劇場・練習スタジオ・宿が併設するアーチスト・イン・レジデンス施設
ー若葉町ウォーフとはどんな施設ですか?
(川口)
1階に定員44人の劇場、2階に鏡やレッスンバーもあるスタジオ、3階に20床の宿泊施設を備えた施設です。
(川口)
若葉町ウォーフが目指しているのは、「ご町内のアートセンター」です。ここには、「作る」場所や「泊まれる」「生活できる」場所があります。生活して作って発表する。さらには、観劇したり、制作に関わったり、いろんな人がいろんな形で関わることができます。ウォーフは「埠頭」の意味で、ここをきっかけに活動や交流が広がっていくことをイメージしています。
アーチストが地域に滞在し、そこでの生活や交流からインスピレーションを受け、創作の糧としながら作品を制作するアーチスト・イン・レジデンス(AIR)の施設は、国内でも国外でも今後増えてくると思いますが、ここで作ったものが次はどこかで上演されるなど、積極的に他施設・他地域と連携し、つながりを作っていける場所にしたいと考えています。
若葉町はとても魅力的な街です。多様な国の方が居住しており、特に外国からの来訪者が過ごしやすいというのも特徴の一つです。
サラ・ケイン「4.48 Psychosis」を読み解く
ー今回のイベントについて教えてください。
(川口)
サラ・ケインは1971年生まれで90年代にイギリスで活躍した劇作家です。没後間も無く20年になります。2000年代に日本でも紹介されました。
彼女が戯曲を執筆した90年代は、ルワンダ紛争、湾岸戦争、ユーゴスラビア紛争の時代で、ケインは、当時のイギリス兵たちの残虐な行為を戯曲に挿入した作品で鮮烈なデビューを飾りました。彼女は1999年に「4.48 Psychosis」を執筆したものの劇場での上演を目にすることがないまま、28歳の若さで亡くなっています。
ー「4.48 Psychosis」の戯曲を読んでみると、まず役名がないですし、数字の羅列にしか見えない部分もあり、戯曲の形式からはかけ離れたものに見えます。どう上演するのか、まるで想像がつかないです
(川口)
そうなのです。簡単なお芝居ではないので、まずは戯曲に何が書いてあるのかをほどく。それから作品に取り組んでいきたいと考えました。アーチスト・イン・レジデンスができる若葉町ウォーフを生かして、2年がかりで取り組む企画になっています。
この作品は作者であるサラ・ケイン自身も「役者が何人登場するのかわからない」と言っているほどです。上演された自身の戯曲を書き直し出版した作家ですので、「4.48 Psychosis」は決定稿ではないとも言えます。決定稿ではないからこそいろんな可能性を持つのではないかと思っています。
今はサラ・ケインの研究者であるニーナさんと一緒に英語と日本語のテキストを付き合わせて話し合いをしているところです。
今回のリーディングでは、サラ・ケインのことばを伝える。2019年の冬にはオペラの形で発表する構想を持っています。
横浜から放つサラ・ケイン作品
ーサラ・ケイン研究家のニーナさんと出演する滝本さんとはどう出会ったのですか?
(川口)
数年前になりますが、私がサラ・ケインの作品の連続上演を行っていた時、そこにたまたま旅行で日本にきていたニーナ・ケインさんと会うことになりました。滝本さんとの出会いはもう10年ほど経つでしょうか。お互いの修行時代に出会いました。今回の実験のような企画に付き合ってくれる人は少ないと思うのですが(笑)、滝本さんとは、サラ・ケインの作品以外にも実験的なものに一緒に取り組んできました。
ーニーナさんはイギリスから遠く離れた日本でサラ・ケイン研究がなされていることについてどう感じていますか?
