“謎に満ちたオペラ”の真相に迫る?! ヘンデル《シッラ》を120%楽しむ方法
行って、みて、感じるアートの世界
File.24 神奈川県立音楽堂『シッラ』
井上みゆき(マグカル編集部)
古代ローマに実在した独裁者、ルキウス・コルネリウス・スッラの後半生を題材に書かれたヘンデルのオペラ《シッラ》。台本も楽譜もちゃんと残っているのに、当時劇場で上演されたかどうか定かでなく、現代ヨーロッパでも滅多に上演されない作品だとか。素人目線では「それって出来が悪いから?」とか思ってしまう(失礼!)。
そんな謎を秘めたオペラが、神奈川県立音楽堂で上演される。これに先立ち、「ヘンデルの謎とオペラ《シッラ》〜古代ローマの物語」と題するレクチャーコンサートが行われた。これは敷居が高いと感じていたオペラの世界に近づけるチャンス! 長年の憧れを胸に、出かけてみた。
レクチャーは、日本ヘンデル協会で台本対訳を手掛ける諏訪羚子さんの「台本から見た『シッラ』」からスタート。まずは、あらすじと登場人物の紹介に耳を傾ける。
それにしても、主役であるシッラはひどいヤツだ。友人の奥さんや恋人にちょっかいを出し、冷たくされると夫婦もろとも左遷してしまうなど、パワハラとセクハラの限りを尽くす。ただ、テーマとしてはモーツァルトのオペラ『ルーチョ・シッラ』でも題材となっているそうなので、典型的な“暴君もの”ということか。
諏訪さんは「展開が唐突でセオリーを無視しすぎ」としながらも、構成やユニークな場面に魅力を感じるらしい。
「情緒性に欠ける点はあるけれど、むしろ感傷的なオペラの枠をはみ出した発想が面白い。登場人物も、荒削りではあるけれど生き生きと描かれているので、決して“最悪の台本”ではないと思います」
なるほど。物語としては“悪いヤツ”がいるほうが面白いのかも、と思えてきた。
続いては、日本ヘンデル協会会員でヘンデル研究家の三ヶ尻正さんによる「歴史と政治の中の《シッラ》」。
まず「この時代、オペラは政治的主張や王権の正統性をアピールする手段だった」という話にびっくり。でも、《シッラ》が書かれた時代と実際の年表を照らし合わせ、さらに実在の人物を登場人物に当てはめていくと、確かにピタリとはまる。
18世紀前半のイギリス王位継承問題、そしてスペイン継承戦争。歴史を紐解くうちに、オペラの世界がリアルな色彩をまとってくる。批判的な筋書きを為政者から咎められたら「いえいえ、ただの歴史ものですから」と言い逃れすればいい、というあたりは、日本の浮世絵や歌舞伎と似たような発想だ。
そうして緻密に書き上げられたにも関わらず、上演された記録はなく、三ヶ尻さんも「公開上演はなかった」と結論付ける。なぜ?
それは、リアルの世界でマールバラ公爵ジョン・チャーチル(=シッラ)が失脚し、暴君ぶりを非難する必要がなくなったから。ある意味、作品としては時代遅れになってしまった、ということかも。
ちょっともったいない気もするが、音楽の多くは、のちに発表されたオペラ『アマディージ』に転用されたのでご心配なく。当時、こうした“使い回し”は珍しいことではないそうだ。
そして最後は、日本ヘンデル協会で音楽監督を務める原雅已さんの「《Silla》の音楽とその魅力」。チェンバロの伊藤明子さんの実演を交えながら、オペラの構造や作曲プロセス、音による効果などのレクチャーを受ける。
残念ながら、音楽の専門的なことはよくわからなかった。ただ、面白かったのは、演奏のテンポによって音楽の表情は大きく変わる、ということ。
《シッラ》の楽譜にはテンポが表示されていない曲が多く、原さんはここから「結局演奏されなかったのでは」と推測している。では、実際に演奏するには、どうやってテンポを決めるのか。台本から考えたり、他のオペラに流用された曲を参考にしたり、方法はいろいろあるそうだが、推測である以上、答えは1つではない。
原さんは「実験」として、解釈の異なる2つのテンポを提案。樋口麻理子さん(ソプラノ)、横町あゆみさん(メゾソプラノ)の歌で聴かせてくれた。
聴いてびっくり!同じ音楽なのに、テンポが違うだけでこんなにニュアンスが変わるのか。音楽って、奥が深いのね…。
《シッラ》の本公演では、音楽監督・指揮のファビオ・ビオンディさんが、1曲ずつテンポを決めていくのだろうか。とても興味深い作業だし、それが日本で初演されるというのが、ちょっと嬉しい。
*ヘンデル(1685〜1759)
ヘンデルの時代のオペラは、物語が複雑でわかりにくい作品が多かったらしい。その点《シッラ》は、極めてシンプルかつコンパクト。それでいて美しく魅力的な音楽がいっぱい詰まっているので、初心者でも楽しめそうだ。
様々な“大人の事情”から当時は演奏されなかった《シッラ》。300年の時を経た2020年の横浜で、ぜひ体験したい。
★こちらイベントは開催中止となりました。
ヘンデル『シッラ』全3幕
[公演日]2020年2月29日(土)、3月1日(日)
[開演時間]14:00(開場13:00) *13:15〜プレトークあり
[会場]神奈川県立音楽堂
[音楽監督]ファビオ・ビオンディ(指揮・ヴァイオリン)
[演奏]エウローパ・ガランテ
[出演]
シッラ:ソニア・プリナ(コントラルト)
クラウディオ:ヒラリー・サマーズ(コントラルト)
メテッラ:スンヘ・イム(ソプラノ)
レピド:ヴィヴィカ・ジュノー(メゾ・ソプラノ)
フラヴィア:ロベルタ・インヴェルニッツィ(ソプラノ)
チェリア:マリア・イノホサ・モンテネグロ(ソプラノ)
神:ミヒャエル・ボルス(バリトン)
[演出]彌勒忠史
[美術]tamako☆
[衣裳]友好まり子
[照明]稲葉直人(ASG)
[台本・字幕翻訳]本谷麻子
[舞台監督]大澤 裕(ザ・スタッフ)
[料金]S席¥15,000、A席¥12,000(残席僅少)、B席 (SOLD OUT)、学生(24歳以下)¥8,000
[お問合]神奈川県立音楽堂 Tel.045-263-2567