八木良太×岩渕貞太 対談 「タイムトラベル」をめぐって
Interview : 入江拓也(SETENV) Text:井上明子 Photo:西野正将
音を使った作品をはじめとして、オブジェや映像、インスタレーションからインタラクティヴな作品まで、多様な表現手法を用いて制作を行なう現代美術作家・八木良太さんの最大規模の個展が、神奈川県民ホールギャラリーで開催される。同ギャラリーの企画展会場を舞台に2007年からはじまった「アート・コンプレックス」シリーズでは、これまで現代美術を軸に多ジャンルの表現を実験的に関係させることで、数々の斬新なコラボレーションを実現させてきた。今回は八木良太展「サイエンス/フィクション」を舞台に「タイムトラベル」と題し、八木良太さん・岩渕貞太さん・蓮沼執太さんという同世代の3名によるライブパフォーマンスが繰り広げられる。美術作家である八木さん本人がライブで映像を操作し、その映像と岩渕さんの生身の身体、そして蓮沼さんの音楽が絡み合うまたとない機会になりそうだ。
その本格的な稽古初日となる11月某日、八木良太さん、岩渕貞太さんのお2人に今回の作品についてお話を伺った。
プロジェクトのはじまり
ー まず、今回のコンセプトや発端についてお聞かせください。
八木:最初は僕からのアプローチだったんです。
僕の作品に《Lento – Presto》という作品があって、時間を引き延ばしたり縮めたりすることでまわりの環境もそれにつられて変化するという作品なんですが、今回、それと同じような構造を持ったパフォーマンスをやりたいと思ったんです。
八木良太 《Lento – Presto》 2008
八木:例えば音って、ゆっくりすると音程が下がって、早くすると音程があがりますよね。《Lento – Presto》ではそいうことをヴィデオ作品で表現したんですけど、その作品をつくった当時は、撮影→速度の編集→もう一度書き出しというプロセスを踏んでいたんです。でも今は機材の技術も上がって、リアルタイムな編集ができるようになってきたので、それを身体表現と絡めてライブで何かできないかと思って岩渕さんに声をかけさせてもらったんですよね。例えば飛び降りて来る時の重力や時間をテクノロジーを用いてコントロールすることで、生身の身体ではできないようなことができるようになるんじゃないかなと思って。
ー では、ちょうどいいタイミングだったということですね。
八木:アート・コンプレックスの相談を受けてから、割とすんなり方向性が決まりましたね。
ー 八木さんからのアプローチを受けて、岩渕さんはいかがでしたか。
岩渕:お声がけをいただいてから、京都にある八木さんのアトリエにお邪魔した時に八木さんのアイディアを伺ったんですけど、僕としても、そのコンセプトに対応してどういうふうに身体が反応できるか、おもしろいアイディアが見つかるかもしれないと思いました。時間の感覚って、映像技術を使って引き延ばしたり縮めたりということができるけど、生身の身体は基本的にはできない。でも、時間がゆっくりと流れたりとか、逆に「今日の一日はすごく短かった」「今年一年はすごく早いなぁ」とか、そういう感覚っていうのはあると思うんですね。だから、そういった日常的に感じている感覚と、八木さんが映像で表現していること、そして自分の身体がそれにどう関わることができるか、またそれにどうアプローチしていくかとかを考えながらこの作品が出来上がっていくんじゃないかという気がしています。
3人のコラボレーションについて
ー 今日がお2人揃っての稽古初日ということで、これまではメールや電話でのやりとりを積み重ねてこられたと思うんですが、現段階で感じていることはありますか。
八木:僕のアトリエに岩渕さんが来て、映像で作品を観せてくれた時、岩渕さんの身体の扱いや、時間を引き延ばしたような動きがすごく印象的だったんですよね。それで急にお願いして、すぐにアトリエの前のウッドデッキで最初の素材を撮影させてもらったんです。その素材や後日県民ホールギャラリーで撮影した素材を編集してからのデータのやりとりなどが多かったですね。密に連絡を取っているというよりは、メールは二言三言で、あとはお互いにコンセプトを確認しあったり、あるいはこのパフォーマンスに向ける意気込みみたいなものを200字で提出しあったりして(※ KANAGAWA ARTS PRESS 2014年11月14日号に掲載)、それを参考にしながらそれぞれがそれぞれのことをやっているという形でしたね。僕は、2人で相談しながら一つの作品をつくるという感覚ではなく、それぞれの領域があって、別々に責任があって、お互いがプロフェッショナルな仕事ができるというのが一番理想的だと思うので、音楽を担当している蓮沼さんも含め、今回のチームはそのへんのバランスがとてもやりやすいですね。
