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伝統芸能

「能・狂言のススメ」ー木ノ下裕一(木ノ下歌舞伎)

「能・狂言のススメ」ー木ノ下裕一(木ノ下歌舞伎)
2015.12.25公開

歴史も魅力も、ひとまずこれで早分かり!
「能」氏と「狂言」氏による特別対談!

文:木ノ下 裕一

能と狂言の歴史や魅力をわかりやすく解説!という、実に私には荷の重いオーダーをいただきまして、さてどうしたものか…と思案しておりました。もう、ヤブレカブレ、いっそのこと「能」と「狂言」のご両人にご登場願って、ご本人の口からズバリ語ってもらおうと思い立ち、対談をセッティングしてみました。幸いお二人とも快く承諾してくださり、けっこう話も弾みました。その対談の様子をお届けいたします。

なにせお二人とも何百年もの長い人生(?)を歩んでいらっしゃったわけですから、ところどころ話は込み入ってきます。手引きになればと思い、ところどころ註釈を振ってみましたので、そちらもあわせてお楽しみいただければ幸いです。

「能」氏と「狂言」氏は誰から生まれた?  

  能   僕らは兄弟なんですよ。

  狂言   そう、それも双子の。ね、兄ちゃん。

  能   うん。でも、いつ生まれたのか、定かじゃないんです。いろいろと説があって…。物心がついたのは室町時※1だったから、ざっと600年は経っているね。

能・狂言のススメ01

  狂言   でも、もちろん、それ以前から生きていたわけで、わかっているのはものすごく昔から生きている…ということだけで。

  能   僕らの母※2は、残念ながらもう死んじゃったけど、もっと古い時代からいたようです。なにせ、奈良時代を知っているんですから。

能・狂言のススメ02

  狂言   ふ、古ぅ~!

  能   母はもともと日本の人じゃないんです。なんでも奈良時代にはるばる中国大陸から渡来してきたらしい※3

能・狂言のススメ03

  狂言   苦労したんだなぁ、かあちゃん…。

  能   いや、そうでもないらしいよ。日本では、国を挙げてケッコー歓迎されたらしいし。大仏開眼の国家的式典でも活躍したらしいしね※4。現代(いま)で言えば、オリンピックの開会式に参加するようなものだもん。とにかく貴人や権力者にも随分可愛がられたらしい※5

能・狂言のススメ04-05

  狂言   すごく賑やかな人だったな。歌と踊りが上手で、人を笑わすのが好きで。手品も得意だったし、曲芸だってお手のものだし、ほんと、“スーパーかあちゃん”※6

能・狂言のススメ06

  能   でも、だんだん庶民と親しく付き合うようになって。賑やかすぎて“やんごとなき方々”に疎まれたのかな※7?ま、もともと庶民派な人柄だったしね。

能・狂言のススメ07

  狂言   その頃なの?父ちゃんと出会ったのは?

  能   よく知らないけど、そうかもね。“華麗なる独身時代”も終えて、そろそろ身を固めようと思ったのかしら。

  狂言   父ちゃんのことは、あまり覚えてないなぁ…※8 。

能・狂言のススメ08

  能   どんな人だったのか、よくわかってないんです※9。日本の人だったみたいだけど。想像するに、たぶん、素朴な人だったんじゃないかと思うけど。しかも、父ちゃんが何人もいるっていう噂もある…母は派手な人だったからね。

能・狂言のススメ09

  狂言   僕らの家庭は複雑なんです…。

  能   そして、僕らが生まれた!はじめは一心同体だったね、少なくても平安時代の頃は。「猿楽」という名前で、二人で一人だった。

  狂言   それが、だんだん、分かれてきて。兄ちゃんはもともと真面目な性格で、歌や舞が得意。俺は、人を笑わす事が好きだし、性格もどちらかというと「斜に構える」タイプというか…。

  能   ひねくれてるもんね(笑)。

  狂言   だから、だんだん役割を分けるようになったんだ※10。そのほうが関係がうまくいくから。でも、双子なのにこうも性格が違うって面白いね。

能・狂言のススメ10

  能   本当にね、あ、僕らは実は、双子じゃない、血もつながってない、つまり赤の他人だっていう説があるの知ってる?

  狂言   えー!!!なにそれ、初耳だよ!

