藤沢から発信する若い才能 FAS(エファース)のこれまでとこれから
辻堂駅北口の商業施設内に2015年にオープンした「藤沢市アートスペース(FAS:エファース)」。市民ギャラリー以外では藤沢市内唯一の公立アートスペースとなる同館は、展示ルーム、ワークショップルームに加えて、アーティストが滞在制作できるレジデンスルームを常設した全国でも珍しい施設です。文化都市として名乗りを上げた藤沢市にどんな可能性が秘められているのか、同館美術専門員の杉本聡子さんと竹上早奈恵さんにお話を伺いました。
Interview&Text:齊藤真菜
美術館のなかった街に現れた”アートの現場”
-FASは、アメリカの姉妹都市を参考にしたそうですね。
杉本:現市長の鈴木恒夫市長が姉妹都市のマイアミ・ビーチ市に視察に行った時に、現地のアートセンターを訪問して、その中で滞在制作をしているアーティストがいたんです。藤沢市はもともと美術館も博物館も持っていなかったので、こういう若い作家たちと触れ合える施設を藤沢市にもぜひ作ってみたいということで、レジデンスルームを設置することをコンセプトの一つとして、アート施設を作ることになりました。展示室と滞在制作のスタジオが同列に並んでいるのは、ほかでは見られない特殊な場所だと思います。オープンスタジオと展示、そしてワークショップルームでのイベントが3つの柱となっています。
-以前から現代アートの施設を作ろうという動きはあったのでしょうか。
杉本:藤沢市で本格的に現代アートを取り扱ったのは、市民ギャラリーで毎年開催していた「藤沢市30日美術館」という企画で2014年に若手作家を取り扱った時ではないかと思います。それまで藤沢にゆかりのある有名な物故作家や建築家を扱っていたんですが、この時は、藤沢市が所有している「江の島の浮世絵」にインスピレーションを受けた作品を、ゆかりのある若手のアーティスト7人が作って展示するという試みでした。この展示も、起爆剤の一つにはなっていたんじゃないかなと思います。
杉本:藤沢の中でも特に今辻堂は急激に発展している途中のまちです。もともと、辻堂地区には文化芸術施設がないこともあったのですが、美術館や博物館を新しく作るとなると大事になってしまいます。しかし、生まれ変わっていく辻堂に新しくできた既存のオフィスビルの中に作るのであれば、実現の可能性が高いと考えられたんだと思います。
—オフィスビルの中ということで、特に工夫しなければいけなかった点などはありますか。
杉本:滞在制作してもらうことで毎日のように顔が合わせられるし、いろんな所でレジデンスの経験を積んでいて、どんな場所でも展示できないといけないという風に考えているアーティストも多いので、展示するのにそこまで困ったことは今までないですね。
外に発信する拠点として
杉本:昨年度は計17人の作家が展示していますが、全員が藤沢に何らかのゆかりがある若手の作家です。初年度ということと、若手芸術家の育成、支援も掲げているので、なるべく若い作家に使ってもらって交流の場を設け、意見交換ができるようにしています。調べると藤沢ゆかりの若い作家はすごく多く、そういったことも、この場所がないと見えてこなかったと思います。他の美術施設で働く仲間にも、藤沢や神奈川県内の若い作家のリサーチが今までしづらかったので、一つ湘南地域から発掘できる場所ができて良かったと言ってもらいました。
地元のアーティストも、FASだけで止まるのでなく、一つのハブとして飛び立てる場所、ここをきっかけに外とつながっていけるようにという思いもあります。これまではそういった場所がなかったので、藤沢のアーティストたちは自ら市外にでることが多かったようです。また、外に出て行っても戻って来られる港のような場所になることを期待しています。
今年度から公募展が始まる予定で、そちらは藤沢市限定でなく、日本に住んでいれば海外の方も応募できます。様々な文化の交流が始まるのではないかと楽しみにしています。
藤沢という街は産業がとても豊かで、色々な企業があるので、つながりを作っていくということも考えています。今回の公募では市内にあるホテルの8hotelさんとコラボレーションした企画も入っていて、入選者4組のうち8hotel賞受賞者は、8hotelの客室をアートでリニューアルするプロジェクト「8DAYS A WEEK」で作品を制作・発表することができます。
それから、まさにこの真上の7階に、藤沢市所蔵の浮世絵や郷土歴史に関連した資料を展示する「藤澤浮世絵館」が7月にオープンすることが決まっていて、そちらとはコラボレーションしていく予定です。