『conditions』の記録映像より(構成・振付:岩渕貞太/音楽:蓮沼執太/出演:岩渕貞太・小暮香帆)
岩渕:共同作業って、土台に乗るための時間が必要だったりすることもあるんですけど、今回のプロジェクトはコンセプトも含め、3人が並列で走れる感覚があるんですよね。八木さんの拠点は京都だし、僕は東京や横浜で活動しているけど、その距離感がまったく気にならないんです。
僕が担うのは生身の人間のところなので、作品の中で一番やわらかい部分だと思うんです。だから、今悩んでいることは、映像に映っている身体に対して生身の僕がどういうふうに作用して、どういう関係性をみせることができるか、すでに定着され、記録されたものにどう影響を与えたり受けたりできるか、という部分なんです。
ー 稽古では、そういうところを考えながら動いてみるということになりますね。そしてそこに蓮沼さんの音楽が加わってくるわけですが、お2人はそれぞれ彼とのお仕事を経験されていますよね。そのこともふまえて、今回の音楽についてどのように考えているかをお聞かせください。
八木:時間の操作をする際に、映像というのは停止している状態でも動いている状態でも、イメージとしては自立していて、受ける印象は大きくは変わらないと思うんですけど、音は停止したら無音になるし、時間の早さに応じて高くなったり低くなったりとかなり印象が変わるんですよね。そういう意味でいうと、この作品において「音」の存在は必要不可欠な要素なんです。それをどうコンポジションするかということになると、もう僕のまわりでは蓮沼さんにお願いするしかないんですよね。蓮沼さんは、むちゃなことを言っても柔軟に対応してくれて、時にはむちゃくちゃな冒険もしてくれるので、そういう意味で信頼がおける。まだ予想できないですけど、現場では蓮沼さんがつくってくれた楽曲あるいは提示した音を鳴らして、それらをミックスしたり縮めたりしてという形でやっていこうと思っています。だから音の表現としてどれだけのものがでてくるのかがすごく楽しみです。
ー 岩渕さんは2014年の10月にパフォーマンス作品『conditions』で蓮沼さんに音楽を委嘱されたばかりですよね。
岩渕:蓮沼さんとは『conditions』と、西尾美也さんのファッションブランド《Form on Words》のファッションショーでご一緒したことがあるんです。ファッションショーの時も、すんなり身体がノッちゃう感じっていうのがあって、蓮沼執太フィルの活動もそうですけど、人に届きやすい音楽だなという印象がありました。でも逆に、この間の『conditions』では、僕の方に課題や負荷がかかる作品を提示されてきたので、どこを強く押し出すかで随分と違う作品がでてくるんだなぁと思ったんですよね。今回の「タイムトラベル」もきっと、ノリやすいというよりは、かけ算になるような、僕に強くインスピレーションを与えるものを提示してくるんじゃないかなと予想して、ドキドキしています。
ー アート・コンプレックスは「実験の場」という神奈川県民ホール芸術総監督である一柳慧さんの言葉もありますし、主催者側としてもそのあたりは期待されているのではないかと思います。そういった意味でも「アート・コンプレックス」シリーズの流れで、みなさんが今回共演するところの意味というものをもう少し話していただけたら。
八木:僕と岩渕さんが1980年生まれで、蓮沼さんが82年生まれで同世代なんですけど、その世代の人たち同士でやるということで、必要以上に言葉を使ってあぁだこうだとやらなくても通じる部分はあるのかなという気がしています。制作のスタイルも、僕が京都、岩渕さんが関東、蓮沼さんはニューヨークにいたので、3つの場所的な点が結びつくという意味でも、今回の機会はすごくおもしろいことになるだろうし、それぞれが別々のジャンルで活動はしているんだけど、3人ともがそのジャンルの中での中心をいくというよりかは、そこからはみ出しつつクロスオーバーな活動をしているという点でも、おもしろい共演になりそうですよね。
ー 岩渕さんはどうですか? ギャラリーという場での表現や、八木さん・蓮沼さんとのコラボレーションについて。