  能   君は、もともと田舎の生まれで、かあさんが養子に貰らってきたっていう噂※11

能・狂言のススメ11

  狂言   えっ超ショック!ずっと双子の兄ちゃんだと思ってたのに…やめてよ、急にそんな爆弾発言!

  能   真偽のほどはわからないけど、ま、ずっと兄弟付き合いしてるし、今となってはどちらでもいいじゃん。ずっと仲よかったもんね、僕ら。今は、いろんな事情で別居してるけど、長い間同居してたし、江戸時代までは、常に一緒に行動してきたしね※12 。

能・狂言のススメ12

サラリーマン時代を経て、それぞれ活動の場を探すように・・・

  狂言   江戸時代といえば、その頃、僕らはサラリーマン生活してたね※13 。

能・狂言のススメ13

  能   あの頃はすごく生活は安定したけど、今から思えば、堅苦しかったなぁ。

  狂言   兄ちゃんは根が真面目だから、そこそこうまくやってたと思うけど、俺は、こんなおちゃらけた性格だからちょっとダメ社員扱いで、唯一、活躍できるのは宴会の時ぐらいで、辛かった…。兄ちゃんより低く扱われたりしたし。被害妄想かもしんないけどさ。

  能   でも、会社が突然倒産しちゃって※14 、もうそのあとが大変で…。

能・狂言のススメ14

  狂言   あの時期が一番、僕らにとってしんどい時期だったかもね。貧乏すぎて、餓死寸前になってたし。

  能   で、これじゃ本当に死んじゃうと思ったから、お互いそれぞれ、新たな活動の場を探して今に至ります。

  狂言   その頃だよね、同居をやめたのも。今、皆さんが「能」と「狂言」って言うふうに、別々のものとして僕らを見てくれているし、別々に上演されることも多くなったけど、でも、やっぱり、兄弟なんだし、できれば、両方観てほしいな。

  能   本当にそうだね。

  狂言   兄ちゃんは、とても重厚で見ごたえがあって、謡いや舞も美しいし、音楽劇として洗練されてる。でも、約束事を理解するまでちょっと時間がかかる。俺は、どちらかというと台詞劇で、内容はフランクだし、取っ付きやすいと思うから、ビギナーのお客さんは俺の方から観てもらうのもいいかも。

  能   うん、内容が共通するものも多いからね。例えば、鬼が出てくる話とか、盲目の人が主人公の話とか。両方見ることで、見方がとても深まると思う。僕ら二人の性格の違いもよくわかる。え、双子の芸能?って思うくらい、描き方がぜんぜん違うもん。

  狂言   やっぱり、兄弟じゃないのかな…俺は貰われっ子なのかな…。

  能   さっきの話、気にしてるのね…

2人の共通点と相違点は・・・?

  狂言   兄ちゃんが描く〈鬼〉は、本当に怖いじゃん。暴れるし、人間に危害を加えるし。しかも、もとは人間だったのに、嫉妬とか執念とかトラウマで、鬼になっちゃった悲劇を克明に描いたりもするよね。だから、ぞっとするほど、リアルで、もしかしたら自分も〈鬼〉になっちゃうことがあるかもしれないとか考えたり…

  能   それに比べて、君の描く鬼は、すっごくチャーミングだよね。親馬鹿だったり、気が弱かったり、女の子を好きになって一生懸命口説くけど、結局豆を投げつけられて、慌てて退散するとか(笑)。

  狂言   情けない鬼ばっかり(笑)。

  能   でも、だからこそ愛すべき鬼だよね。それに、お互い、〈人間を描こうとしている〉という点では共通しているかもよ。僕のほうは執念にとらわれた醜い人間の姿を、〈鬼〉っていう存在で表現しているとも言えるし、君のほうは、人間以上に人間臭い〈鬼〉でしょ。あえて、〈鬼〉っていう存在を借りることで、より辛辣に、人間の弱さとか、孤独とか、それゆえに愛おしさとかが表現できるから。お客だって、はじめは「ああ、鬼の話か」とどこか他人事で見てられるけど、そのうち「待てよ、これ、自分たちのことじゃね?!」って思えるから。

  狂言   そうそう!そこは共通している!やっぱ僕ら正真正銘の双子かも!あと、一般的に、兄ちゃんが〈悲劇〉で、俺が〈喜劇〉を担当してるって思われてるけど、それもどうかなぁ?って正直思う。そりゃ、内容だけ取り出せば、そう見えるけどさ。でも兄ちゃんだって、相当〈おかしい〉よ

  能   え!そう?

