アンドレアス・オッテンザマー インタビュー
Interview・Text:田中 泰 Photo:西野 正将
「天は二物を与えたまえた」「クラシック界に現れたサラブレッド」などなど、ベルリン・フィルの首席クラリネット奏者アンドレアス・オッテンザマーをたたえる言葉は枚挙にいとまがない。しかしその華麗なプロフィールを見れば、だれもが納得せざるを得ない25歳。無限の可能性を秘めた若者は、いったい何を考え何を目指しているのだろう。
大好物は寿司
― 今回は何度目の来日になりますか?
日本には、正確には解らないくらい何度も来ています。12回か13回くらいでしょうか。
― それは演奏家としてだけではなく、子供の頃お父さんの演奏旅行に連れられて来たのも含めてでしょうか?
いいえ、すべて演奏家になってからの回数です。
― それは凄いですね。お父さんの演奏旅行に付いていくようなことはなかったのですか?
もちろん父と一緒に来たこともありますし、父と兄の三人で結成している「クラリノッツ」での来日もあります。
― なるほど、「クラリノッツ」は前回の来日時に白寿ホールで聴かせて頂きました。楽しいステージでしたね。ところで日本の印象はいかがですか?
素晴らしいです。特にクラシック奏者にとってはとても嬉しい国です。どこのホールも素晴らしいですし、聴衆も素晴らしい。付け加えれば食べ物も最高です(笑)。
― お気に入りの日本食はなんですか?
寿司が大好きです。
なぜクラリネットを選んだのか
― なるほど、寿司は音楽家に大人気ですね。さて、子供の頃からずっと音楽に囲まれて育ってきたわけですが、最初にピアノ、そしてチェロ、さらにクラリネットに移った理由はなんでしょう? 音楽的な計画のようなものがあったのですか?
全く計画性はありません。ピアノをちょっとやってみようかなと思って始めて、チェロも同じような動機で始めています。ちょうど子供たちが遊園地に行っておもちゃで遊ぶような感じで楽器を始めたのです。
― なるほど、最初のピアノは一般的ですが、その後選んだチェロ、そして最後にクラリネットを選んだ理由は何か思い当たりますか? 楽器に対する好みのようなものでしょうか。
そもそも私の家族がチェロとクラリネットを演奏していましたので、ピアノを含めた3つの楽器が、すべてリビングルームにあったというのがきっかけかもしれませんね。ピアノの脇にチェロがあって、ピアノの上にはクラリネットが置いてあるといった感じです。
― それは自然な状況ですね。それにしても、家族の3人が世界の頂点でクラリネットを吹いているというのは凄すぎますね。
それについては、自分にとっても驚きです。3人とも同じ楽器というのは、ある意味リスクにもなると思うのですが、とても上手くいっています。しかも3人が同じ楽器でコンサートも企画できるというのが素晴らしいし、幸運だと思います。
― ちなみに日本では吹奏楽が物凄く盛んで、一説によれば約40人に1人くらいの割合で吹奏楽を経験していると言われています。なので、クラリネットを吹いている人も沢山います。オーストリアではいかがですか?
残念なことに私の国オーストリアでは、それほど吹奏楽が盛んではありません。その意味でも日本は素晴らしいと思います。小さい頃から学校で音楽を体験できて楽器に触れられることはいいことだと思います。私の国で音楽をやろうと思えば、しかるべき学校に行って、かしこまって音楽を勉強しなければならないという状況ですからね。
― どうやら、日本は世界で唯一、子供たち全員に音楽教育を施している国のようなのです。
それは素晴らしいことです。そのような教育があるからこそ、素晴らしい聴衆が育つのではないでしょうか。それに対して私は逆に感謝しなければならないですね(笑)
― なるほど、確かに国民のほぼ全員がリコーダー経験者だなんて国は、日本だけでしょう(笑)しかし、その割には優秀な管楽器奏者がなかなか現れないのですよ。
音楽教育と演奏家の多い少ないというのは、全く関係ないことなのでしょうね。底辺が広かろうが狭かろうが、頂点に立つ人というのは常に一握りの人だと思うのです。それに音楽教育というものは、独奏者を育てるのとは違いますからね。音楽に親しむということが全般的な目的だと思います。さらには、音楽を学ぶことによって脳も違う働きをするということが、事実として証明されています。
― 教育という観点では、音楽大学ではなくアメリカのハーバード大学を選んだ理由はなんでしょう?
