「第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展」レポート 第2弾
2015.8.25
「金獅子賞受賞アーティストの展示と国別パビリオン、120年の歴史と未来をめぐる鑑賞のすすめ」
ヴェネチア市が芸術文化の発展に寄与するために開始したヴェネチア・ビエンナーレは今年で120周年。
今日では53カ国136人もの作家が参加する企画展と、前回インタビューした日本館を含む89の国別パビリオンでの展示が同時開催される世界最大級の国際美術展に発展し、各作品には地球規模で起こっているグローバル化の一方で多様化するアートの表現を見て取ることができます。
今回のレポートでは、金獅子賞を受賞した作家の展示や国別パビリオンの様子に加え、節目を迎えたヴェネチア・ビエンナーレの歴史を楽しむ、マグカル編集部特派員による仮想ツアーをお送りします。
まずはカフェ・フローリアンで歴史に思いを馳せ、メイン会場でマルクスを聞く
ヴェネチアの中心、世界で最も美しい広場とも賞賛される観光地サン・マルコ広場にある1720年創立の老舗喫茶「カフェ・フローリアン」では、毎晩のようにアーティストや有識人達が集い議論を交わしていました。1893年、このカフェでヴェネチア・ビエンナーレの構想が誕生しました。宮廷の権力を誇示する目的もあったビエンナーレですが、国内外の現代芸術の多様性を認め、芸術文化を通じて自由な言論を交わすという、このカフェがすでに果たしていた機能の拡張を目指したものだったのです。そんな史実に思いを馳せながら、まずは旅行の疲れを癒して膨大な展示の鑑賞に備えましょう。
カフェ・フローリアン 提供:Caffè Florian Venezia(Archivio Caffè Florian)
国立造船所の跡地を利用した「アルセナーレ」と島で最大規模の公園で緑があふれる「ジャルディーニ」の2つの主要会場の展示室に向かいましょう。まずはジャルディーニのセントラル・パビリオンへ。ここには、今回のビエンナーレを特徴づける大きな赤いアリーナ(劇場)が作られました。19世紀後半から21世紀、近代から現代へとまさに劇的な歴史のうつりかわりを反映してきたヴェネチア・ビエンナーレ。この展示会場の中心に位置するステージから、現代社会の状況を改めて観測し、美術以外の領域も横断しながら今日の芸術的表現を探求するプログラムが実施されています。企画展の主要な参考文献にもなっているマルクスの「資本論」(全4巻)を7ヶ月の会期を使って毎日朗読する他、パネルディスカッション、音楽やダンスを含むパフォーマンス、映像作品の上映も行われ、自由に鑑賞することができます。
ジャルディーニ セントラル・パビリオン内に設置された「アリーナ」とそこで行われるイベントの様子
Isaac Julien
《DAS KAPITAL Oratorio》, 2015.
撮影:Andrea Avezzù 提供:la Biennale di Venezia
企画展「全世界の未来」
引き続き、セントラル・パビリオンを見ていきましょう。5メートルのはしごの先に、映画の最後のように「The END」と書いてあります。生前イタリア映画界とも親交のあったローマ出身のファビオ・マウリ(1926-2009)のこの大きなインスタレーション作品が示唆する「永遠の終わり」もしくは画面が暗転する前の一コマから企画展は始まり、新旧の作家の展示が続きます。
今年の企画展の総合テーマは「All the World’s Futures(全世界の未来)」。総合ディレクターは1963年ナイジェリア生まれで現在はドイツ・ミュンヘンにある「ハウス・デア・クンスト」の館長であるオクウィ・エンヴェゾー。西洋中心主義からポスト植民地時代に移り変わる社会の様々な問題を取り上げた展覧会でその手腕を発揮してきました。今回のビエンナーレでは、先の「資本」に由来して様々な亀裂が生じている現状を鑑み、この不安定な世界と歴史のつながりを今一度考察し、アートと社会の新しい関係性(未来)を提示しようと試みました。
金獅子賞を受賞したエイドリアン・パイパー(1948年ニューヨーク生まれ、現在はベルリン在住・活動)は、ジャルディーニにて「Everything will be taken away」と黒板に描かれたドローイング(《Everything 21》、2010-13年)、またアルセナーレへと続く展示では《The Probable Trust Registry: The Rules of the Game #1-3》(2013年)を展示。前者は、お仕置きとして子供が同じ単語を何度も書かされている状況を想定しつつ、すべては崩壊を免れられないことを示唆し、後者は「I WILL ALWAYS BE TOO EXPENSIVE TO BUY」などと書かれた宣言書に鑑賞者がサインをする参加型のインスタレーションで、資本主義社会において成立する言論を巧みに揶揄しています。アルセナーレでは、ドキュメンタリー映像作家のイム・フンスン(1969年ソウル生まれ、現在もソウル在住・活動)も時間を取って鑑賞しましょう。アジアの女性労働者約20人へのインタビューと闘争現場などを映した長編映像作品《Factory Complex(慰労工業団地)》(2014年)で、若手作家に授与される銀獅子賞を受賞しました。授賞式でフンスンは、「(過酷な現状を表現するだけでなく、)労働と人生、日常は芸術と常に一体だということも伝えたい」と言っています。
ファビオ・マウリ
《Macchina per fissare acquerelli》, 2007.
