コンテンツにスキップ
その他

Double Planet 第5話

Double Planet 第5話

Double Planet
第5話「今日、奇跡が起き始めるとして」
青野サトル(フルタジュン&神田陽太/レディオ湘南パーソナリティ)

僕の通っている高校でも、ついにオンライン授業が始まった。

スマホかパソコンがあれば授業を受けることができる。
まだ先生達も手探りみたいで、とりあえず1日に45分の授業を2コマだけの配信だ。
昨日は、英語と国語だった。
300人ほどいる2年生が、同じ授業をみんなで一斉に視聴するというのは、ちょっと不思議な感覚。
真面目に聴いてないヤツもいるんだろうけど、僕は真面目に聴いていた。
そんなふうに書くと、元々、真面目な生徒だと勘違いされそうなので正直に言う。

青野サトルは“確実に”変わり始めている。

大げさかもしれないが、こんな毎日なのに、
僕は音楽を始めて、生きることが“ちょっと”楽しくなったのだ。
世の中がこんな事になって、この“ちょっと”がどれだけ大事なことなのか、
僕は僕なりに身に染みて感じている。

来年になれば僕も受験生になるはずだ。

受験のための勉強も必要かもしれないけど、それよりも(こんなこと言えるレベルでは全然ないけど、もういいや、言ってしまうぞ)音楽家としての自分にとって、勉強の意味がちょっと分かり出した気がする。

まず、英語。

これまでは洋楽をただ聴くだけだった。好きとは言え、メロディー至上主義。
かっこいいメロディーの洋楽を愛して来たけど、最近はその歌詞にも興味が出て来た。
これも、自分が歌詞を書いてみようと思ったのが大きい。
試しにネットで好きな洋楽を調べてみると、色々な翻訳が出て来る。好きな人が自分なりの解釈で訳していたりもする。ニュアンスの違いで、微妙に異なるのが出て来るので、よく分からない。そうか、自分の解釈なんだ。そう思った僕は、好きな洋楽を好きな解釈で訳すことを始めた。洋楽の歌詞は、すごくシンプルな英文だったりするので、こんな僕でも文法と英単語さえわかれば、ギリギリなんとかなる。今、挑戦しているのは、大好きなThe Libertinesの『Don’t Look Back into the Sun』。

そして、これが運命的な出会いを果たすことになった、国語。

その日、スマホの中の教壇に立っていたのは、今学期からうちの高校に赴任してきた「沢村」という50代の男の先生だった。見た目はぽっちゃりしていて、春だというのにオデコからは汗が滝のように噴き出ていた。まだ授業すら始まっていないのに。

当然、クラスのグループLINEでも、総ツッコミ状態になった。

「なにあいつ?!(笑)」
「真夏か!!」
「キモイんだけどーw」

お世辞にもダンディーとは言えない。はっきり言って冴えない風体の沢村という先生。

「皆さん、はじめまして。沢村です。
本来なら同じ教室で、皆さんの前で授業をするはずでした。
しかし、こういった状況になり、カメラ越しの配信という形で、今しゃべってます。
私は現代文の授業を教えるわけですが、今日は私の好きな言葉を紹介します」

そう言うと、沢村先生は白いチョークを握り、黒板いっぱいに大きな字で一心不乱に何やら書き始めた。

こんな展開、グループLINEが黙っちゃいない。

「こういうの昔のドラマで見たことある」
「金八?!」
「なにそれ?」
「しらねー」
「背中の汗、アメリカ大陸みたいw」
「ちげーよ、アレはアフリカ大陸w」

それ以上、LINEを読むのも嫌になり、沢村先生が書く文字を見ていた。

『犀の角のようにただ独り歩め。堂々とだ!』

黒板の端から端まで使った19文字による文章。
書き終えると、噴き出た汗をハンドタオルで拭い話し始めた。

「犀の角のようにただ独り歩め。
これは、『スッタニパータ』という経典の中に出てくるブッダの言葉です。
犀の(1本)角という比喩表現は「孤独」を意味しています。
要するに、孤独を恐れるな、ということなんですね。
今、皆さんはLINEとか色々な方法で他者と簡単に繋がることができます。
それが上手くいかないと孤独を感じたりもするかもしれません。
けど、そんな孤独さえ愛してみてもいいと思うんですよ。
未だ独り身の私による自己弁護かもしれませんが。
ハッハッハ」

そこで笑いを取るイメージだったのだろう。
沢村先生しかいない教室に、むなしくセルフ笑い声が響き渡った。

「それと『堂々とだ!』っていう言葉ですね。
これ、知っている人いるかな?
実は先生と同じ苗字で、沢村栄治という伝説のプロ野球選手がいるんです。
彼の口癖なんです。言葉の最後に『堂々とだ!』と付けるんです。
このフレーズ、どこか気高さがあって、しかも元気が出るんですよ。
なんか気に入ってしまって、先生もよく付けています。
皆さんも、今は一人でいる時間が多いかもしれませんが
そういった孤独さえ、堂々と愛してみてください」

僕は一人で感動していた。
たった独りで音楽をやろうとしている自分にとっても、救われるような言葉だった。
授業が終わると、すぐに歌詞ノートを開いて、思うままにペンを走らせ始めた。
正解なんてない。
「らぶ&MUSIC」の神田さんは、日記みたいなものから歌詞を始めてもいいんだぜと言っていた。僕は、胸に湧き上がってきた想いを日記のように書き残したかっただけかもしれない。ラストまで一気に書き終えた後、タイトルを決めた。

『キセキのコトバ』

飛び散らかしたユメ かき集め 並べ
それなり形取って現状 見つめ直したら
出逢えたキセキのコトバ

俺と馬の耳に念仏唱えてりゃ
心震わされる事だってあるんだぜ
出逢いはやはり突然 この度いただきます

「負けるなどんな時も勝つんだぜ!堂々とだ!!」
「ただ勝つだけじゃなくてカッコよく!堂々とだ!!」
咲き誇れキセキのコトバ

未来の人たちに伝えよう 残そうと
沢村が言うようで俺だって俺なりに
キッカケの声を挙げよう この度満開です

「負けるなどんな時も勝つんだぜ! 堂々とだ!!」
「ただ勝つだけじゃなくてカッコよく!堂々とだ!!」
咲き誇れキセキのコトバ

俺がヒーロー 俺は上手いんだぜ
そう思ってりゃ勇気だって湧いてくる

「負けるなどんな時も勝つんだぜ! 堂々とだ!!」
「ただ勝つだけじゃなくてカッコよく!堂々とだ!!」
「負けるなどんな時も勝つんだぜ! 堂々とだ!!」
咲き誇れキセキのコトバ

《つづく》

*バックナンバーはこちらからご覧いただけます。

関連記事