ハーバードは、何を専攻するかを決めなくてもよかったのです。そこに在籍している間に、後から専攻を決めればいいというシステムだったので選びました。
― ハーバードでは何を学ばれたのですか?
音楽以外の教養全般ですね。そこで学んだことが私のキャリアに影響しているとは思いませんが、私のパーソナリティには大きな影響を与えていると思っています。
― 音楽以外にも、サッカーやテニスが得意ということですが、何をやっても自由な家庭だったのですか?
もちろんです。親は、私が喜んでやることでしたら何でも応援してくれました。しかもそれが一つだけではなく、いくつも選択肢があったのです。
ベルリン・フィルが世界最高のオーケストラだから
― 選択肢で言えば、オーケストラを選ぶ時にもおそらくどこにでも入れる状況だったと思うのですが、その中からベルリン・フィルを選んだのはなぜでしょう?
それはもう、ベルリン・フィルが世界最高のオーケストラだからです。ベルリン・フィルでいちばん気に入っているのは、環境的にオーケストラだけではなく他の活動も自由にできることです。例えば今回のようなソロ活動ですね。
― それは他のオーケストラでは難しいのですか?
そうですね。他のオーケストラではかなり難しいでしょうね。それは、仕事の絶対量の問題だと思います。
― お父様とお兄様が在籍しているウィーン・フィルについてはどのような見方をされていますか?
「素晴らしいです!(日本語で)」
― なるほど、そうですよね。では、ベルリン・フィルとウィーン・フィルとの違いはどうお考えですか?
それは全てが違いますね。メンバーの違いはもちろんですけれど、伝統も違いますし、曲へのアプローチの仕方も違います。ベルリン・フィルは純粋なシンフォニー・オーケストラですが、ウィーン・フィルの方は、シンフォニーのほかにウィーン国立歌劇場でのオペラの演奏もありますからね。ウィーン・フィルというのは、そもそもメンバーがウィーン風に演奏できなければならないという伝統があります。ですから、メンバーを選ぶのも小さな枠の中から選ぶことになります。一方ベルリン・フィルの方は、大きな枠の中から選ぶことができる。つまり、各楽器のベストの奏者を世界中から集めることができるという意味です。そして入団してから徐々にオーケストラに馴染んでいくことになります。
― なるほど、その意味ではウィーン・フィルとベルリン・フィルでは楽器の違いもあるのですか? 例えばクラリネットではいかがでしょう?
違いはありますね。私自身はベルリン・フィルで吹いていますが、父や兄と同じウィーン式のクラリネットを使っています。同僚のフックスもウィーン式のクラリネットを使っていますね。
― ちなみにウィーン・フィルで吹いてみたいという気持ちはありますか?
いやいや、今いるところで充分幸せです(笑)
― そうですよね(笑)それにしても、世界最高峰の2つのオーケストラに、親子三人が同じ楽器で在籍するというのは普通じゃないと思うのです。しかも弦楽器と違って人数の少ないクラリネットですから尚更です。クラリネットが上手くなる秘訣というものは何かあるのでしょうか? 日本でクラリネットを習っている子供たちに是非伝えたいと思うのですがいかがでしょう?
それはあまりにも伝えることが沢山あって、本を書くしか無いようにも思えます。なぜなら、ひとつだけのヒントと言うのは難しいと思うのです。まずは規則的な練習が必要だと思います。と同時に楽しむという気持ちも大切です。そして、将来に渡っての展望や見通し、希望を持つことでしょうね。
ボスはシュテファン・ドール
― なるほど、有り難うございます。日本の子供たちに伝えておきます。さて、オーケストラ以外のさまざまな活動の中の1つが、今年7月に来日予定の「アンサンブル・ウィーン=ベルリン」ですね。これは非常に有名で伝統のあるアンサンブルですが、子供の頃から聴いていたりはしましたか?
