になる誕生日を祝して作られたこの曲は、水面に弾ける水滴のような粒立ちのいい音色が楽しく美しい。おじさんが作ったワルツで、愛らしい3歳の女の子が無邪気に踊るシーンを想像して、私の心を少し軽くした。
片面のみ3曲、時間にして20分ほどだったが、初めてのリクエストと大音量のピアノの冷たい旋律による緊張、そして少しの緩和…えらく長く感じた。
いつの間にかジャズ喫茶に通うこともなくなり、JAZZ@GROOVEも閉店した。忙しい日々に追われ、すぐに美味しいコーヒーが出てくるカフェに慣れ、ジャズ喫茶で音を楽しむ余裕がなくなっていた。けれど人生とは面白いもので、いつの間にか流されるように野毛にたどり着き、ちぐさのスタッフとして働いている。まさか自分が、老舗ジャズ喫茶のカウンターに入る日が来ようとは、夢にも思っていなかった。
*エバンスの直筆サイン入りポートレイト
いつもより少し早い朝、ちぐさに来て『ワルツ・フォー・デビー』を聴く。かつては冷たく感じた楽曲が、今ではちぐさの稼ぎ頭の音響機器を奮い立たせるような、暖かな情があるように聴こえる。ただ、トラウマとまではいかないが、出だしを聴くと少し気を張ってしまう。背伸びしてジャズ喫茶に通っていた頃ほどではないが。
あれこれ思い出しながら、野毛の朝はゆっくりと過ぎてゆく。そろそろ開店、常連さんが来る時刻だ。