(ニーナ)
日本の横浜にこうして滞在したのは初めてです。演劇サロンにも参加し、地元の演劇人とも交流でき、刺激を受けています。さまざまな活動や国を超えた繋がりが横浜という場所に力を与えていることを感じます。
以前、川口さんのサラ・ケインの上演作品を見たときに、私と同じような感性を持っている人がいるということに心震えました。イギリスではサラ・ケインは有名ですがその解釈については偏りがあり、私は満足していません。この企画をイギリスにも持っていきたいと思っています。
今年の秋に、サラ・ケイン研究の本を出版するため編集作業を進めていますが、若葉町ウォーフでの取り組みを最終章に盛り込むことを決めました。世界で出版されれば、日本の神奈川県の横浜にこんな面白いアートの場所があると紹介できると思います。
ー2月7日、8日には、難解な作品「4.48 Psychosis」をテキスト・リーディング、つまり朗読劇で上演します。何人出演者がいるか不明とされる作品を滝本さん一人が演じるわけですが、滝本さんはどう感じていますか?
(滝本)
若葉町ウォーフというこの場所もお芝居という表現自体もサラ・ケインさんの書いていることも、「怖い」と思う人もいるかもしれないですよね。私は「怖くないよ」ということを伝えたい。ニーナの愛情、川口さんの情熱、地域の方の愛情に守られて、私が体現できたらと思います。お芝居も劇場もサラ・ケインさんの本も意外と普通のことなんだよって。
私は自分をスポンジだと思っていて、今回は尖った本と尖った企画者と、その愛情や情熱、作品やお客さん、みんなからいただいて吸収して。ここでためたものを、また他のところでジュッと出すかもしれないです。
演劇の自由さを伝えたい
ー今、ここで、サラ・ケイン作品を取り上げるのはなぜですか?
(川口)
ウォーフで仕掛けるなら、まず、とんがったことをやりたいと思いました。いろんな演劇があって良いということです。画一的な世界に向かうのではなく、演劇はもっと自由でいい。サラ・ケインという劇作家をめぐってトーク、ワークショップ、テキスト・リーディングといろんな方向からアプローチをする中で、この劇場での活動や企画を一緒にやってくれるような方にも出会っていきたいと思っています。
そして、ウォーフに来ると何か変なものを観られるぞ、というのを残しておきたい。他のところではやっていないものを観られるという尖った部分を残しておきたいのです。
必ずしも知名度の高くないサラ・ケインという劇作家は、難しい!と思われがちです。でも、難しく取り上げるから面白くないのです。実は割とジャンクで、アクセス点が多いし、ハードルは高くない。漫画を読む感覚で付き合ってもいいと思います。
大変なものを観てしまったという演劇の影響力、人間がその場で演じてくれること、ネットより面白いもの、劇場に来て、普段一人でいたら見つけられないもの、自分の中で受け取れないものを体験できる作品になったらいいなと思います。
WAKABACHO WHARF(若葉町ウォーフ)
住所 神奈川県横浜市中区若葉町3-47-1
電話番号 045-315-6025
FAX番号 045-315-6027
E-mail info@wharf.site
“4.48 PSYCHOSIS”
期間:2018年1月28日(日)~2月9日(金)
招聘アーティスト:ニーナ・ケイン(キャスト・オフ・ドラマ芸術監督/イギリス)
企画:川口智子(若葉町ウォーフ アーティスティック・アソシエイト)
◇プログラム1 上映会+トーク
2010年~2013年、連続上演した“Cleansed”(作:サラ・ケイン)のビデオ上映+トークプログラム。
1月31日(水)19:00
上映:『浄化。』(2011年 鴎座cleansed project)
トークプログラム:新見百代(アートフォーラムあざみ野男女共同参画センター横浜北)& ニーナ・ケイン
2月1日(木)19:00
上映:『洗い清められ』(2012年 鴎座cleansed project)
トークプログラム:近藤弘幸(シェイクスピア研究者、東京学芸大学教授/『洗い清められ』翻訳者)& ニーナ・ケイン
◇プログラム2 オープン・ワークショップ
2月3日(土)13:00~16:00
ファシリテーター:川口智子&ニーナ・ケイン
◇プログラム3 テキスト・リーディング
2月7日(水)+2月8日(木)19:30
『4.48 Psychosis』 テキスト・リーディング
作:サラ・ケイン
訳:谷岡健彦
演出:川口智子
ドラマトゥルク:ニーナ・ケイン
舞台監督:伊東龍彦
音響:島猛
照明:横原由祐
出演:滝本直子