実は、あまりよくは知りませんでした。もちろん名前は知っていましたけれど、実際に演奏を聴いた経験はそれほどないのです。管楽器奏者にとってあこがれのアンサンブルなので、その中の一員となって自分自身が演奏できることをとても光栄に思っています。
― 「アンサンブル・ウィーン=ベルリン」は、結成30周年を期に大幅にメンバーが入れ替わったわけですけれど、それによってどのような変化が起きたと思われますか?
そもそもメンバーひとりひとりがとても個性の強い人たちなので、人が変わるということは、アンサンブル自体も大きく変化しますね。ただし、永い間に培われてきた伝統的なものは、我々新しいメンバーにもしっかり伝えられてきています。もちろん、以前のメンバーともコンタクトをとっていますのでね。
― ちなみに、メンバーはどのようにして選ばれるのですか?
うーん、それはよく解りませんね。
― オッテンザマーさんの場合はどうやって入ったのですか?
私の場合は、ある日突然電話がかかってきて、「なにやってる? 来ない?」「ああ、いいよ、行く」で決まったのです(笑)
― その電話の相手は誰だったのですか?
新しいボスのシュテファン・ドール(ベルリン・フィルの首席ホルン奏者)です。彼がアンサンブルの新しいボスなのですよ。今回もメンバーを選ぶための枠は、とても小さかったと思うのです。なにしろ、ウィーン・フィルかベルリン・フィルかしかないわけですからね。そんなに選択肢がなかったと思います。
― それにしても、素晴らしい人ばかりの中から自分が選ばれたということについては、どのように思われましたか?
それはとても名誉なことですね。素晴らしいメンバーと一緒に演奏させてもらえることも光栄なことですし、さまざまなレパートリーに挑戦できることも楽しみにしています。
― 素敵ですね。7月の来日公演にも魅力的なプログラムが予定されていますが、曲目はどのように決めているのでしょう? ボスのシュテファン・ドールが決めるのですか?(笑)
テーマはあきらかですよね。来日時期の「夏」をテーマにしています。有名な曲もありますが、あまり知られていない曲もあります。さらには、オーケストラ曲のアレンジも含まれていて、私にとっても楽しみです。
― このアンサンブルは年間どのくらい公演を行っているのですか?
そこはオーケストラでの活動との兼ね合いですから、そう頻繁に集まれるものでもありません。ですから、年に何回とははっきり言えないところがありますね。それが最も難しいところではあります。
名門レーベルとの史上初の専属契約
― なるほど、7月には、その貴重な機会を体験できるわけですから幸せです。そして、「ドイツ・グラモフォン」という世界最高のクラシック・レーベルと専属契約を結ばれたことも凄いことです。クラリネット奏者としては史上初の快挙だそうですね。
あり得ないくらい素晴らしい話です。私のレパートリーは、このレーベルの中ではまったく未知のものですから、それをこれからどんどん開拓していくというだけでも意味があります。比較的キャリアの早い時期にこのような素晴らしい話をいただけたことは大きなチャンスですし、コンサートとは別のお客様と音楽をシェアできるというのも素晴らしいことだと思います。
― そうですね、音楽家にとって録音というのは、我々にとっての名刺みたいなものだと思います。出来るだけ多くの人に演奏を聴いてもらうことや、名前を知ってもらうということは、とても大切なことだと思います。その意味では本当に素晴らしいキャリアを歩み始めているなあと感じますね。
ありがとうございます。非常に面白いのは、ライブとレコーディングを比べると、ライブというのは自分と一緒に成長していくものです。一方、レコーディングというものは、その瞬間を残しておくものです。そのあたりの違いが興味深い点ですね。
― すでに「ポートレイツ」と「ブラームス:ハンガリアン・コネクション」の2枚のアルバムを出されましたが、満足していますか?