市民とアーティストのコミュニケーション
杉本:来館者の多くは市民の方なんですが、これまでアートの現場に出会ったことがなかった人たちが、初めてアーティストが目の前で制作している現場に入れる、近くで見られるということがすごく興味深い、面白いと言っていただいています。ただ、邪魔になってるんじゃないかと心配してくださる方もいます。作家も人が入って来るとお話をしなきゃいけないなと思うこともあるみたいですが、お客さんの方もそうやって気にしてくれているので、ずっと集中できないとか、ずっとしゃべっていなきゃいけない、ということはなく、意外とはかどっているようです。
-譲り合いなんですね。
杉本:高校生もよく遊びに来てくれて、(美大に)進学を考えている、どうすればいいかっていうのをアーティストに直接聞いていて、すごくしっかりアドバイスしてたりします。自分も趣味で作品を作ってる方は、どんどんオープンスタジオに来てくれて、質問してくれていますね。
-白い綺麗な床で作業するのは抵抗がありそうですが…。
杉本:アーティストもわりと気にしてくれるタイプと気にしないタイプといます(笑)。今は2人なのでわりとすっきりしていますが、前回は4人が滞在していたので、ごちゃごちゃしてました。
最初はやっぱりきれいすぎて使いづらかったと思いますが、少しずつこれまでの形跡が残っていってるので、だんだん使いやすくはなってきているかもしれません。制作スタイルにもよりますが、思ったより壁が少ないので、大きな絵画作品を描く時など、やりづらい部分は施設として改善を考えていかないといけないと思っています。
-運用する上で、何か工夫していることはありますか。
杉本:特にスペースを区切っていないので、4人ぎゅうぎゅうの中、一人が彫刻で粉を飛ばすという状況だった時は、どうやって間仕切るかなどを皆で相談しました。ズレが起こって大変なことにならないように、半年前くらいから、2カ月に一回は皆で会うことにしていました。
杉本:前回の「みつけること/またみつけること」では、日光市に住んでいる皆川俊平さんが藤沢の実家と行ったり来たりしながら制作していて、《漂流する家》という作品では日光の方から廃材を持ってきて、ここで組み立てていました。自分が小さい時には辻堂によくあった、掘っ立て小屋みたいなもののある景色を作ったそうです。最近新しく辻堂に引っ越してきた人には珍しく感じるかもしれないけど、僕にはこれが懐かしい藤沢の原風景の一つだと言っていました。
また、石川直也さんは江の島に住んでいて、身近なものをモチーフにしました。彼のワークショップ「ただの石が宝石に!?」では、江の島で拾った石や、本人の彫刻のかけらを参加者に磨いてもらいました。滞在制作の成果を発表する展覧会では、海で拾った海が磨いた石と、ワークショップ参加者が磨いた人が磨いた石を並べて展示をしていました。
内田さとみさんは住んでいるのは横須賀なんですが、滞在制作中に富士山が見えたり、海に近かったり、そういう環境をすごく意識しながら、作品に反映したそうです。
そう考えると、やっぱり海の風景は皆少し意識しているかもしれないですね。また、制作中にほかのアーティストに意見をもらって初めて認識したことが、作品につながることもあったようです。
落ち着いた青に漂う静寂
竹上:「けしき」というテーマが先に頭にあった上で、いろんなジャンルにしようと、平面の作家2人と、彫刻、インスタレーションの作家を一人ずつ選びました。今回は前回の展示がレジデンスルームも使ったものだったことと、年度が変わるタイミングなのでここで制作はしていませんが、皆さん熱心で意欲がある作家さんで、新作を作りたいと作家さんの方からおっしゃってくれたので、今回のために作ってもらったものもあります。日本画の素材や藍、セラミック、葉脈などさまざまな材料を使った作品です。
全体的に青っぽい色合いになったのは偶然ですが、まとまりが生まれて、企画している時には想像していなかった静寂さが空間全体に漂っているなと感じています。来ていただけるお客さんそれぞれ感性が違うと思うので、いろんな感じ方をしてもらえればいいなと思っています。
今年度からはマンスリーイベントプログラムを用意していて、5月は企画展の関連イベントとして展示会場でのパフォーマンスも行いました。音楽や踊りに興味がある方にも来てもらって、この施設のことを知ってもらうことを狙った初の試みです。今後は基本的に、展示に関連するもの以外に、一月に一本ワークショップまたは講座、シンポジウムなどを実施する予定です。