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演劇・ダンス

ミュージカル俳優を育て、神奈川をブロードウェイに マグカル・パフォーミングアーツ・アカデミー塾長 横内謙介氏インタビュー

ミュージカル俳優を育て、神奈川をブロードウェイに マグカル・パフォーミングアーツ・アカデミー塾長 横内謙介氏インタビュー


3年目を迎え、アカデミーは新たなステージへ
作品づくりを通じて、人を、劇場を育てたい

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個性と感性を伸ばす、より高度な指導を

――マグカル・パフォーミングアーツ・アカデミーは、2014年10月に開校されました。約1年半が経過した今、どのような手応えを感じていますか?

横内:開校当初に比べて、人数は減りました(笑)。地道なレッスンは大変ですし、稽古を続けたところで必ずしもスターになれるとは限りません。そんな中でレッスンを続けるのは確かにつらいでしょう。でも、このアカデミーは“人を育てる”ということをとても真摯に考えています。この1年半、稽古についてきた人たちは確実に成長していると思います。

――ミュージカル俳優を育成するうえで、どのようなことを心がけていますか?

横内:子どもであろうが、大人であろうが演じることに違いはありません。とはいえ、このアカデミーは未経験者も多く、知らないことがたくさんあります。そのため、一から丁寧に教えるよう心がけました。普段ならそこまで説明せずに演出に入るところですが、自分にとっても修行だと考え、できうる限り丁寧に指導しています。

――このアカデミーの目標は、プロとして活躍できる舞台芸術アーティストの育成です。見通しはいかがでしょうか。

横内:もちろん全員がプロになれるとは思いませんが、その中の何人かでも本物になればいいと考えています。そのきっかけをここでつかんでほしい。ただ、ここでものづくりをすると決めたので、今後は育成の仕方も変わってくるでしょうね。

――それはどういうことでしょうか。

横内:今年の8月には、4月の成果発表会で上演した『バイトショウ』を大幅に改定したミュージカルを上演する予定です。来年にはオリジナルの新作も創ろうと考えています。ものづくりをするとなると、頼りになる人材をきっちり育成しなければいけません。それには、学校のようにアベレージをそろえるだけではダメなんです。学校の発表会とは違い、各人の個性、華が求められるのです。しかもミュージカルは、普通の芝居とも違うショーアップされたエンターテインメント。学校のようにただ真面目にやればいいというわけにはいきません。個性、感性をこれまで以上に求めることになるでしょうね。

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――とはいえ、個性、感性を伸ばすのは難しいですよね。指導方法も変わっていくのでしょうか。

横内:僕たち講師が個性を潰さないよう、いいところを伸ばすことが大切です。あとは競争、差別化。2015年度の成果発表会では、みんなに出番を与えています。でも、今後はプロの論理に近いものをアカデミーに取り入れるべきだと考えています。作品づくりをするとなれば、輝く人を真ん中に置き、輝きの足りない人は後ろを支えることになります。それは差別と言えば差別かもしれませんが、演劇の世界では必然です。こうした差に耐えることも必要ですし、「順番を変えてやるぞ」というガッツも求められます。今まではみんな一律でしたが、これからは徐々に競争が導入されていくのかなと思います。教えることも高度になりますし、受講生も、今まで以上に難しいことを要求されるようになるでしょう。

大きなチャンスに応えるべく、種を蒔き、しっかり花を咲かせたい

――お話をうかがっていると、横内さんはアカデミーの運営を長期的な視点で考えているようですね。

横内:というか時間がかかるんです。単に面白い作品を創るだけなら役者をそろえればいい。しかしこのアカデミーでは、カレーライスを作るのに玉ねぎから育てようという試みです(笑)。当然時間はかかりますよね。とはいえ、早く結果を出す必要も日々感じています。

――まもなく2016年度生のオーディションが行なわれます。新たに参加する方々に、どのようなことを望みますか?

横内:野心を持ってほしいですね。こんなチャンスはめったにありませんから。僕もこの20年間で行政の方々との交流も増えましたが、ここまで舞台芸術に肩入れしてくださる知事と出会ったのは35年以上の演劇人生で初めて。一生涯に一度の出会いだと感じています。せっかくチャンスを与えられたのですから、僕らが種を蒔き、しっかり花を咲かせなければダメでしょう。

――ミュージカル俳優、役者を志す人々にとっては、恵まれた環境ですよね。

横内:そうですね。でも、この場がずっとあるとは思わないでほしい。消えてしまう可能性だって十分にあります。実は青少年センターも、一時は忘れられた施設になりかかっていました。30年以上前、このホールでは名作が多数上演され、高校生は良心的な価格でそれを観ることができました。僕自身、このホールで観た芝居がきっかけで、演劇の道に進みました。でも、それも昔のこと。黒岩知事が就任するまでは、芝居が上演される機会も減っていました。それが今、もう一度かつての輝きを取り戻そうとしているんです。このめぐりあわせは、大きなチャンス。東京ではさまざまなエンターテインメントが創られ、テレビにしても演劇にしても東京が中心地だと思われています。でも、神奈川県は今「ミュージカルあふれる神奈川」を目指して、この地をブロードウェイにしようと試みているんです。普段は東京で活躍されているラッキィ池田さん、深沢桂子さんも、このアカデミーで講師を務め、神奈川県を拠点にものづくりに取り組んでいます。まさにマグネットのように、どんどん人が吸い寄せられているんです。アカデミーに参加するみなさんは、この地に吸い寄せられた感性の持ち主。そんな鋭い感性に期待しています。

――他の講師の方々と、今後についてどのような話をされていますか?

