かながわミュージカルサミット(後編)
港北区民ミュージカル
−− ウェブサイトに「地域密着」から「地域発信」へと掲げられているのが印象的でした
上田さん: その地域でやりたい人が集まって上演するだけでは、一度きりの「発表会」のようになってしまいレベルの向上が望めないところがあります。そうではなく、地域を題材にした発信をして、ここでこんな風に創作活動が続けられていますよと見せることで、前よりも良いものにしようという姿勢が生まれてきます。
港北区民ミュージカルでは、小学校4年生以上であれば年齢の上限はなく、過去には車椅子に乗って出演した方や、耳に障害を持つ方もいます。「体が動く」こと、正確には「心が動く」人であれば、誰でも参加できるようになっているんです。
2005年に潤 一郎さんが演出されて今の体制になったのですが、地元に港北区民ミュージカルがあることを覚えてくれて、毎回の公演を楽しみにしてくれている方達がいます。観に行って良かったと思えるから来てくださるお客様で、公演の予約が始まると事務局にすぐ連絡してくださるんですよ。長年、同じ方が作・演出をして、一貫した「地域発信」の思想でやっている成果だと思います。
−− 内輪ではなくて、エンターテイメントとしてお客さんが集まっているんですね
上田さん: 振り付け、音楽などのスタッフには一流の方々が関わってくれています。舞台の上にも、プロの役者だったり役者の卵が参加しています。私の感覚だと、お芝居ってテニスに近くて、下手同士で打ち合いをしていてもなかなか続かず、うまくなりません。ところが上手な人とラリーをすると、返しやすいところに球を出してくれるから早く上達できます。なので、港北区民ミュージカルはプロの方にも門戸を広げています。
−− プロの方が参加したいと思ってくれる、その魅力はなんでしょう
上田さん: 実は私も劇団所属で、プロ側の人間なんです。プロの世界って極端な言い方をすると、現場ごとに会う人と自分の担当シーンだけを成立させればいいすごくビジネスライクな側面もあります。でもここは、半年間準備にかけて、始めの3ヶ月は基礎稽古をして、後の3ヶ月で台本を練習します。長い時間をかけるので、個人個人のコミュニケーションがちゃんと取れてくるんですね。プロなら、初めましての人でもあなたたち夫婦役ですって言われたらやれてしまうんですが、アマチュアでは恥ずかしくてできません。そういうベースのところから構築していきます。
もう一つプロが惹かれる点としては、みんなが必死にやっている姿があるところです。演出の潤 一郎さんも、「ここまでで良いよ」ではなく「ここまでついてこい」という姿勢でやっていて、目標を高く高く定めています。メンバーは泣きながら、歯を食いしばりながら「もう一度お願いします」と食らいついています。
そうやって頑張ったみんなが、公演を終えた時の笑顔っていうのが本当に素晴らしいんです。そして、経験のないメンバーが面白いくらい成長する姿を見て驚かされます。それは、自分自身の振り返りにもなります。
−− 地域に根ざして活動することと、エンターテイメントとして成立させること、2つのテーマをどのように両立されていますか
潤 一郎さん: 市民ミュージカルをどう考えるかですよ。無理せずにできる範囲で、というような学芸会の延長線を市民ミュージカルと呼びたくないんです。僕は、演劇は自分たちのためにやるものではなく、お客さんのためにやるものであると思っています。地域交流の材料としてだけに演劇を使うのは間違っている。ミュージカル、演劇をやるのであれば、参加者が誰であれお客さんの事を想って作ることが港北区民ミュージカルの特徴じゃないかな。
僕らプロも出ます。スポーツのようにプロアマ交流をすることでプロの技術をアマは経験することができるし、一緒に演じることが演劇の未来につながるんです。普通プロ野球の選手はアマチュアと草野球しないけれども、僕たちはそれがあって良いと思っている。それが、10年後20年後の観客、役者、裏方を作り出して、未来になっていくんです。
−− ミュージカル出演に興味を持った方に向けて、メッセージをお願いします。
潤 一郎さん: 努力することです。自分本位な時代かもしれないけれど、ここに参加する人はお客さんに喜んでもらうために、良い芝居をやるために必死で努力します。理由のある厳しさはそれを乗り越えた時に必ず自分自身の成長になるし、舞台だけではなく学校や会社にも繋がるでしょう。
上田さん: 入り口は広く開いているので、まずは参加してみて、続けることの大切さを感じて欲しいと思います。半年間の稽古でリタイアする人もいるんですが、乗り越えた人はみんな自信を手にしたり、成長しています。まずは出てみて、本番が終わるまでやりきってほしい、関わってほしいと感じます。
お客さんのために必死で努力するという厳しい言葉の中に、どこか優しい笑顔がのぞくお二人でした。ステージは港北区民ミュージカルの歴代作品から名曲を集めたダイジェスト版で、客席を舞台の一部にした演出やレベルの高い歌唱など、貫禄の上演を披露していました。
