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演劇・ダンス

マグカルレポート「TPAMディレクション プログラム2015/タン・フクエン ディレクション」

マグカルレポート「TPAMディレクション プログラム2015/タン・フクエン ディレクション」

<タン・フクエン プロフィール>

コンテンポラリーの舞台芸術および美術の分野で活躍するインディペンデントのカルチュラル・ワーカー。バンコクを拠点にアジアおよびヨーロッパで多くのプロジェクトを手がけている。第53回ヴェネツィア・ビエンナーレでシンガポール館の単独キュレーターを務めたほか、シンガポール・アーツ・フェスティバル、インドネシア・ダンス・フェスティバル、イン・トランジット・フェスティバル(ベルリン)、バンコク・フリンジ・フェスティバル、コロンボ・ダンス・プラットホーム(スリランカ)などでも仕事をしている。

▶タン・フクエンインタビューはこちらから!

アイサ・ホクソン
『Death of the Pole Dancer』


@KAAT神奈川芸術劇場 小スタジオ

美術とバレエを学び、2010年マニラで開催されたポールダンスのコンペティションで優勝という経歴をもつアイサ・ホクソンの公演。
会場に入るとポールを立てるであろう支柱の回りを取り囲むように観客は床に座って彼女の登場を待つ。
時間が経つと静かな空間でアイサがパーツ分けされたポールを順にゆっくりと組み立てていくのだが、その間会場には音楽などなく、その光景はまるで儀式のように崇高なものに見え、「この公演はただのポールダンスではない」と観客に強く訴えかけているように思えた。そして組み立て終わったアイサは激しくポールに体をぶつけ続ける。時折飛び移り驚異的な身体能力(イメージとしてあるポールダンスの動き)を見せつけるが「妖艶的」イメージのある(自分はこう思っていた)ポールダンスと違い、まるでポールダンスそのものに対する偏見的なイメージにへの怒り、またはそれらイメージを払拭するべく立ち向かうかの様なアプローチに彼女の女性像を逆手にとった強いメッセージを感じる事ができた。なおポールダンスはエクササイズや舞台芸術としても認知され専門のスクールも開講されており、台湾などではローカルではあるが葬儀などで死者の送り出しとして披露される事もあるらしい。自身の持つイメージはいったいどこからやってきたものなのか…。色々と考えさせられる夜となった。

アイサ・ホクソン『Death of the Pole Dancer』TPAM2015

アイサ・ホクソン『Death of the Pole Dancer』TPAM2015/Photo: Hideto Maezawa

ムラティ・スルヨダルモ
BORROW + EXERGIE – butter dance

@BankART Studio NYK NYK ホール

現代アートの領域でも高く評価されているムラティ・スルヨダルモのパフォーマンス。バターダンスとはその名の通りバターを使用したパフォーマンスであり、大量のバターの塊の上でムラティは「ドレスにハイヒール」というバターの上には適さないであろう衣裳をまとい、激しく転んではその予測不可能な身体の動きを我々に見せつけた。しかしこの公演でバターダンスが披露されたのは演目のラスト部分だけであり、ムラティはバターダンスを披露するまでにそのダンスを始めた理由を15年前までにさかのぼり私達に説明するところから始めた。ムラティは踊り手だった両親に育てられ、古川あんずやマリナ・アブラモビッチにも師事し、様々な思想や身体的記憶を習得してきた。語りかけながらその記憶の断片をムラティは身体を通して披露してくれるのだが、その動きはジャワ島の伝統的な踊りから舞踏までとその歴史の幅に驚かされる。そうして様々な身体的な記憶を表現した最後に彼女はバターの上に立ち、上記にも記した通りバターダンスをラストとしてを披露してくれたのだが、それは様々な事を学び習得してきた彼女だからこそ体に宿る思想、身体的記憶を全て隔絶するための最終手段だったのではないかと、この公演を通して感じる事ができた。

ムラティ・スルヨダルモ『BORROW + EXERGIE – butter dance』TPAM2015

ムラティ・スルヨダルモ『BORROW + EXERGIE – butter dance』TPAM2015/Photo: Hideto Maezawa



※動画はTPAM2015のものではありません。

エコ・スプリヤント
『Cry Jailolo』

@KAAT神奈川芸術劇場 ホール

エコ・スプリヤントはかねてよりインドネシアのジャワに伝わる伝統舞踊とコンテンポラリーダンスの再検証を取り組んで来たアーティストであり、今回のTPAMではインドネシア東部の北マルク州西ハルマヘラ島のジャイロロに伝わる伝統舞踊、”レグ・サライ”にインスピレーションを受けたという『Cry Jailolo』を発表した。暗くなったステージから「ヒタヒタ」と小さな音が会場の隅々までしっとりと鳴り響く。それは水の様な音でもありとても心地がよく、やっと全体が見えてきた時にそれは細かく地面(ステージの床)を踏みつけるステップの音だと気づく。彼らの踊りがどこまで伝統舞踊でどこまでがアレンジされた動きかは判断はできないのだが、行進していくような腕の振りやステップで構成された踊りはとてもシンプルであるにも関わらず、海に対する祈りや破壊への怒り、そして時には船を漕ぐシーンを連想させたりと多くの物語をこちらに感じさせてくれる表現の豊かさに思わず見入ってしまった。(※テキストを読んでみると『Cry Jailolo』はジャイロロ海の珊瑚の破壊が止まり再び元の姿を取り戻して欲しいという希望を表現したとある。)また上演に音楽は使用されているが、最初まで最後まで彼らの床を踏みつけるステップの音がとても印象的で、時に静かに時に力強く踏みつけられるその音は腕の振りなど体の動きと同調し、よりそれら祈りの物語を私達に伝えてくれる重要なものとなっていたように思えた。

エコ・スプリヤント『Cry Jailolo』TPAM2015

エコ・スプリヤント『Cry Jailolo』TPAM2015/Photo: Hideto Maezawa

以上、タン・フクエン ディレクションより3つの公演をレポートさせていただきましたが、アジアの伝統や可能性についてストレートに取り組んだ作品、そして私達の中にあるイメージ(思想)を新しい視点で考えさせてくれるような作品が多く登場していたように思えました。今年に続き来年もアジアという視点からどのような作品がTPAM 2016に登場してくるのか。来年も是非、タン・フクエンディレクションを堪能してみたいと思います!

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