はい、完全に満足しています。もちろん今ならこれらのレコーディングとは全然違う演奏をすると思うのですが、だからといって、これらの演奏を自ら否定するというものではないのです。
― 特にファーストアルバム「ポートレイツ」は、オッテンザマーさんの楽器の遍歴を辿るようなプログラミングで、とても興味深く聴かせて頂きました。
ありがとうございます。1枚目というのは、皆さん自己紹介という意味も込めてレコーディングすると思うのですが、私は、他の人たちがやったこととは全く違うやり方で自分のことを知ってもらいたかったのです。
― その考え方は素晴らしいです。我々ジャーナリストも、手元に届いたアルバムをどうやって紹介しようかと考えるわけですが、単なる名曲集のようなものはやっかいですね。ところがこのアルバムのように、筋書きや企画がしっかりしたものだと、とても人に伝えやすいですね。
ムフフ・・・
― まだお若いので、これから先の音楽人生の可能性は無限大だと思います。この後何をやりたいと思っていますか?
音楽家として出来ることは沢山あると思うのです。ごく最近では、今回一緒にツアーをしているピアニスト、ホセ・ガヤルドとスイスでフェスティヴァルを始めたばかりです。室内楽というのは、自分にとって常に近しい存在です。そして、オーケストラでの活動、ソロ活動、アンサンブル活動の3つを上手くバランスをとって続けて行くことが、今の自分にとって大切なことだと思っています。
― 音楽以外にモデルの活動もしているのですよね。
はい、そんなに積極的にやっているわけではありませんが。
― そのような話が来るだけでも、このクラシック業界にとっては、とても明るい話題だと思います。音楽以外のことで他にやってみたいと思っていることはありますか?
もうすでに音楽以外の事もたくさんやっています(笑)私にとって音楽がすべてではないのです。
スポーツで鍛えているからいい音が出る!
― なるほど、今一番関心があることは何ですか?
やっぱりスポーツですね。それと、友達と会ったり、さまざまな異なる企画を考えたりでしょうか。そうそう、最近私の住んでいるアパートを改修したのですが、これが物凄く時間がかかったのです。その辺は、他の方々と変わらない生活の一部でしょうね。
― そのアパートというのはベルリンですね。ベルリンでの生活はいかがですか?
それは素晴らしいです。色々なことが起こっていますし、活き活きとした街ですね。パーティも沢山開かれます。
― スポーツはテニスとサッカーのどちらがお気に入りですか?
どちらが好きというよりも両方大好きで今も続けています。さらには、ゴルフやスキー、水泳なども加わっています(笑)。そもそも、決めたり選んだりということがとても苦手なのです。
― なるほど、管楽器奏者ですから、スポーツで鍛えた身体があってこそ、よい音が出るのでしょうね。
まったくその通りです。
― スポーツと言えば、日本ではテニスの錦織圭の話題で大盛り上がりなのですが、御存知ですか?
もちろんです! 今回は彼の出身地の松江でもコンサートをしてきたのですよ。
― なるほど、ではぜひ彼をクラシックの世界に引っ張り込んでください。きっと面白いことが起こりますよ。
喜んでやりますよ! アレンジしてください。彼のコーチのマイケル・チャンとはプレイしたことがあるのです。
― それは素晴らしい! テニスを教わりながら、錦織選手にクラリネットを教えるような関係になったら最高ですね。
いいですねえ。是非実現したいです。
― まさに可能性は無限大ですね。これから先、人間としてどのような広がりを見せてくれるのか楽しみにしています。頑張ってください。
有り難うございます。
インタビューを終えて握手を交わしたその手は、とても大きく力強い。アスリートのように引き締まった体に柔和なまなざしを持つこの若者が、モデルとしても注目されていることにも納得だ。まだまだ進化の途上にあるであろう逸材が、7月の「アンサンブル・ウィーン=ベルリン」公演での来日時にはどのような輝きを見せてくれるのか。興味は尽きない。
▼「アンサンブル・ウィーン=ベルリン」公演情報
日時:2015年7月5日(日)
会場:神奈川県立音楽堂14時開演
チケットはKAme先行発売が3月7日(土)、一般発売は3月13日(土)
※ アンサンブル・ウィーン=ベルリンのリーダー、シュテファン・ドールのインタビューが ANAGAWA ARTS PRESSに掲載されています。