岩渕:この3人で、アート・コンプレックス2014を共作することに対して、僕自身は声を大にして「コラボレーション!!」という感覚ではないんですよね。枠組を楽しみにやるというよりは、お互いの表現に興味をもって自然に集まって制作に向かっている感覚があって、今回だけではなく、この先の自分たちの活動にもすごくいい影響を与えてくれる気がしています。今やるべきもののために集まっているような感覚がすごく心地よく、とても必然的な感じがしています。
ー やはり、みなさんのやりとりの距離感なども含め、クリエーションの形から「風通しのよいあり方」のようなものを模索されている感じも、それ自体が実験であり、本公演までにどこまでもっていけるかという挑戦でもありますよね。様々な要素がゲリラ的に発生している中で、淡々と進めてこられている感じがとても頼もしいです。今後の稽古でどう変わっていくのかも楽しみです。
八木:ガラっと変わる可能性もあると思います。稽古場で話していることがふっと形になっていくということが、多分おこり得ると思うのですごく楽しみです。
ライブパフォーマンスの現場だからこそ感じられること
岩渕:ちょっと話はそれてしまうけど、美術と音楽とパフォーマンスということでいうと、最終的には自分自身がいないと成立しないという意味において、僕はお2人とスタンスが少し違うと思うんですよね。美術作品をつくって展示する、あるいは音楽をコンポーズするということにおいて、作者が作品を展示ないし演奏される現場にいないこともあるでしょうし、CDを家で聴く人に音楽を届けることもあるでしょう。僕の場合は逆に自分が現場にいて、お客さんに来てもらわないと成立しない。そういう意味でも、今回はお2人がライブの現場に関わるということが、僕はすごく楽しみなんです。事前の作業というのはそれぞれの場所でもできるんだけど、やはりこの「タイムトラベル」という作品は、12月23日(火・祝)に神奈川県民ホールギャラリーに来ないと観ることができない、ということなんですよね。
ー しかも、今回は1公演のみなので、本当に1回の体験としてしか現れないんですよね。
岩渕:そこに行ってそれを観るっていう楽しみを、普段舞台芸術を観ない人にも違う角度から受けとってもらえたら、それこそ本当にアート・コンプレックスだなって思うんですよね。
八木:僕は身体というものは何か強いものがあると信じているんですね。例えば今は身体はここにしかなくても情報はいくらでも遠くまで飛ばすことができる時代だけど、だからこそライブでパフォーマンスを観る価値というのはどんどん上がってきている気がするんですよ。馬に乗って動くのが一番速かった時代は、そういう価値ってもしかしたら一緒だったかもしれないけど、どんどん情報が膨らんでいくのに比例して、ライブの価値も上がってきている。そういう意味でも、たくさんのお客さんに観に来てほしいですね。
ー 実際にその場で体験し、何かを感じ取ってほしいですね。今話してくださったことに加えて、最後に今回のプロジェクトのアピールポイントや、観に来てださるお客さまに対して伝えたいことがあればお聞かせください。
八木:一番最初に岩渕さんが言っていた話に戻るんですけど、主観的な時間と客観的な時間という話の中で、ビデオの時間のように計量可能な時間と、自分の体内時計のように計量不可能な主観的な時間感覚をどれだけぐちゃぐちゃにできるか、ということが、今回やってみたいことの一つでもあるので、公演を観て、そういう違いについて気付いてもらえることがあればいいなと思っています。
岩渕:僕も計量できる時間と主観的な時間が逆転したり、もっと散らばるようなことが表現できたらと思っています。今八木さんが言ったようなところまで、どうやってもっていくかがこれからの稽古にかかっているので、本番まで追求したいと思います。そういうことが起これば絶対におもしろいと思うので。
ー 最後に、今回のアート・コンプレックス2014「タイムトラベル」の今後の流れについてひとことつけ加えると、稽古の途中段階で公開稽古があり、そこでのお客さまとのコミュニケーションも期待しつつ、それを経ての本公演、さらに12月27日(土)には芸術理論をご専門にされている平倉圭さんを招いたアフター・トークを予定しています。実はこの、稽古→公開稽古→本番→アフター・トークというプロセスを含めた全体が今回のアート・コンプレックス2014であり、「タイムトラベル」なんだということを補足して、対談を終えたいと思います。ありがとうございました。