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伝統芸能

立川志らくインタビュー|自分の成長を確かめることができる場所

立川志らくインタビュー|自分の成長を確かめることができる場所

Interview&Text:西野正将  Photo(Portrait):西山えり

横浜にぎわい座の名物企画、立川志らくによる『続・志らく百席』がついに百席を達成。1回の公演でほぼ三席(ネタ)の披露となるため百席達成するために費やした年数はなんと5年。しかし、タイトルを見てお気づきの方もいるかもしれないが「続」というタイトルの通り、この百席はなんと2回目。初回と続を合わせると10年かけ、にぎわい座で志らく師匠は独演会を続けてきたことになる。それほどまでに同じ場所で続けられるこのシリーズはいったい通常の独演会とは何が違うのか、『続・志らく百席』が終わった後、このシリーズは一体どうなるのか、そんな素朴な疑問を百席達成となる”続シリーズ”最後の公演直前に楽屋にてお話をお聞きすることができた。

──今日で『続・志らく百席』が百席を達成し、終了されるということですが、このシリーズの前進であった『志らく百席』を始められたきっかけは何だったのでしょうか。

立川志らく(以下、志らく):にぎわい座がオープンしてから一門会や独演会はやらせていただいていました。ただ一門会は私の弟子が出て来て最後に私が一席だけやるという形式なので、それほどお客様も集まりませんでした。そして昔にぎわい座でやっていた独演会では歌手の柏原芳恵さんや映画監督の大林宣彦監督など、様々なゲストをお招きしてやっていたのですが「もっと志らくの落語を聞きたい」という声を多くいただきまして、「じゃあ、腰を据えて完全な独演会としてやってみよう」と『志らく百席』を企画しました。このタイトルは『圓生百席』という昭和の名人である三遊亭圓生師匠が自分の落語を後世に残す為に自分が選んだ落語を百席スタジオ録音して販売したことが過去にありまして、「じゃぁ、私はそれをライヴでやってみよう」と披露する演目を全部発表してやってみたんです。すると、どんどんお客が増えて、おかげさまで今では前売り完売が続くようになりました。

──最初の『志らく百席』が終了した後も、『続・志らく百席』としてまた百席続けることになったのはなぜでしょうか。

志らく:百席やるには5年近くかかるのですが、やってみるとあっという間に終わってしまいました。百席やったのでそのまま終わっても良かったのですが、にぎわい座さんから続けて欲しいとお話があり、全く同じ内容でスタートすれば私の落語の成長ぶりもよくわかるのではないかと考え、現在の『続・志らく百席』を始めました。成長したものもあれば退化したものもあるかも知れないし、笑いだけでなく非難もあるかもしれない。それらも含めてもう一度やってみようと思ったわけです。

立川志らく

──百席というのは文字の通りかなりのボリュームとなりますが演目を選ばれる際の基準や全体の構成基準などはあるのでしょうか。

志らく:落語で上演されているネタは大体三百席程度しかないんですよ。私が百席を始めた当時の持ちネタは百五十席ぐらいで、今は二百席弱くらいですかね。それらの中から「よくやっているもの」、「たまにやっているもの」、「めったにやらないもの」に分けて選ぶわけですが、1回の落語会が大体三席で、2時間程度に収まりますので、その3つの中から「小ネタ・中ネタ・大ネタ」を選んで全体を構成しています。

──次の新シリーズの構想も出来ているとお聞きしております。

志らく:まだ発表はしていないのですが、“続”の次は“新・志らく百席”とかになるんでしょう(笑)。百席シリーズをやって来た10年間ではこのシリーズによって仕込まれた新たなネタや、普段全くやらなかったのにシリーズを通して結構やるようになったネタなどがあります。なので今度の新シリーズでは、全体の入れ替え作業として今までの百席であまり手応えがなかったものを捨て、新たなネタをいれるだけでなく、再演するネタも順番も入れ替えてみたりと一度整理してみるつもりです。

──同じ会場で同じ演目を百席披露するという前例のない試みを、実際に10年間続けてこられてきたわけですが、やってみて師匠として気づかれた点などはありますでしょうか。

志らく:漠然としていた自分の成長が具体的にわかったということが一番ですかね。芸人はよかったことより、よくなかったことの方が覚えているんです。一度やってだめだったのに、2度目に全然違う手応えを感じると「自分はそれだけ成長したんだな」と明確にわかるんです。あちこちでやっているとどこでもそこそこ手応えがあるし、他でうけたネタをここでやってみたらば、あまりうけなかったりするんです。どこでも鉄板でうけているからと、その慢心が自分の成長を止めている場合もあるわけで、それを確かめるというか、自分の成長を客観的に観れる場所としてこのシリーズは成立していますね。

