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アート伝統芸能

人を育てるといふ事

人を育てるといふ事

21世紀を生きる狂言師の檜舞台
Vol.12 人を育てるといふ事
大藏教義(能楽師狂言方大藏流)

どの組織でも同じだと思うが、とにかく人を育てるのは難しい!

今、私のもとには1人の内弟子がいる。彼は僕より5つ歳下で、大学卒業と同時に僕の父の門を叩いた。自然と僕が教育指導係になる。
人を育てるなど初めての経験なので、どう接したら良いか、どう伝えたら良いか、試行錯誤の日々だった。そんなときに伊集院静氏の著書『大人の流儀』を読んでハッとした。

「人を叱る時は自分の言葉で叱りなさい」
「理不尽でもいい。社会はもっと理不尽だから」

それまでどこか一歩引いて接していた僕だったが、伊集院氏の言に従い、自分の言葉で思った事を伝えることにした。少し言いすぎてしまう事もあるけれど、そんな時はあとでフォローすることを忘れない。

内弟子の修行過程は、いわゆる「鞄持ち」から始まる。稽古日には、朝から掃除をしてもらう。畳や舞台の床掃除など、掃除の仕方も一から教える。
公演日は装束の運搬をして楽屋入り。楽屋では装束棚に装束を整えておく。舞台上で必要な小道具があれば、仕込んでおくことも大切だ。仕込み方が分からなければ教えるし、質問も受け付ける。装束の扱いが悪ければ注意もする。

お茶汲みも大事な仕事のひとつ。
お茶を入れるタイミングや、差出し方も細かく指導する。例えば「お茶はいかがですか?」「お茶を入れておきました」と一言添えなければ、誰のお茶か分からない。お茶の量は8分目。

装束の着付け方も教えなくてはならない。折り目正しく丁寧かつ正確に、しかも素早く着付ける事が大事。できなければ注意し、たまには怒ることもある。
畳み方ひとつとっても、間違った折り目がつかないように指導する。


「弟子は教えを乞うものなり」という言葉がある通り、基本的には、僕から“教えてあげる”事はしない。見て覚えさせ、分からなければ質問させる。
そうする事で、自然と自発的に物事に取り組む姿勢が養われるのだ。気は遣うものではなく、働かせるもの。今何が必要で、どうしたら良いか。自分で考え、自分で解決していかなければならない。
そこで生まれる信頼が強い絆となり、強固なチームワークが生まれる。

舞台の事だけでなく、仕事に向き合う姿勢や作法、人としての在り方はとても重要だ。彼が一人前になったとき、どこに出ても恥をかくことのないよう育てる事が、教育係としての務めだと感じている。

彼も入門して10年。よく付いてきてくれたと思う。年齢が異なれば、生まれ育った環境も違う。価値観も考え方も異なる中で、弟子の良さを認め、互いに尊敬し合えるよう、今後も良い関係を築いていきたい。

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