  狂言   だって、例えばあの「作り物」※15 って呼ばれてる舞台装置、完全に変でしょ!装束(衣装)や小道具にはあんなにこだわっているのに、え、そこは、そんなテキトーでいいの?!って思うよ(笑)。

能・狂言のススメ15

  能   云われてみれば…。能面も、じっくりみると「変顔」なものも多いしね(笑)。

  狂言   内容的にも、けっこう変だよ。主人公はすごく悲観して、シリアスな空気を出してるけど、「いやいや、その悩み方、おかしいでしょ!」って突っ込みたくなるものも多いし。

  能   ちょっとわかる気がする。他人が悩み相談してるのを、側で見ていると可笑しかったりするもんね。

  狂言   俺、兄ちゃんのそういう、生真面目で、「天然」なところ好きなんだ。好きすぎて、『蛸』っていう演目をつくっちゃった。兄ちゃんを徹底的にパロディー化したやつ。料理された蛸の亡霊が主人公で、「成仏できない…」っていって現れるやつね。

  能   ご丁寧に「謡」や「四拍子」まで付けて、ちゃんと能の構造にしてるよね…。前から云おうと思っていたんだけど、あの演目、僕のこと馬鹿にしてる?

  狂言   とんでもない!「りすぺくと」です「りすぺくと」。

  能   そういう君もさ、喜劇っていうけど、けっこう物悲しい内容のものも多いよね。『月見座頭』とか『箕被』とか『武悪』とかホロっとさせられる演目もあるし。「おもろうて、やがてかなしき…」みたいな。

  狂言   わかる気がする。俺んとこの登場人物たちって、変な人が多いけど、よく見ると、みんなちょっぴり庶民の悲しさとか、孤独とかを抱えているんだよね。狂言の〈笑い〉って、主人公が何かを企んで、でもそれが失敗するっていうお決まりのパターンが多いんだけど、しかも、みんな国家や社会をどうこうしようとか、そんな大それたことは企まない、せいぜい、酒を盗み飲みしたいとか、女の子を口説き落としたいとか、わずかなお金がほしいとか、望みが小さい。でも、そんな小さな望みすらうまくいかないっていうところに悲しさがあるよね。笑えば笑うほど、なんだか、ちょっとジンとしちゃう。寂しい人の〈カラ元気〉は余計に悲しい…みたいな感じかな。

  能   悲劇か喜劇かすら区別できない。なかなか一筋縄ではいかないところが、僕らの面白いところだね。ぜひ、いろんな人に見てもらいたいな。まずは狂言から!現存する日本最古の台詞劇だし、笑って、笑って、ちょっとジンとして…そんな極上の観劇体験が待ってますよ。

  狂言   そのあとは、ぜひ能を!心地よい音楽、心地よい謡い、心地よい客席の椅子、ゆったりした動き、眠って眠って…ちょっと目を覚ましたら、あんまりストーリは進んでいなくて、また眠って…そんな、極上の睡眠体験が待ってますよ(笑)

  能   やっぱり僕のこと馬鹿にしてるでしょ(笑)

  著者プロフィール  
木ノ下 裕一(きのした ゆういち)|木ノ下歌舞伎 主宰
1985年7月4日、和歌山生まれ。小学校3年生の時、上方落語を聞き衝撃を受けると同時に独学で落語を始め、その後、古典芸能への関心を広げつつ現代の舞台芸術を学ぶ。2006年に古典演目上演の演出や補綴・監修を自らが行う木ノ下歌舞伎を旗揚げ。『義経千本桜』(’12)、『黒塚』(’14)、『東海道四谷怪談—通し上演—』(’14)、『三人吉三』(’14、’15)、『心中天の網島』(’15)。2015年に再演した『三人吉三』にて読売演劇大賞2015年上半期作品賞にノミネートされる。

その他古典芸能に関する執筆、講座など多岐にわたって活動中。急な坂スタジオサポートアーティスト(2013年度〜)。2014年度よりセゾン文化財団ジュニア・フェロー。京都造形芸術大学大学院卒業。現在博士論文執筆中。研究テーマは「武智歌舞伎論~近代における歌舞伎新演出について」。

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