──他でうけたネタがここでは受けなかったことがあるとのことですが、にぎわい座での上演は他の会場とは違う雰囲気があるのでしょか。

志らく:やはりこの劇場は玉置宏先生(前館長)という落語を愛した方がこしらえた場所なので、東京近郊の中では一番やり易い空間だと思いますね。私は個人的に客席の明るい場所で上演中に飲み食いされるのが好きではないのですが、この会場だと全くそれが気にならないんです。落語のことをよく知らないお客さんは、大体“自宅でテレビを観ている感覚”で飲み食いしているのでこちらもやりにくいし、周りのお客にとっても迷惑なんです。でもここにくるお客さんは皆さん好きでここに来ているから、ちゃんとそれをわきまえて飲み食いしている。飲んでも酔っぱらっていないし、ちゃんと落語を楽しみながら、“たしなむ程度に”飲んでますね(笑)。

──あくまでも落語が主役であると(笑)。

志らく:そうそう。それだけお客さんがわきまえている。そんなやり易い場所なのに反応が悪い時もあるわけで、先程もお話しましたが、それだけ自分の成長を確かめることが出来る場所ってことですね。

──ちなみに先程、新シリーズについてお話をお聞きしましたが、今後この”百席シリーズ”をどこまで続けていくか将来的な構想などはありますでしょうか。

志らく:にぎわい座さんがやらせてくれるならば…、新シリーズは5年たてばまた終わるわけですが、次にやる時は私が還暦にかかってくるわけですよ。なので次回は“還暦シリーズ”になると思います。そしてまた5年たてば次は私が60歳半ばになっているので”円熟期シリーズ”になって、その次は70歳なので”最後のシリーズ”となりますね(笑)。もしもその後も元気であれば70歳半ばで”遺言シリーズ”、80歳でまだまだ元気であれば、”まだ生きてるぞ!シリーズ”になると思うので、やろうと思ったらずっと続けて行くことは可能です。

立川志らく

──それは内容もどんどん熟していくので是非続けて欲しいシリーズとなりますね(笑)。

志らく:私が70歳くらいになったらお客さんにも「俺は初回から観てるんだよ」とか「昔と今は全然違うね」とかそういう楽しみ方を味わってもらえるし、そういう点ではただの独演会よりもお客さんにとって楽しいものができるのではないかと考えていますね。

──では最後に落語ファンの方だけでなく、まだ落語を観たことがない方、今興味をもっているという方に向けてメッセージをいただけますでしょうか。

志らく:落語が大好きで通っている人は百席全部通おうなんて無理なことはしなくても結構です。全部通っていると飽きてしまって来なくなっちゃう可能性もあるので是非とも「これは行ってみよう」と思えるものを選んで来てください(笑)。そしてまだ落語をご覧になったことがない方に向けてですが、独演会というのはネタの当たり外れがあります。もしも外れてしまうと「もうこの人の公演は行くまい」と思ってしまうかもしれませんが、”百席シリーズ”の場合はバランスよく3つに分けて構成しているので”大はずれ”はありません。落語は敷居が高く感じるかもしれませんが、映画やお芝居を観るようにふらっと訪ねてくれればそれほどの知識がなくても十分楽しめると思いますよ。日本語さえわかれば大丈夫です(笑)。

──今日は本番前にありがとうございました。次の”新・百席シリーズ”も楽しみにしております!

取材後に“続シリーズ”最後の公演を拝見させていただいた。当日に発表されたお題は『死神』、『中村仲蔵』の二席。欲に目がくらんでしまった主人公の行き当たりばったりな行動と、死神とのやりとりが目を離せない『死神』。中でも最後に演じられた『中村仲蔵』は実在した名優、中村仲蔵の成功するまでの試行錯誤や葛藤がこと細かに語られる演目となっており、話の面白さだけでなく、そのような人物がいたのかと新たな知識の発見にただただ関心させられるばかり。もちろん自身は恥ずかしながらそれら演目の予備知識など全く持っていなかったが、どの演目も最初から最後までちゃんと理解しながら楽しむことができた。インタビューでもあったように落語はちょっと敷居が高いと感じられている方もいるかもしれないが、そんなことはない。落語は年齢関係なく楽しめるものだし、日本語さえ分かれば大丈夫!是非ふらっと落語の世界を訪ねてみて欲しい。

2015.9.15 続・志らく百席『死神』より|撮影:山田雅子

2015.9.15 続・志らく百席『死神』より|撮影:山田雅子

[立川志らく出演情報!]

●志らく三十周年記念第四弾『立川志らく独演会 with ZAZEN BOYS』
10/30(金)19:00~ 有楽町・国際フォーラムC

●『今年最後の立川志らく独演会』
12/23(水・祝)13:30~ 有楽町・よみうりホール

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