弥栄高校ARTLiVE
−− ARTLiVEとはどんなものか教えて下さい
徳永さん: 2001年からある有志団体のパフォーマンスで、部活ではないんです。学校では「行事」枠になっています。部活ではないからどの公演に出るのも自由だし、途中からでも参加できます。2年生までが区切りで、3年生で引退という形です。
戸澤さん: ARTLiVEはマルチメディアアートパフォーマンスという分野になるみたいです。CGや音楽と演劇を組み合わせたパフォーマンスで、ARTLiVE独自の点もあって曲に合わせてウォーキングやターンをする「モデル」という役割があったりします。
徳永さん: 代によって内容が全然違って、セリフが一切なく歌とダンスだけの年もあったり、逆に演劇としてまとめる年もあって、表現方法は様々です。私たちはこれまでの先輩たちの中間的な代で、演劇、CG、歌が混ざった表現で、脚本、役者の割当、音響、照明、音楽はちょっとしたBGMから作詞作曲まで全て自分たちで作っています。
−− 先ほどサックスを持った方も見かけたんですが、お二人はどんな担当をされていますか
戸澤さん: 私は舞台監督と、メイク担当をしています。
徳永さん: 私はずっとボーカルという歌中心の役割をやっています。今回は脚本もやらせてもらっています。
−− これだけ様々な役割を生徒だけでできる理由はなんでしょう。
戸澤さん: やっぱり「代」という縦の支えは強くて、高校を卒業した先輩とも会えるし、「ARTLiVE」という先代からずっと受け継がれている曲もあって、それを通じて先輩とつながっています。後は、やはり先生方にも活動する上で協力していただかないといけなくて、、だからARTLiVEって、人のつながりがすごい濃いんですよね。
徳永さん: 運動部より濃いと思います。
戸澤さん: 今大学生で5期生の先輩が来てくれると、「あ!あの映像であの歌映ってる伝説の先輩だ!」なんてなるんです。
−− 先生の役割は
藤嶋先生: 生徒がやりたいことを形にできるように必要な人を紹介したり、お金を管理しています。弥栄高校には専門学科しかなくて、戸澤さんも徳永さんも芸術科の美術専攻に所属しており、他にも芸術科の音楽専攻、国際科、理数科など4つの学科の生徒がいるので予定の調整が大変です。各学科の予定がバラバラで忙しく、なかなか集まれないなかでみんな一生懸命やっています。自分でやってしまえば楽だったり、私自身もやりたがりなんですが、それ以上にやらせてあげたいなと思って、生徒だけで運営できるよう促しています。
戸澤さん: パフォーマンスをする人、ポスターやDVDでPRをする人、音響を流したり機材を操作する人、衣装を作る人、メイクする人、色々な人が集まっていて、ARTLiVEって私は小さな会社みたいだなと思っています。多くの部署があって、それをまとめる人がいて、すべてが集まって一つの舞台になると強く感じています。作っている立場でそれがよくわからなくなってしまうときに、先生が客観的に見てサポートしてくれるんです。
美術専攻なのに歌やダンスをやったりして、専門ではない事をインプットしていくと、美術の作品にもアウトプットされる事があって、経験って大事だなって思わされます。
徳永さん: 自分の表現みたいなものが見つかってくる感覚があって、普段の専攻で勉強するだけだと気づかないところがあります。異なる専攻や科の先輩ができるので、表現にも広がりがでてくるというか、、言葉で表しづらいんですが。
−− 今回の作品「幕の向こうは」
戸澤さん: ARTLiVEでは、社会問題を裏の題材とすることが伝統になっています。今回の舞台も、実は集団的自衛権を間接的に取り上げた作品です。自分たちで今起こっていることを話し合いながら、直接的な表現にしないよう、どの役に何を象徴させるか考えながら脚本を練っています。普通の脚本作りではないかもしれません。高校生の間だからぶつかれるテーマがすごく重要だと思ってます。
徳永さん: もちろん、舞台を楽しんで欲しい気持ちが一番なんですけど、観ている人にちょっと考えて欲しいという想いがあります。アンケートには、その伝えたかったメッセージを読み取ってくれたり、心を動かされましたと書いてくださるお客さんもいて、そういうものを見るととても嬉しくなります。
舞台後ろの壁に動画を投影しながら演じられ、どこか神秘的で隠れたメッセージを感じさせる構成やバンドが舞台上に上がっての演出など、異色を放った舞台でした。今回は60分の台本を30分用に編集したとのことで、全編で見てみたいと思わされる内容です。ミュージカルという枠に収まらない独創的な作品で、県立高校でこんなことをやっているとはと驚かされました。
4団体、30分ずつの公演はあっという間に時間が過ぎ、もっとそれぞれを見たいという余韻を残す一日となりました。サミットの最後には黒岩知事が挨拶され、県内には様々な歴史ある市民ミュージカルが存在すること、地域で完結してしまいがちな市民ミュージカルをもっと広く知ってもらえるような場を作りたい、と仰っていました。