横内:東京の事務所には創れないようなものを創っていこうと話しています。あとは、丁寧にレッスンをしましょう、と。このアカデミーには行政が関わっているため、ビジネスとは少し違った視点で人材を育成できます。ビジネスを考えたら少しでも早く回収するために、外部のスターを中心に入れて公演を行うことになるでしょう。イケメンと美少女でミュージカルを上演したほうが、多くの観客を呼ぶことができますから。でも、今回の事業においては、アカデミーで育成したメンバーが中心にいなければ意味がありません。時間をかけて個性を育てることができるのは、アカデミーの強みですね。

――受講生からすれば、しっかり実力を見てもらえるというメリットもありますね。

横内:そうですね。初心者も多いのですが、彼らの伸びしろには目を見張るものがあります。2015年の成果発表会でメインを飾った3人は、去年は声さえ出ず、まったく力が足りていませんでした。それが、わずか1年半でここまでたくましく育つのかと驚きました。劇団にも20代の若手がいますが、高校生はさらに成長スピードが速い。やる気があれば、まったくの初心者でもぐんぐん伸びていきます。しかも仲間がいるので、切磋琢磨しながら実力を伸ばすことができるのです。そのうえ、このアカデミーはまだ立ち上げ初期です。すでにできあがった場所に入り込むのは難しいですが、今ならガッツさえあれば共に作っていくことができます。初心者でも活躍の場、居場所を築けるはずです。

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――横内さんは、劇団扉座でも演出をされています。扉座とこのアカデミーの違いは、どのように感じていますか?

横内:扉座は芝居ですが、こちらはミュージカルです。ミュージカルは、練習に裏切られることがありません。練習すればするほど、技術が磨かれていきます。もちろん芝居にも技術は必要ですが、そうでない部分が大きすぎるんです。人間が面白くないとセリフも面白くならないので、「お前、ちょっと酒でも飲んでこいよ」「もっと遊んでこいよ」と言うことも(笑)。一方ミュージカルは、頑張れば頑張った分の成果が出ます。歌やダンスにも手本がしっかりあり、目標が定められています。教育には向いていますね。

目指すは、季節ごとの楽しみがあるパブリックシアター

――2015年度成果発表会では『バイトショウ』アカデミー版を上演しました。この演目について詳しくお聞かせください。

横内:ベースとなっているのは、扉座で上演したオリジナルミュージカルです。既成曲とオリジナル曲を組み合わせ、オムニバスでバイト風景を見せています。等身大の彼らが映し出される演目になったのではないでしょうか。

――8月には『バイトショウ~青春篇』の上演も予定されています。

横内:今回のアカデミー版を全面的に改訂し、本公演として上演します。とはいえコンセプトはアカデミー版と同じ。バイトの風景、人間関係、青春の悩み、夢と希望と挫折を詰め込んでいます。来年には、オリジナルの新作ミュージカルも創りたいですね。

――今後の展望をお聞かせください。

横内:知事からは「とにかく公演の数、作品の数を増やしてほしい」とリクエストを受けています。「青少年センターに来れば、何か上演されている状態にしたい」「外国の方にもお見せしたい」と言われています。こんなめぐりあわせはありませんから、僕らも腹をくくって取り組むつもり。この波に乗らない手はないでしょう。僕らは本気だと、県のみなさんにも早く伝えなければならないと感じています。

――今回の人材育成事業において、どのような理想図を思い描いていますか?

横内:青少年センターに、ミュージカルのレパートリーを増やしたいんです。子ども向け、若者向け、一般向けなどさまざまな演目を用意し、リクエストがあればいつでも上演できるという状態が理想。劇団では公演のたびに大道具を捨てていますが、ここでは長く使える大道具を用意し、何回も上演することで費用を賄えるようにしたいですね。ロングランできるよう、それぞれの役も複数のメンバーが演じられるようにしたい。せっかくこんなに素晴らしい劇場があるのに、その劇場で上演できるレパートリーがないというのはもったいないと思いませんか? 欧米なら「冬にはこのオペラを上演する」「ここではこのバレエが観られる」と劇場ごとのレパートリーがあります。日本にも、シーズンごとの楽しみがあるパブリックシアターが必要でしょう。公共劇場だからこそできる取り組みにチャレンジし、新しい文化を創りあげていきたいですね。

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