Fabio Mauri e Pier Paolo Pasolini alle prove di Che cosa p il Fascismo 1971, 2005.
Il Muro Occidentale o del Pianto, 1993.
撮影:Alessandra Chemollo ©la Biennale di Venezia
エイドリアン・パイパー
《Everything 21》,2010-2013.
撮影:Alessandra Chemollo ©la Biennale di Venezia
エイドリアン・パイパー
《The Probable Trust Registry: The Rules of the Game #1-3》, 2013.(展示風景)
撮影:Alessandra Chemollo ©la Biennale di Venezia
多様化する国別パビリオンの試み
個性的な国別パビリオンが建ち並ぶジャルディーニでは、是非ベルギー館にも立ち寄りましょう。ベルギー館は、1907年に始めて建設された国別パビリオンです。今回の展示では、ブリュッセルを拠点に活動する作家だけでなく世界各地から10組以上のアーティストが加わり「ミクロ・ヒストリー(知られざる歴史)」を掘り起こすとして、1908年にベルギー政府が植民地化したコンゴに焦点を当てています。支配への反抗の歌やルンバのリズムが流れる映像では、ヨーロッパとその植民地の間で起こった搾取や暴力などの不幸な物語から一端離れ、植民地時代のコンゴで発展したアートや音楽、行動主義など、文化的な活動の促進という有益をもたらしたことも明らかにしています。
《One.Two.Three》,2015. Vincent Meessen and Normal, Brussels
ベルギー館「Personne et les Autres」展(展示風景)
撮影:MAGCUL.NET編集部
http://www.personne-et-les-autres.be/
最後に今回金獅子賞を受賞した「アルメニア館」に向かいましょう。ヴェネチア本島から船で20分ほどのサン・ラザロ・デリ・アルメーニ島(「アルメニアの島」の意)にある修道院が展示会場になっています。ここでも出生地や活動拠点を異にする16組の作家によるグループ展が開催されていますが、彼らは皆、今から100年前に起きたアルメニア人大量虐殺の際に離散した人々の子孫です。トルコの東に位置する彼らの祖国では他民族の侵入が絶えず、この島もまたヴェネチア共和国が18世紀のトルコの侵略で国外へ逃亡したアルメニア人修道僧に与えたもの。この節目の年に「Armenity(アルメニア人性)」を考察すべく、国籍をこえて集まった作家達は自分たちのアイデンティティや記憶を辿った作品を展示しています。当時の侵略者側であるトルコで生まれたサルキス(1938年イスタンブール生まれ、現在パリ在住・活動)は、通常宗教的な絵が描かれるステンドグラスに日常を描き、自然光に左右されず夜間もLEDで照らされる作品を、またHera Büyüktaşçıyan(1984年イスタンブール生まれ、現在も在住・活動)は、かつてこの修道院がヨーロッパでも重要な活版印刷所であった歴史を彫刻作品として表現。これら現代に生まれた作品は、この静かな修道院で穏やかな「再会」や「和解」を果たしているよう。負の歴史を乗り越える芸術の交流の力を感じられるでしょう。
アルメニア館「Armenity/」展(展示風景)
http://www.armenity.net/
【上4点】撮影:MAGCUL.NET編集部
【下1点】サルキス《Croix de brique, from Ailleurs ici, Chaumont-sur-Loire》, 2012. © Piero Demo, 2012
レポート文責:飯田真実(美術史家)