2019年7月。演出家・劇作家の佐藤信が芸術監督を務める若葉町ウォーフに、14人のパフォーマーが集まった。彼らの出身地は、ホーチミン、ジャカルタ、シンガポール、南京、重慶、北京、合肥、西安、麗江、上海、そして東京。彼らは、今年で2回目の開催となる「波止場のワークショップ」に参加するためにやってきたのだ。
彼らは何を求めてここに集うのか。ワークショップを主宰する佐藤と2人の参加者(程文明、衛蔚)に話を聞いた。
佐藤 このワークショップでやりたいことは、まず、若い人たちの新しいネットワークを築くことです。幅広くというより、人から人へのつながりを求めています。
もうひとつは、創作活動における自由な方法論を伝えること。既成概念にとらわれることなく、もっと自由に創っていいんだ、ということを伝えたい。
私の持論として、人間は99%同じだと思っています。資質の違いはあるにせよ、同じようなことに喜び、涙を流す。だからこそ違いを認識することが難しく、相手が言うことを自分流に解釈し、勝手に「分かり合えた」と思い込んでしまうのです。
でも、どんなに小さくとも“違い”はすごく重要です。ここで様々な人と出会い、演劇に様々な種類があることを知り、それまでと違う経験を重ねることで、私たちの中にある“違い”に気づいて欲しい。それがいちばん大切にしていることです。
程 佐藤さんとは、北京で行われたワークショップで出会いました。違う考えを持つ人と意見を交わし、お互いの違いを確認しながら作品を創ってゆく佐藤さんの演劇手法にとても惹かれているので、波止場のワークショップへの参加は、昨年に続いて2回目です。
昨年は、ここで学んだ「からだを使って表現する」という方法論を持ち帰り、地元(北京)の俳優たちに伝えて創作を行いました。
衛 私は昨年初めて佐藤さんのワークショップに参加し、「違いを探る」という手法に初めて触れました。私自身、すでに自分の創作手法を持っていましたが、新たな手法を学んだことは、帰国後の創作活動にとても役立ちました。
現在、地元(重慶)で演劇フェスティバルを企画していますが、そこには佐藤さんの作品を上演する団体も参加するし、昨年のワークショップでの学びを基に新しい作品を創ってエントリーする人もいます。若葉町ウォーフを起点に、佐藤さんの作品や創作手法がアジア各地に広がっていくといいな、と思っています。
若葉町ウォーフがある地域はどんなところ?
程 とてもフレンドリーなところです。1年ぶりに来たにも関わらず、時間的なブランクをまったく感じませんでした。街が私たちに優しいので、大家族が暮らす家に戻って来たような感覚です。北京にも、ここのように若い人たちが集まれる場所をつくりたいと思っています。
衛 近くにある黄金町バザールもそうですが、芸術の力で街を振興しようという試みは、高層ビルを建てるより意義があると思います。ビルや商業施設の建設は、街をスピーディに発展させるかもしれません。それに比べて文化や芸術で振興するのはとても時間がかかりますが、次の世代のためには良いものを残せると思っています。
今年はどんな作品が創られる?
佐藤 昨年と全く違ったものになることは間違いありません(笑)。
僕が考える舞台作品とは、最終的にそれを観たお客さまの中で完成するものなので、こちらから提供するものには“余白”を残しておきたい。観客がどのように作品に参加できるか、いつも考えています。
衛 私はこれまで、主にストーリーを重視しして創作活動を行って来ました。ストーリーで引っ張っていく手法は簡単で分かりやすいのですが、観客は常に受け身です。ここでは観客も一緒に考えることが必要で、しかもそれぞれが出した結論に正解がありません。その人が白だと思えば白だし、黒なら黒でいい。すべては観客が自分で考えて決めることです。
こうした手法を学ぶことで、私は演劇が持つ“包容力”に気づくことができました。人と違うことを自由に表現することは、若い芸術家にとってとても大切なことだと思います。
程 私は近年、演出の立場で演劇に関わることが増えていましたが、ここのワークショップでは自分で創り、自分で演じます。演じるのはとても楽しいことで、それは佐藤さんが言う「演劇は自由だ」という言葉そのもの。新しい手法やアイデアは、自由になることで生まれるものであることを実感しています。
世界は新しい芸術を求めています。そのためには新しいものを発見、発掘することが必要で、ここで自由になることがとても有意義なのです。
佐藤 公演は、ワークショップの最終過程をお客さまに公開するイメージなので、その場に立ち会っていただき、一緒に、自由に考えていただけたらと思っています。
14人のパフォーマーたちは、それぞれが感じるままに自由に演じ、ときに連携する。緊張感のある空間で、誰かがテキストの一節を声に出すと、それを誰かが別の言語でなぞる。物語を伝えているわけではないし、意味のわからない言語もあるのに、声が発せられると何となくホッとするから不思議だ。
彼らは舞台の上で何を感じ、何を伝えようとしているのだろう。何かが「わかった」わけではないけれど、一体感のある濃密な時間を感じることはできた、と思う。
この公演が終われば、彼らはそれぞれの世界へ帰って行く。それは、次へのステップのはじまりでもある。
「ここは“出発点”なので、必ずしも完成形まで持っていかなくてもいいと思っています。このワークショップがすごいと思うのは、伝播が早いこと。ここから引き継がれ、広がっていった先での、いろんな完成形を観てみたいですね」
佐藤信が伝えたい“何か”が、また一歩先の世界へとつながっていく。